創作大賞2025参加 : 神の器 特別編「幻燈の館」【第5話】「愚者のあやまち」
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【登場人物】
間宮 真(32)
職業探偵。即断即決の元刑事。工学の専門知識なし。
神依 典彦(25)
語り手。ワトソン役。電力会社勤務。工学の専門知識あり。
神依 春一(26)
典彦の兄。喫茶店アルバイト。異能あり。工学の専門知識あり。
榊原正嗣(30)
建設会社の現場監督。工学の専門知識あり。
宇田川昇(55)
物件の持ち主。館を案内する。工学の専門知識なし。
真崎美緒(27)
大人しそうな女性。資料館職員。工学の専門知識なし。
【前回のあらすじ】
霊視占い師・雪野志桜里は、幻燈を残留思念と推理し皆に共有する。春一は幻燈が「十五年前ここにあった真実だけが、鮮やかに映し出される」この館に焼き付いた“過去そのもの”の再生という確信を沈黙する。
未だ閉じ籠る朝比奈瑤子を案じた一同は、バールで扉を抉じ開ける。そこには死後硬直の始まった朝比奈瑤子の遺体があった。彼女の足元にある薬瓶、その小さなラベルには「Triazolam 0.25mg/tab」。
単体での致死の可能性は低い。間宮は持病や併用薬を疑う。
【第5話】愚者のあやまち(典彦視点)
「人が調査を求めるとき、本当に望んでいるのは安心だ。」
仄暗い館の中で
18時40分。それは、静かに始まった混乱だった。
発端は、簡易的ながら遺体の検分を終えた間宮が、警察に連絡を取ろうとしたことだった。
彼は、私物の医療用ライトをしまうと、遺体のそばから立ち上がり、俺と春一を伴って部屋を出た。
精緻な細工が施された重たい扉を閉める。雨音だけが響く廊下で、他の面々が不安げな表情でこちらを見つめていた。
間宮は周囲を見渡しながら、慎重に言葉を紡ぐ。
「死亡推定時刻は現時点では断定できない。外傷は見られず、状況からして服毒の可能性が高い。意図的な服薬による自殺か、あるいは偶発的な過剰摂取なのか、現段階では判断材料が不足していて、判断できない。どちらの可能性にも証拠も根拠もない」
バールによって破壊されたドアの前には、死の余韻などという生温い表現では片付けられない、濃密で重苦しい空気が漂っていた。
「とにかく、警察を呼ぶんだ」
山路の声が上ずる。
間宮は頷いて手袋を外し、スマホを取り出した。スリープを解除すると、眉を寄せて画面を見つめる。
「……圏外だ。まったく電波を拾わない」
「圏外……? 都内だろ、ここは」
羽賀が自分のスマホを試すが、画面には同じ文字が点滅していた。
一同が次々にスマホを取り出す。誰の画面も虚しく「圏外」を示している。
俺が促すと、春一もショルダーバッグからスマホを取り出した。
「……電波、届いてない」
春一が暗がりで画面を覗き込み、小さく呟いた。
スマホは誰の手元でも無力だった。
「この建物、山に囲まれてますから……」
真崎がそう呟く。
そんな彼女を一度凝視した榊原は、青褪め、震える声で言った。
「あの、なんとか警察に連絡をとらないと、ですよね。……その、無線なり固定電話なり、の確認をしないと、いけない…」
「ああ、まずは固定電話と無線機を確かめよう」
間宮が声を張り、固定電話と、管理人室の無線機を順にチェックするよう指示を飛ばした。
「……間宮さん。こちらのお部屋、昔は秘書室ですよ。まずは、ここの電話機を確認しておきますか?」
春一が、朝比奈瑤子の遺体のある部屋のドアへ、手のひらを向けて示す。
ぎょっとした表情で春一と目を合わせた間宮は、顔を顰めながら背後に向き直り、そのドアを開けた。
奥の机には埃まみれのダイヤル式電話が置かれていた。間宮が受話器を手に取りダイヤルを回すが、首を横に振る。
「……繋がらない。固定電話も無理なのか」
俺は即座に否定する。
「いえ、そうとは限りません。PBXなら主装置次第です。個別回線なら他の部屋は通じる可能性があります」
「PBXってなんですか?」
俺の言葉に対し、部屋に踏み込んだ真崎が、不思議そうに問いかけた。
その後ろから、榊原がまごつきながら、彼女に丁寧に解説した。
「PBXってのは、えーと、つまり建物全体の電話回線を制御する主装置というのがあって、そこから各部屋に内線が伸びてる仕組みで。一般的なオフィスとかではそっちが主流なんです」
続けて榊原が、俺と間宮に言った。
「管理人室に配電盤と電話の主装置がありますから、早めにそっち確認にいきましょう」
構造がどちらにせよ、電話線の状況を確認するには、それが一番早い。
部屋を出て管理人室の場所を尋ねると、宇田川が思い出したように言った。
「あっ、管理人室に無線もあったはずです。ただ、詳しいことは全然わからないので……ご一緒いただけると助かります」
そして、慌てて管理人室への案内を申し出る。
「管理人室は、ダイニングルームの横にある、地味な小さな扉の先に短い廊下があって、その突き当たりです。ドアには『関係者以外立入禁止』と書かれています。すぐご案内しますので」
間宮が即決する。
「俺たちは、管理人室へ行く。宇田川さんと榊原さん、神依で行きます。他の皆さんは、一度リビングで待機をお願いします。ここよりは安心はできるでしょう」
宇田川が肯いた。
「ええ、確かにあそこなら。ソファなどもありますし。暖炉は使えませんが、燭台は用意してあります。火を灯せば、それなりに明るくなるはずです」
俺は、春一に、いつもよりも丁重に、できる限り優しい声で尋ねる。
「春一はどうする?一緒で大丈夫か?」
非常事態だ。俺は、この状況で春一と離れることが不安だった。今、俺の持つ専門知識は役に立つ。それを理解していてなお、自分の都合で春一を連れ回すことも、一人置いていくことも嫌だった。
同行を告げられ、俺があからさまに安堵したことは、きっと春一には見抜かれていただろう。
話が纏まったとみたのか、間宮に呼び掛けられる。
俺たちは管理人室へ向かうため、部屋を後にした。遺体の傍に立っていた真崎が最後尾となり、彼女は音も立てず、静かに扉を閉めた。
皆で再びエントランスへと戻り、間宮の提案に沿うかたちで、二手に分かれることになった。
望みを探して
ダイニングの隣、階段の陰にひっそりと佇む配膳口の扉を、俺は無言で押し開けた。使用人通路には、無音の冷気が漂っていた。
宇田川が管理人室の金属製の扉を開けると、中には配電盤と埃を被った旧式無線機があった。
宇田川は入り口で硬直し、目が泳いでいた。恐怖なのか、ただの動揺なのかは分からない。入口で固まっている宇田川に、春一が問いかける。
「固定電話を確認してもらえますか?」
動けないらしい宇田川に代わって、春一が操作するがどこにも繋がらなかった。耳にあてた受話器からは、沈黙が返ってくるだけだったようだ。
「……通じない。ダイヤルトーンもない。……電話線そのものが切れてるんじゃないかな」
春一を注視していた俺に、淡々と報告した。
俺も無線機に取り付き、試すが反応なし。
「全周波数無反応。緊急チャンネルも駄目だ」
それを聞いた榊原が矢継ぎ早に話し出す。
「まぁ、ここ山の中で、設備も古くて消防法ギリギリで。それに、えーと……ほら、中継局に落雷とかで電話回線に被害が出ることもよくあることだし……。だから、ほかの手段、探さないと」
声色は酷く揺れ、顔は強張ったままだ。
「まあ、嵐でアンテナが吹き飛んだのかもしれない」
俺は低く呟いたあと、宇田川に向き直る。
「宇田川さん。固定も無線も、どちらも使えません。ここの設備では、外部に連絡を取ることはできない」
「……まさか、無線まで……? つい先日までは普通に使えていたんですよ!」
宇田川の顔が見る見るうちに青褪めていく。
「一応、停電の可能性もあります。確認します」
俺は配電盤へ向かうが、ランプはすべて消えていた。
「ブレーカーは落ちていない。問題は外部の電源系統だ」
思わず眉間に皺がよるが、まず、この事実を共有することが優先だ。
「つまり、打つ手なしか?」
俺の言葉を受けて、間宮が確認するように呟いた。
俺は首を横に振った。
「いえ、もうひとつ確認することが。非常用の発電機です。……起動できれば、通信機器が復旧して、外部への連絡が再開することもありえますから」
その言葉に、視線が一斉に俺へと集まった。俺の言い様はその可能性の低さを見事に物語っていたはずだが、宇田川の目には希望の色が戻る。
「発電機はどこにある?」
間宮が宇田川へと即座に問いを投げかける。
「確か、西翼の地下機械室です」
宇田川が自信なさげな声で答えた。
「……厨房の裏手にある階段を降りていくと、旧ボイラー室だった場所があって。その奥に格納されているはずです」
一行は地下へ向かう。冷気が階段を吹き上がり、古い配管が軋む中、重厚な鉄扉にたどり着く。扉の銘板には、かすれた文字で「機械室」とあった。
手をかけ、ゆっくりと扉を開いた。懐中電灯の光が、床に置かれた配電盤と、その奥に鎮座する大型の発電機を映し出す。
発電機のメインスイッチへと歩み寄る。鍵がかかっていない。しかし、ハンドルを回してもエンジンはかからなかった。
「内部の劣化、だな……」
俺が低く呟くと、それは冷たい地下室の壁に木霊した。
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