見出し画像

千本桜

千本桜   2025年版 White Flame feat. 初音ミク より


僧侶の声明しょうみょうとは何と大袈裟な、

と、思いながら厄払いを済ませた。

護摩の法要で火炙りにされた御札に、

初穂料3万円の価値があるのだろうか。

3万円で人生が、

肩の荷が軽くなるなら

安いものかと、

まさに念仏を唱えるように

無理やり気持ちを落ち着かせる。

これで私は絵に描いたような人生を送るの。

3万円で手にするのは輝く「私」なの。

いつか見てなさい。


厄払いの翌年。

美容系の会社に転職して

いよいよ輝く人生の始まりだと、

私は胸を躍らせた。

同僚や先輩たちと切磋琢磨して

成績を上げて、

皆から憧れられる存在になって、

上司からも一目置かれて、

私自慢の大きな胸に

男性社員が虜になるの。

私は灰かぶり姫。

いつか見てなさい。


でもその

「いつか」

は、なかなかやって来ない。

嫌味を混ぜた説教と

ノルマ未達成の成績で毎日が曇天。

自慢の胸に飛びついた男性社員はいたけれど、

ワンナイトで終わった。

わざとボートネックの服を着て

胸をアピールしてる女。

胸しか取り柄のない

可哀想な女。

なんて先輩たちには虐められて、

女性社員達からは

「オッパイ星人」

と影で言われている。

それって男に使う言葉じゃないの?

武器を武器として使って何が悪いの?

自分たちだって

猫撫で声使って媚びてるくせに。

私のふくよかな胸が羨ましいだけでしょ、

いつか見てなさい。

仕事の帰り道は1人愚痴大会だ。

空を見上げたら、

満点の星空が私を見ろして、

いや、

くだしていた。


2回目の厄払いは

初穂料を5万円に引き上げた。

その時の僧侶の声明しょうみょうは、

私を深い眠りに誘った。

私は薄暗い本堂の中で、

落ちるように意識を飛ばした。


そして突然、

私の生活が変わった。

合計8万円の初穂料が効いたのか、

彼氏が出来た。

胸じゃなくて

私を見てくれることに

少し驚いた。

仕事の成績が上がり、

上司の態度が一変したことで

皆からの虐めもなくなった。

突然の変化に体が慣れずに

疲れが出たけれど、

ひと月もすればそれが快感になった。

上司は私に色目を使うけど

関係を迫ったりはしない。

でも、

頭の中で私を抱いているのは分かった。

女性社員達は、

今度は違う意味で悪口を言い始めた。

「判官贔屓だよね」

なんて声も聞こえたけれど、

取るに足らない小波に過ぎない。

上司が私を

「桜ちゃん」

と呼ぶ度に階段を一つ上がるようで、

それは止められない麻薬のように

甘美だった。


桜という名前は気に入っている。

母親の故郷では

『千本桜祭り』

っていうのがあって、

そこから命名したそうだ。

大人になってから毎年見に行くけれど、

本当に綺麗なの。

その千本桜から取った名前だもん、

私だって綺麗に決まってる。

彼氏は私に夢中なの。

初めて部屋に入れた時は、

ご飯のお預けを守れない

トイプードルみたいで笑っちゃった。

春には千本桜のライトアップを

2人で見たいよね。

夜桜は、

ライトに照らされているから

花びらが白く浮かび上がるの。

その白は

桜の儚さをより寂しく見せるの。

宵の空に浮かび上がる白い花は、

やがて儚く散っていく。

それでも千本桜は皆に愛され、

見る者全てを魅了する。

ああ、

私も千本桜みたいになりたい。

皆に愛される千本桜みたいに。

「花を愛でるように、私を愛でて。」

そんな言葉が口の端から零れ落ちた。

その言葉は夜桜を映す水面に浮かび、

暫くして音も立てずに沈んでいった。

残された宵闇に、

千本桜が朧げに浮かんでいた。


メジロが鳴いた。

私はゆっくりと目を開けて周囲を見渡した。

護摩の炎が私の前で消えゆこうとしている。

僧侶の声明しょうみょうも終わり、

僧侶達は私たちに恭しく頭を下げて

本堂を後にした。

ああ、

私、夢を見てたんだな。

愛されたい、

その思いだけが独り歩きして

僧侶と一緒に本堂から出て行った。

お札をもらって早く家に帰ろう。

そして、

もう一つ夢を見よう。

醒めない夢を。

そう呟いて、

痺れる足を無理やり動かした。

今年もきっと、

千本桜は美しく咲き誇る。

見る者全てを虜にして。


いつか見てなさい。


・・・・・・・・・・・・・・・
最後までお読みいただきありがとうございます。
*この物語はタイトル曲の世界観を
文章にしたものではありません。
あくまでも柴犬自身の
創作世界であることをご了承ください。

敬意を表して

柴犬ショートストーリーを纏めたマガジンです!
過去作もぜひ読んでみてください😃

前回のショートストーリーです!


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集