創作大賞2025参加 : 神の器 特別編「幻燈の館」【第1話】「旧梨木邸連続殺人事件」
創作大賞2025、ミステリー小説部門にて応募。
【あらすじ】
「場所に刻まれる過去そのものを再生する」幻燈現象が起こる、ジョージアン様式の事故物件洋館・旧梨木邸。
遺体発見、通信不能、車両通行不能、封鎖工作の痕跡発見。オカルト案件の調査に訪れた探偵たちは、成り行きでミステリ事件の解決を目指すことになる。
救助も通報も望めないまま夜を迎え、翌朝、第2の遺体を発見する。積み上げられる状況証拠と綻び。
犯人は15年前、梨木邸で起きた『檜森町令嬢殺人事件』による被害者遺族だった。
「探偵諸君。殺すしかない、そこに至るまでを問え」
幻燈が示す最期の真実。超常現象×密室推理、過去と現在が交錯する現代本格ミステリ。
【前置き】
・オカルト要素は舞台装置であり、推理には関与しません。
・悪意を持って明確な噓をつく登場人物はいません。
・連載『神の器』シリーズに属する物語ではありますが、本編とは独立した構成になっており、本作単体で完結した本格ミステリとしてお楽しみいただけます。シリーズ未読の方もご安心ください。
【登場人物一覧】
間宮 真(まみや まこと)
32歳|天城調査事務所 探偵調査員
硬派な職業探偵。3年前まで警視庁刑事部捜査第一課強行犯係に所属。過去のトラウマによりオカルト全般を嫌い、異能にも懐疑的。春一たちに調査を依頼し、同行する。
神依 典彦(かみより のりひこ)
25歳|東京電燈パワーエナジー株式会社 会社員
奇数話の語り手。兄の春一に関わらない事柄であれば、理知的であり、良識と論理を重んじる。春一の庇護者を自認し、春一を守ることに強い使命感を抱いている。
神依 春一(かみより はるいち)
26歳|喫茶店Café Serein アルバイト
偶数話の語り手。静やかな雰囲気、神々しい美貌と異能を持つ青年。過去の経験から諦観が得意。博覧強記だがコミュニケーションには難がある。
【第一話】旧梨木邸連続殺人事件(典彦視点)
「調査とは、他人の地獄を覗き込むことだ。」
黒衣の依頼人
俺たちは、この翌日、1泊2日の地獄のミステリーツアーに参加することになる。それは後に『旧梨木邸連続殺人事件』と呼ばれる悲劇だった。
このときは、誰もそれを知らなかった。
◆
雨上がりの午後、喫茶店Café Sereinの窓ガラスにはまだ細かな水滴が残っていた。
客足は落ち着き、店内にはカップから立ちのぼる湯気と、ジャズピアノのゆるやかな旋律だけが静かに満ちている。
「あと15分で上がり、だろ?」
カウンターの奥、エスプレッソマシンの操作に集中していた春一に、俺は声をかけた。相変わらず、美術館の奥に飾られていそうな美貌をしている。
「うん……もう少しで終わる」
控えめに微笑みながら応える春一の手元は、いつもながら正確だ。手の動きに無駄がない、流れるような所作。
マシンの操作を終えると、春一はカウンターの端に歩を移した。蒸気に白くけむるカップをていねいに拭き取り、ミルクピッチャーを洗い終えると、彼はカウンターの隅に立って静かに息をついた。
何気ない仕草がいつだって儀式のように整っている。
春一は今日も白のシャツに黒のベストというシンプルな制服を着こなしていた。腕時計を確認し、「あと3分」と小さく呟く。その声は、風が草を撫でる音のように柔らかい。
「特に用事なければ、このあと家で……」
言いかけた言葉は、扉に取り付けられたベルの音で途切れた。
入ってきた男は、一目で只者ではないとわかる雰囲気をまとっていた。身長は俺よりやや低いが、がっしりとした体格。無造作に見えてよく整った黒い短髪と鋭い細い目が、冷静で計算高い印象を与える。
服装は黒いスーツに、着古した黒のトレンチコート。その裾を揺らしながら、スーツのポケットに手を入れる仕草は妙に自然だった。
春一が微かに表情を引き締めたのを見て、俺は席を立った。
「間宮と言います。天城調査事務所の者です」
低く押し殺した声。名乗られた瞬間、すみれの顔が頭に浮かんだ。春一も、同じことを考えたらしい。
だが、春一の口から出た問いは不穏だった。
「……すみれさんは、無事ですか?」
それを受けた間宮と名乗った男は、少し眉を寄せる。
そして最低の報せを淡々と持ち込んだ。
「昨日、退院した。先日、異能案件の調査中、衝撃を受けて意識を失った」
その言葉に、空気が一瞬で重くなったように感じた。春一は黙って目を伏せている。
春一の長いまつ毛がゆっくりと動く。その眼差しは、深淵の静謐を湛えていた。
「……重症ですか?」
「肉体的にはおそらく軽い。ただ精神的には、しばらく復帰は無理だろう。理屈は分からんが、所長の指示で、今は事務所でひたすら寝ている。……入院中は鎮静剤の静脈注射が必要だった」
最後の一言を聞いた春一の表情が、凍りつくのがわかった。
間宮の語調に感情はなかったが、それは彼が冷淡だからではなく、すでに何度もこうした報せを伝えてきたからだろうと思われる。
仕事のために感情を殺した人間の話し方だと感じた。
「それで、俺たちに何を?」
俺が問いかけると、間宮は視線を春一に向けたまま答える。
「檜森町、東京都内の山裾にある古い洋館の調査だ。結構な曰くつきらしい。非公式だが警察の依頼でな。不法侵入して騒ぐ連中がいるとかで、うちの事務所で、そこのオカルト事象の調査を請け負った。そこに着いた途端、代崎は倒れたらしい」
思わぬ知らせに、春一を見る。一瞬、視線を交わしただけで、思考の深層にまで踏み込まれるような錯覚を覚える。
その瞳に映るのは、遥か昔から続く記憶のようなもの。
時を越えた存在だけが持つ輝き。
俺はその思考の先にある見えない何かを探すように、間宮の言葉の意味をかみ砕く。
「……つまり、担当の代崎が倒れた。で、代わりに俺たちに、その調査をしろと?」
「正式な依頼ではない。あくまで、非公式だ。だが、あの女は随分お前らを信頼しているらしい。特に、」
そこで言葉が止まった。
春一が、わずかに表情を変えたからだ。彼の瞳は、どこか遠くの世界を見ているかのように幽玄でありながら、見る者に無言の圧力を与える。
「……行くよ」
「春一?」
「すみれさんは……俺たちを何度も助けてくれた」
言葉を切り、春一は僅かに視線を落とす。
「だから今度は、俺の番。すみれさんの現状を改善するには現地に行かないと無理だと思う」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
春一がそう言うなら、俺はついて行くしかない。
この兄が自分から動くのは、必要な理由があるときだけ。代崎すみれは、春一にとって、掛け替えのない理解者だ。放っておけない。
「なら俺も行く。一人では行かせられない」
俺がそう言うと、間宮はわずかに頷いた。
「わかった。明日午後3時から、集まりがあるらしくそれに合流することでオーナーと話がついている。出発は明日の10時。俺がここに車で迎えに来る。必要なものを用意しておいてくれ」
そう言って彼は名刺を一枚だけ残し、喫茶店を出ていった。
ドアが閉まると、再び小さなジャズが静かに戻ってきた。
調査前夜
その夜、慣れた手つきで用意された春一の料理は、どれも丁寧で、自然と心が和んだ。
その穏やかな余韻の中で、俺たちは例の洋館の情報を探し始めた。
「……檜森町、ここか……山裾って言っても、かなりの奥地だな」
画面をなぞる指が止まる。
「最寄り駅から車で40分。土砂災害でも起こったら孤立しそうだ。霊感の強い人間が軒並み〝ここに何かいる〟って騒いだって、掲示板に残ってる。どうも有名な事故物件らしいが詳しくは載ってないな」
俺はスマホで地図を確認しながら、小さな違和感を覚えていた。
「なあ春一。何か起きる気がしないか?」
「……うん。そうだね。俺も〝なにか〟起こると思うよ」
春一は、受け取った俺のスマホの小さな画面を眺めながら、静かに言った。そのタンザナイトの瞳は、月光にも似た輝きを宿していた。
その答えを聞いたとき、俺はもう覚悟を決めていた。
春一が行くと決めたなら行くしかない。
代崎は調査中に昏睡状態になった。しかも、間宮曰く入院中に鎮静剤の静脈注射を受けていた。
帰宅してから、何のことかと調べてみれば、激しく錯乱し、暴れ、自傷や他害のおそれがある場合にのみ行われる処置らしい。
胆力も気概も人一倍の、あの代崎が、だ。
俺には、春一や代崎のような異能はない。
だが、それでも俺は、春一を護らなければならない。絶対に。
曰くつきの洋館で、奇妙な集まり。誰が、何のために?
間宮にもっと情報を求めるべきだった。今更ながら後悔が頭をよぎる。
「あのね、典彦。3日くらい前かな、断片的にだけど、ちょっと視えたんだ」
「なにが」
思わず過敏に反応してしまった。春一が驚いている。
「大丈夫だよ、典彦。一緒にいてくれるんでしょう?だったら絶対大丈夫」
不思議そうに俺を眺めてから、なにやら納得したらしく、俺を宥めるように春一が言ったその言葉は、強く胸に突き刺さった。
「結局よくわからなかったんだけど。でも印象的だったのはね、深海を2人で散歩するんだ。誰も出られず、誰も入れない海の底で」
それは、随分と奇妙な予言だった。
だが、春一はそれ以上何も言わず、ただ微笑んだ。
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