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創作大賞2025参加 : 神の器 特別編「幻燈の館」【第9話/後編】「尊厳の寓話」

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【登場人物】

間宮 真 (32) | 聡明で硬派な職業探偵。
神依 典彦(25) | 語り手。春一が何より大切。
神依 春一(26) | 典彦の兄。異次元の美貌と異能の持ち主。
真崎 美緒 (27) | 知的で堅実な女性。
榊原 正嗣 (30) | 何故か館の情報に詳しい。


【前回のあらすじ】

閉ざされた館で、真崎と春一が語る深い喪失と傷。春一が語り出す「生贄」の記憶と、真崎の「選ばれなかった人生」が交差する。人が抱える孤独、愛とは救いか、それとも毒か。


【第9話/後編】尊厳の寓話(典彦視点)


「生きた人魚は歌わない。ただ沈黙で世界を呪う。」


最期の晩餐


間宮が部屋の中央で、ゆっくりと立ち上がった。
その気配に、空気が再び引き締まった。壁の古ぼけた掛け時計の秒針だけが、重苦しい静寂を刻んでいる。

「……いいか。休憩はここで終わりだ」
間宮の声は低いが、微塵の揺らぎもなく届いた。

「感情の整理は終わっただろう。……これから話すべきことが山ほどある」
彼は全員を見渡しながら続けた。

「外の状況は変わっていない。嵐は収まっていないし、通信も復旧しない。現状を動かす手掛かりは、まだ何も見つかっていないんだ」

間宮が一呼吸置いてから、全員を順に見回す。

「ここからは、情報を整理して行動を決める時間だ。無論、建設的にだ。間違いなく、誰かがこの状況を仕組んでいる。次に何をすべきか、各自の意見を聞かせてもらう」

場の空気が引き締まり、俺を含め全員が無言で姿勢を整えた。燭台の揺れる炎が、シャンデリアのクリスタルに鈍く反射していた。その下で、誰ひとり反論せずに頷く。

羽賀が立ち上がり、背伸びをした。
「さて、そろそろ〝本番〟ってわけか。どうせなら、もっとドラマチックな舞台に移ろうじゃないか」

間宮が眉をひそめるも、その意図を察して頷いた。
「……そうだな。ダイニングに移動しよう。全員、異論はないか?」

間宮の問いに、誰も異を唱えなかった。俺は無言でテーブルの中央に置かれていたひときわ大きな燭台を手に取った。

他の者たちも黙って立ち上がった。椅子が軋む音が、静まり返った部屋に不自然なほど大きく響いた。宇田川と羽賀、榊原が壁際の燭台を回収する。

荻原だけが一拍遅れて立ち上がった。周囲の様子をうかがいながら、何かを手伝うべきか迷っているようだったが、結局、何も持たずに列の最後尾へと回り込んだ。誰も彼に声をかけなかった。

間宮は黒いジャケットの内ポケットから懐中電灯を取り出すと、短く「行こう」と言って先頭に立った。

一行はリビングを後にし、エントランスホールへと足を踏み出した。
重たい空気の中を進む。古びた床が靴音を吸い、ただ数本の懐中電灯と、ゆらゆらとした燭台の炎だけが、廊下の石壁に光を落としている。

隣の春一の様子を見ながら、俺は黙って歩を早めた。床の一部にわずかな段差を見つけた。咄嗟に手を伸ばし、春一の腕を掴んで誘導する。
誰かの足音が遅れ、俺は後ろを振り返った。
雪野が、足を滑らせかけた山路の腕を支えていた。
真崎も手伝い、無事体勢を立て直せたようだ。

やがて、ダイニングのドアが姿を現す。古びたドアノブを羽賀が押し開けると、ドアがゆっくりと音を立てて開いた。

燭台の光が、奥の長いテーブルの輪郭をぼんやりと浮かび上がらせた。
これからどうなるのか。
俺はひっそりと息を吐いた。

俺たちは、長いダイニングテーブルに続々と着席した。緊張した空気が漂っている。
暖炉側のテーブルの短辺は間宮だ。少し迷ったが、春一をその右隣に座らせ、俺はさらにその隣に腰を下ろす。

この形状のダイニングテーブルでは、おそらく長辺側はホスト席に近い席が上座になる。年功序列という単語が一瞬だけ頭を過ぎったが、面子をみて思い直した。

気品溢れる美しい兄を彼らの下に置くのは、もはや冒涜である。

向かい側には、春一の正面に真崎が、俺の正面には榊原が座っている。雪野は小首を傾げてから俺の隣の席を選んだ。それに羽賀、荻原が続く。榊原の隣は山路。宇田川はその隣、ドア脇の最下座を自ら選んでいた。

座る位置には誰も異論を挟まなかった。真崎と山路の選択は予想外で、少々違和感を覚える。

「はい、どうぞ」
春一が何の気負いもなく板チョコを間宮に差し出す。
「頭を使うと糖分が減るでしょう?みなさんもどうぞ」
さらに10枚の板チョコをカバンから平然と取り出し、立ち上がって配り出した。
優雅な所作で為される異常行動に、言葉を失う一同を全く意に介さない。最後に俺に2枚差し出し、春一は満足げに席についた。

燭台の炎が静かに揺れている。
古めかしいダイニングの壁には、重苦しい沈黙が這うように満ちていた。誰もがチョコを手にしたまま、言葉を探している。

先に口火を切ったのは、やはり間宮だった。
「……もし仮に、自殺ではなく“殺された”のだとしたら。この館にいる誰かが殺したということになる」
間宮はさらに、こめかみを押さえながら低い声で続けた。

「その場合、俺たちは犯人と一緒に、数日を過ごすことになる」
ひどい現実を突きつけられる。

山路が少々上から目線で尋ねてくる。
「封鎖工作とは、具体的にどんなものだったんだ。まだ簡単な報告しか受けていないぞ」

「正面玄関以外は全て塞がれている。俺と神依が現場を確認した」
山路が何か言いかけたが、間宮が制した。
「今はまず、状況を整理する」

間宮が指を折りながら、淡々と述べた。
「まず、朝比奈が部屋に籠城したのが午後4時。遺体が発見されたのは午後6時30分。発見時に全員が揃っていた。死亡推定時刻は不明」

「第二に、封鎖工作の痕跡が発見された。土砂崩れだけでなく、人為的に外からの道が潰されていた」

「第三に、現在われわれは通信不能、車両通行不能の状況にある。外部支援は当面見込めない」

彼は一度言葉を切ると、周囲を見回した。
「この状態で殺人が行われた可能性がある以上、最悪の可能性、つまり第二、第三の被害を警戒する必要がある」

俺たちは黙って聞いていた。重たい事実が、静かに胸に沈んでいく。

それから俺たちは、燭台の淡い灯りの下、状況の核心を冷静に検証した。
通信断絶の現状、物理的封鎖の事実、死亡時刻の曖昧さ、外部からの孤立。これらを踏まえ、最悪のケースを想定した危機管理の意見が交わされた。

間宮の仕切りは絶妙で、無駄な感情論は即座に排され、手際よく状況が整理されていった。全員が現状を正確に把握したうえで、これからやるべきこと、避けるべき行動を確認し合った。

榊原がちらと腕時計を見て、遠慮がちに口を開いた。
「……あの、ちょっとだけ、思ったんですけど。今のままだと、体力とかが、その持たない気がして。……えっと、もうみんな疲れてるだろうし。その、二階の客室で仮眠をとる、とか、えーと、どうでしょうか?」

俺はそれを聞いて、春一の様子を確認した。その美しい横顔に、少し眠気が見える気がする。榊原の提案は最もだと思い俺も賛同する。
「間宮さん。この状況がどれだけ続くかわからない以上、一度休むべきだと思います」

一瞬考えた間宮が素早く応じる。
「そうだな。殺人者への対応は必要だが……救助が来るまで生き延びなければ意味がない。遭難も差し迫っている」
春一はその言葉にゆったり頷きながら、燭台の火を見つめていた。

状況を冷静に整理した以上、次は体力の温存だった。
それぞれが無言で立ち上がり、仮眠のため2階の客室へと向かった。
廊下を照らす灯りは心許なく、誰もが言葉少なだった。



幻燈の部屋『泡の間』


「お部屋の割り振りについて、こちらでお話しましょう」
そう言った宇田川が、客室だというドアノブを回した。階段から一番近い部屋だ。

ドアには、『泡の間 The Bubble Room』の文字が刻まれた金属製のプレートが埋め込まれている。

軋む音とともにドアが開いた。室内は、10人が入っても、窮屈ではない程度に広かった。ほかの部屋もこんな感じなのだろうか。

全員が入室した、その瞬間、光が弾けるように部屋の奥を満たした。
思わず息を呑んだ。たぶん、他の人達も同じだったはずだ。

その光を見た瞬間、嫌な予感がして、咄嗟に春一の前に出た。
無意識に、彼の視界を塞ぐように身体が動いていた。

壁に、天井に、床に。まるで部屋そのものがスクリーンに変わったかのように、あの幻燈が現れた。
立体的で詳細な映像。やはり、実体を持つかのように、異様なまでに鮮明だった。今まさに、この場で起こっている、そうとしか見えない臨場感に満ちた情景。

だが、その幻燈は、昼間に見た幻燈とは、まるで別物だった。言葉にすることすら憚られる光景だった。

映し出されていたのは、あの昼間の幻燈で見た少女たちと、もう1人。無邪気に笑っていた幼女は、床に倒れている。

白いエプロンを身につけた、まだ若い家政婦らしき女性が、悲痛な叫びを上げて駆け寄り、その身体に縋りつく。
震える手で幼女の頬に触れ、「なんてこと……」と、喘ぐように嘆き、震えながらエプロンを外して小さな身体を覆う。

ドアの前に立ち尽くす少女。きっとあの子の姉だ。綺麗な青いワンピース。華やかに編み込まれた髪。いかにもご令嬢の余所行き、といった清楚な装い。だがその目は、部屋に横たわる妹の姿をまっすぐに見据えていた。少女は、部屋のなかで行われた、残酷な出来事を理解できる年頃なのだろう。

声が出なかった。ただ、目を離すこともできず、映像に見入るしかなかった。ドアと対面になる壁際にいた俺には、彼女の表情がくっきりと見えた。

「……っ」
横で、間宮が押し殺すように低く唸る。

荻原が感情を抑えきれず、苛立ったように吐き捨てる。
「なんだよ、これ……」

羽賀はその場に固まり、ただ黙って映像を見つめていた。

真崎の顔は凍りついて見えた。まるで時間が止まったみたいに、ぴくりとも動かなかった。

宇田川は言葉を探すように口を動かしながら、かすかに開いた口元から、言葉にならない音が漏れていた。

山路は顔を背け、腕を組みながら俯いた。その肩が微かに震えているようにも見えた。

場が凍りついたまま、榊原のか細い声が、すっと耳に届いた。
「……叔母さん……」

幻燈の映像が闇に溶けるようにフェードアウトする。

俺は、慌てて振り返り、幻燈が始まる直前、後ろに隠した春一の様子を窺う。
春一は、何も言わなかった。じっと見つめ返された。
静謐な青紫の瞳。彼が消えてしまいそうで怖かった。

長い沈黙が続いたが、雪野が穏やかな声で場を収める。
「………もし気分が優れない方がおられましたら、どうぞお声掛けください」
その落ち着いた声に、緊張が少しだが緩んだ他の面々も、それに倣ってゆるやかに動き出した。誰もが疲れたような表情をしていた。

「……この部屋で部屋割りの話をさせてもらおうと思っていたんだが、」
宇田川が額に手を当て、ため息をつく。
「どうやら場所を変えた方がよさそうですね」

幻燈の残像がまだ脳裏を焼いている。誰もがこの部屋に長居する気にはなれなかった。

全員が再び廊下に出たところで、真崎が「部屋、どうしますか」と呟くと、俺を含め、何人かが自然と宇田川の方を見た。宇田川が先ほどの客室を除いた部屋を振り分ける。

「じゃあ、振り分けましょう。さきほどの部屋を除けば、使えそうなのは五部屋です。」
彼は鞄のポケットから手帳を取り出し、無造作にページをめくりながら、口早に続けた。

「女性は2人だけ。真崎さんと雪野さん。まずは2人で1部屋、女性部屋でいいですね? 左翼の『真珠の間』に」
真崎が小さく頷いた。雪野も静かに受け入れる。

「残り八人を四部屋。そうですね、山路さんと羽賀さんは、右翼の角部屋『深海の間』に。格式の高い広めのお部屋ですし、お二人なら会話も弾むでしょう」

「……なるほどな」
と山路が鼻を鳴らした。羽賀は冗談めかして肩を竦めている。
明らかに〝うるさい組〟だと全員が思っているが、口にする者はいない。

「神依春一くんは、間宮さんと『王女の間』に。『真珠の間』のお隣となります」
一瞬だけ視線が集まった。兄の名前が出ただけで、俺の意識は少しだけ研ぎ澄まされる。間宮なら信頼できる。初めましてから2日目だが、何故か確信できた。春一の能力も知っているはずだ。配慮してくれるだろう。

「榊原くんと神依典彦くんは『珊瑚の間』に。左階段近くのお部屋です」
俺は「了解です」とだけ返す。榊原は壊れたように幾度も頷く。

「私と荻原さんが『月光の間』。これで五部屋、ぴったり十人分」
宇田川は腕を組み、一同を見渡した。

「では、おやすみなさい。また明日」と穏やかな口調で雪野が言ったが、
「うん。おやすみなさい」
頷きながら優しい声で応えた春一以外からの返事はなかった。各自が無言で居室へと向かっていく。



不可解な会話


割り振られたのは、屋敷の南側に並ぶ客室のひとつ。左階段を上ってすぐ、左翼廊下の端にある部屋だった。『珊瑚の間』というだけあってか、赤みの強い両開きのドアが印象的だった。
ドアノブを回すと、軋んだ音を立てて扉がゆっくり開いた。
ひんやりとした空気が、薄暗い室内からこちらへと漏れてくる。どこか湿った匂いが鼻をかすめた。

「……失礼します」
榊原が小さな声で呟き、先に一歩、足を踏み入れた。俺も後に続く。
室内は思ったより広かった。古びた木製の家具が整然と置かれており、明らかに良いものだとわかる。

ただ、表面にはうっすらと埃が積もっていて、ここしばらく誰も触れていないことが察せられる。壁紙はベージュ系だが、日焼けと時間のせいか、ところどころ色が褪せ、角にはわずかな剥がれも見える。古さはあるが、安っぽさはまったくない。全体に、しんとした品のようなものが漂っていた。

奥にはベッドが二つ、重厚なフレームと装飾のある脚で、少し距離を取って並んでいた。
「意外と……きれい、ですね」
榊原がぽつりと呟いた。どこか安堵のような響きがあった。
彼は足元を確かめるようにしながら、そっと部屋の奥へと歩を進める。

「まあ、少なくとも寝るには困らないな」
天井は少し低めで、木の梁がうっすらと見えている。窓は西側に一つ。古風な木枠の窓を叩く土砂降りの雨は、まだ止む気配がない。

重たいカーテンや絨毯も相応にくたびれてはいるが、元々の質の良さがそれを覆い隠しているようだった。長年、誰にも見向きもされなかったであろう空間には、どこか哀れさのようなものもあった。

時計の針はまだ、深夜には遠かったが、俺は軽く伸びをしてからドア側のベッドに寝転んだ。
ベッドに身を預けると、身体の芯まで疲労が染み渡っていたことに気づく。榊原も静かに荷物を下ろし、ベッドに腰かけるのを横目に、あっという間に眠りに落ちていた。




ふと目が覚めた。腕時計を見ると午前1時。
榊原はトイレでも行っているのか不在だ。落ち着かず、俺もふらりと廊下へ出た。だが、すぐに歩みを止めた。何かが、引っかかっていた。

胸の奥にひっかかった棘を抱えたまま、無意識に廊下を歩いていた。
そのとき、ふと、廊下の奥から小さな声が聞こえた。誰かの気配を感じて、俺は足を止め、柱の陰に身を隠す。ひやりとした木の感触が背中に伝わる。

微かに聞こえるのは、榊原の声だった。抑えたつもりでも、夜の廊下には十分すぎるほど響く。

「……あの、今夜、たぶん眠れそうもなくて」
遠慮がちで、それでも必死な響きを帯びた声だった。
「睡眠薬、少しだけでも分けてもらえたりしますか?」

一拍の沈黙。俺が耳を澄ませると、返ってきたのは、落ち着いた真崎の声だった。

「ごめんなさい。実は、いまは手元になくて……ちょうど切らしているのよ」
やんわりとした口調で、榊原の頼みを断った真崎。そこには、静かな拒絶の空気があった。

「……そうですか」
息を呑み、絞り出すような返答をした榊原から、それ以上の言葉はなかった。

彼らは、初対面のはずだ。それなのに、なぜ榊原は、真崎が睡眠薬を常用していると知っていたんだ。そういえば、榊原は真崎に対して、常に丁寧に対応していた。彼らは、知り合いだったのか?

そして、〝ちょうど切らしている〟。
彼女が睡眠薬を使いきったのは一体いつだ?

俺は足音を殺してその場を離れた。
頭の中である映像を思い出していた。
朝比奈の遺体。その傍らに転がっていた、空になった薬瓶。

俺の中で、1つの思考が形を取りはじめていた。







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桜子 いつもありがとうございます。読んでいただけて、とても嬉しいです。