創作大賞2025参加 : 神の器 特別編「幻燈の館」【第2話】「終わりなき夜の黙示録」
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【前回のあらすじ】
喫茶店に訪れた黒衣の男・間宮は、異能事件の調査中に意識不明となった仲間・代崎すみれの報せを伝える。彼女が追っていた曰く付きの古洋館には、不思議な“幻燈現象”が起こるという噂があった。春一と典彦は、間宮と一緒に代わりの調査役として現地へ赴くことになった。
【第2話】終わりなき夜の黙示録(春一視点)
「真実を知る者が口を閉ざす、それは慈悲の契約である。」
罅割れた予知夢
今朝、夢を見た。三時十三分。
茜色の絨毯。その上に倒れた、男の手首。千草色の上着。蜘蛛の巣状に罅割れた風防の下で、時計の針が、まるで時間を拒絶するかのように、その数字の上で止まっていた。
◆
エンジン音が、坂道を登るにつれてわずかに唸り声を上げる。車内には、ワイパーの小刻みな音と、音を絞ったラジオのBGMだけが流れていた。
俺は後部座席に座っていた。助手席には典彦がいる。
彼が最近気に入って着ている洒落た茶鼠の上着は、贔屓目を差し引いてもよく似合っていた。同時に、千草色とはまるで異なる別階層の光に属する色であることに安堵する。
それに典彦も間宮も、時計の風防はサファイアガラスだ。罅割れることはない。モース硬度9のサファイアガラスなら、破壊されれば鋭く砕ける。
典彦は、翳りの濃い車窓を見つめたまま、あまり口を開こうとしなかった。 まあ、それはいつものことだ。
無口な兄弟二人、沈黙には慣れている。だけど今は、沈黙の意味が少しだけ違う。
運転している黒スーツの男。
間宮という人物に、昨日初めて会った。
彼はすみれさんの同僚で、あの天城調査事務所の探偵調査員の一人。
目つきは鋭く、態度はやや棘があったが、真面目で理屈の通じる人間、そしてすみれさんにとって大切な人だと感じた。
彼に初めて会ったその瞬間、俺は彼の〝死の未来〟を視てしまった。でも視てしまっただけ。それはきっと現実にはならない。
俺たちは出会った。すみれさんが俺のもとへ導いた。
これからの未来は確定していない。
自分にそう言い聞かせ、窓の外を眺める。
山裾に近づくほど、霧が濃くなっていた。
事故死。あるいは自殺に見せかけた他殺。 間宮が関わるはずのその未来は、ひどく曖昧で、けれど確かに〝終わり〟の気配を伴っていた。
もし俺が同行しなければ、彼は……。
「……」
俺は口を閉ざした。 彼は繊細で澄んだ精神を持つ人だ。
俺が告げることで、未来を確定させてしまう可能性がある。 だから今はまだ、何も言えない。
「春一くん」
不意に間宮がルームミラー越しに俺を見て、名前を呼んだ。
「はい。……なんでしょうか?」
「一つ聞いておきたいんだが……君は、代崎とはどういう関係なんだ?」
典彦がちらりと横目を動かす。
間宮の口調に敵意はない。ただ、納得のいかないことがあるという言い回しだった。
「友達……みたいなものです。何度か、一緒に事件に関わったことがあって」
「異能、ってやつでか」
「……間宮さんは、そういうの信じてませんよね?」
一瞬、間宮が気まずそうな顔をする。
しまった、悪いことをしてしまった。この人は思考を読まれることに慣れていない。
でもここまでなら、彼には〝直感〟や〝推理〟で納得できる範囲だろう。
「まあな。だが、所長が君に頼れと言うくらいだ。こっちは真面目にやる」
それだけ言うと、間宮は再び前を見た。
初対面の俺のために、つらい過去を告げず沈黙を選ぶ。
すみれさんの同僚らしい、優しい人だ。
典彦のほうは特に口を挟まず、車窓を眺めていた。 しばらくして、車は林道の分岐に差し掛かった。
舗装が甘くなり、タイヤが細かく揺れる。
山霧の中の同乗者
そのとき、前方に人影が現れた。 ふわりとした白の外套を身に纏った女性が、こちらに気づいたのか、片手を上げた。
「……人か? こんなとこで」
間宮が速度を落とし、女性の前で車を停める。
「すみません、車が動かなくて……あの、どちらに?」
女性は二十代後半だろうか。色白で小柄、柔らかな雰囲気の人物。ただ、その瞳には不思議な色があった。
夜の森、そんな印象を持った。
「わたしは、この先の洋館に向かっています。不動産屋さんから館の供養の依頼で呼ばれたんですが……途中で車が故障してしまって」
「供養?」
「はい、わたしは雪野志桜里と申します。霊視による占い師を生業としておりますが、時々ご供養なども請け負っています」
間宮がちらりと典彦を見る。
典彦は微かに頷き、助手席から内鍵を解除した。
「同じ場所へ向かってる。乗ってください」
志桜里と名乗ったその女性は、恐縮しつつ後部座席に乗り込んできた。
香水ではない、どこか乾いたハーブのような匂い。静穏な森の中にひとりで立っているような、不思議な安心感があった。
内側に踏み込まず、それでいてひっそりと寄り添うような波長。彼女自身が、他人の痛みをよく知っているのだろう。
この人は、ずっと誰かの悲しみと一緒に生きてきたんだ。
そう思ったとき、彼女の耳元で簡素な意匠のピアスが光を受けて静粛に煌めくのが見えた。
後部座席の俺の隣に腰を下ろす。俺と目が合った瞬間、彼女の視線が揺らいだ。
「……!」
俺の顔を見て、彼女の表情が、強張る。
そして何かに圧倒されたように、ゆっくりと小さく曖昧に微笑む。
「どうかされましたか」
「……いえ。ごめんなさい。えっと、あんまりにも綺麗な方だから。ちょっと、その、驚いてしまって」
隣で彼女がそう言って、小さく息をついた。
俺の気配を感じ取ったんだろう。
人ではなく、〝神の器〟だった頃の名残。
普通の人が気づかれないそれを、彼女はほんの一瞬で察知した。
この人も、〝そういうもの〟を知る世界で生きているんだ。
表情はもう落ち着いていたけれど、手首を彩る精緻な彫金が施された細い腕飾りに触れるその指先だけが、膝の上でほんの少し震えていた。
やっぱり、視えてるんだ。
でも、それが何なのかまでは、彼女には、理解はできないのかもしれない。
車は再び走り出す。
前方の山肌に沿って、やがて木々の切れ間から、白い洋館がちらちらと見え始めた。
遠くに視えるその館。
漆喰で仕上げられた外壁は、長い年月を経てもなお淡い光をたたえ、ジョージアン様式の二階建ての端正な造りには、静かな均整がある。
左右対称に並ぶサッシュ窓と、その石造の縁取り。その一部には旧式のステンドグラスが嵌め込まれている。
風景と調和するように建てられた瀟洒な館は、まるでグリーンウェイ邸を彷彿とさせる、落ち着いた風趣が漂っていた。
慎ましくも洗練された美意識が感じられ、住まいに真の品格を求めた者の手によるものだと、車窓越しにも伝わってくる。
だが、美しいその建物は、今なお、時間から取り残されている。
身体に、重い感触がのしかかる。
それは冷たい空気ではない。
もっと生々しい、〝記憶〟だった。
……あまりにも濃い。ここには、強い記憶がある。
何年も前のものだ。
けれどそれは今も、確かにこの空間に居座っていた。
あまりに悲痛な叫び。しかも、とても幼い子供のものだ。
すみれさんが倒れるのも無理はない。
向き合うには、彼女の感受性と正義感は強すぎる。繋がりを切るために意識を落とすのは正しい対処だ。
隣に座る志桜里が首を傾げながら、ぽつりと呟く。
「……嫌な予感がします。この場所、何かが……」
彼女の声に、間宮が小さく顔を顰めた。
「そりゃまあ、変な集まりがあるらしいからな。俺も歓迎はしてねえよ」
「そういう意味じゃありません」
志桜里は、まっすぐに洋館を見つめたまま、言葉を続けている。
「きっと、まだ……誰かが、ここにいます」
車は、館の正門前で停まった。 鉄製の門は、どこか軋むように開いていた。
俺は無意識に、呼吸を浅くした。
諦観は人よりずっと得意なはずなのに、うまく制御できない。声にならない燃え盛るような叫びが木霊する。
耐えろ。すべて、飲み込まねばならない。
けれど、ここで〝起きる〟ことだけは、理解していた。
幾つもの〝死〟がここにある、それだけは確かだった。
【登場人物一覧】
神依 春一(かみより はるいち)|26歳|喫茶店アルバイト
今回の語り手。神々しい美貌と異能を持つ青年。静やかな雰囲気と優しい性格に反し、揺るがぬ意志と確固たる芯を秘める。過去の経験から諦観が得意。博覧強記だがコミュニケーションには難がある。
神依 典彦(のりひこ)|25歳|東京電燈パワーエナジー 会社員
春一の弟。冷静沈着で理詰めを重んじる現実主義者。兄・春一の庇護者を自認し、春一を守ることに強い使命感を抱いている。
間宮 真(まみや まこと)|32歳|天城調査事務所 所属調査員
職業探偵。元刑事の合理主義者。3年前まで警視庁刑事部捜査第一課強行犯係に所属していた。過去のトラウマによりオカルト全般を嫌い、異能にも懐疑的。春一たちに調査を依頼し、同行する。
雪野 志桜里(ゆきの しおり)|28歳|霊視占い師
洋館の供養依頼で呼ばれた異能者。他者の思念に共鳴・共感する能力だが、解釈は彼女に委ねられる。柔らかく丁寧な口調の女性。確かな信念と静穏な雰囲気を持つ。
代崎 すみれ(しろさき すみれ)|24歳|天城調査事務所 所属調査員
春一の友人。間宮の同僚。極めて高い感知能力を生まれ持ち、努力により一定の呪術的知識と技能を習得している異能者。幻燈現象の洋館の調査に赴き気絶・入院し、一時は鎮静剤の静脈注射必須状態になる。現在も覚醒出来ずにいる、すみれの回復手段を探るべく春一(と典彦)は、間宮の依頼で調査を引き継ぐ。
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