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創作大賞2025参加 : 神の器 特別編「幻燈の館」【第8話】「女王のルビー」

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【登場人物】

間宮 真 (32)|職業探偵。指揮能力に優れた元刑事。
神依 春一(26)|語り手。異次元の洞察力と異能の持つ。
神依 典彦(25)|春一の弟。春一の庇護者を自認する。
荻原貴司(35)|卑屈な学童保育指導員。


【前回のあらすじ】

美と教養に満ちた、春一の瞳に映る世界に感嘆していた典彦は、館に仕掛けられた異様なまでの密閉構造に気づく。窓にはエポキシ樹脂、非常電源は人為的に切断、内側から破壊された非常口の鍵穴。間宮と典彦は、通信断絶と物理封鎖は偶然ではないと確信する。


【第8話】女王のルビー(春一視点)

「疑いの先にこそ、真実は微笑む。」


疑念の閉鎖空間


グランドホールにいた俺を迎えに来た典彦と間宮は、俺を連れてリビングルームへと戻り、館の滞在者たちに一つの事実を告げた。
「通信設備に細工がされていました。配線の一部が鋭利な工具によって切断されてる。通信手段の断絶は、雷や嵐のせいだけじゃない。素人にはできない、かなり計算された手口で、です」

間宮が険しい表情で顎を引いた。
「つまり、ここにいる誰かが……外との連絡手段を断ち、脱出経路も塞いで、完璧な“閉ざされた場”を作り出したってことだ」

部屋の中で、初めて明確な事実が示され、重苦しい沈黙が広がる。誰もが息を呑み、音ひとつ立てなかった。

そこに、志桜里の言葉が、ぽつりと零れた。
「朝比奈さんは……本当に自殺だったのでしょうか」

羽賀が茶化すように話し出す。
「ま、確かに。取り乱し方は異常だったが、あの女がマジで自殺なんてする可愛げある性格してるかねぇ?」

榊原が震える声で続けた。
「もし、もし、仮に、誰かが彼女を殺したとしたら、その人間は今、この館にいるということですよね?」

言ってはならないはずの言葉だった。まるで鈍い刃のように全員の胸に突き刺さり、リビングルームが静まり返る。
誰もが耳を傾け、心の中で反芻した。おそらく全員が考えていたが、言及することを避けていた現実だった。

「外に出られない」
「誰とも連絡が取れない」
「殺人者がまだ、この館にいるかもしれない」

間宮が硝子窓の外を見た。雷鳴が闇を裂き、雨が激しく叩きつけている。
「殺人か自殺か事故か、断定できない。ただ、ここが〝閉ざされた場所〟になったのは事実だ。警察にも連絡できず、外にも逃げられない……ならば次にすべきは真相の解明だ」

室内には、もうただの沈黙ではない空気が漂っていた。疑念、恐れ、そして確信。誰かが、状況を用意したのではないか。
嵐も封鎖も、偶然とは思えない。誰もがそう考えた。

「……こんなタイミングで、全部遮断されるなんてありえるかよ」
吐き捨てるような荻原貴司の呟きが、決定打だった。誰も否定しなかった。
全員の中に、同じ認識が芽生える。

これは仕組まれている。

俺たちはただの訪問者じゃない。
この閉じられた舞台の、出演者になったのだ。

その予感は、じわじわと胸の奥に突き刺さり、全員の心に氷のように広がっていった。雨の音が静かに響く中で、ただ一つ確かなことがあった。

それは、ここから誰一人として出られないという事実だった。
この館は、何者かの意図で封鎖され、殺意のために〝閉じ込められた〟のだと、誰もが理解しはじめていた。



黒の鞄


間宮が一歩前に出ると、重たい沈黙がリビングルームを包んだ。全員の視線が彼に注がれているのを、ひしひしと感じた。

視線を一身に受けながらも、彼は淡々と、しかし力強く言った。
「ここにいる全員に、手荷物の確認と簡単な事情聴取に協力してもらいたい」
声は低く、だが揺るぎなかった。
「俺は調査員としてここに来た。警察が来るまで、ただ待ってるわけにはいかない。命がかかってる。全員の無事を守るためだ。……協力してくれ」

典彦が口火を切った。
「道理です。調査に必要なら当然、協力します」
そして典彦は、すぐ隣の俺に優しい視線を向けた。
「……春一も問題ないか?」

声色が丁重だ。どうやら俺を心配しているらしい。典彦に微笑みかけてから、間宮に対して肯いた。
「俺にできることなら。……お話しするときは、典彦が傍にいてもいいですか?」
おそらくこれが正解である。弟が嬉しそうで何よりだ。

続いて志桜里が、左手首の精緻な腕飾りを撫でながら言った。
「はい。大丈夫ですよ。でも、取り扱いには、どうかお気をつけてくださいね。商売道具などもございますから」

宇田川は一つ咳払いをして、スーツの襟を整える。
「よろしく頼みますよ。これ以上の事件は御免ですからね」

羽賀は、弾むように間宮に同意する。
「おお、雰囲気あるなぁ。いいねえ、元とはいえ強行犯の刑事さんの取り調べが受けられるとは。喜んで協力するよ」

どうやら少々不謹慎とは自覚しているようだが、抑えきれないらしい。こんな事態だが、嬉しいものは嬉しい。それはそれ、これはこれ。とてもよく解る。

対照的に、山路は苦虫を噛み潰したような顔をしたまま腕を組み、吐き捨てるように言った。
「君に従う理由はないな。まったく、元刑事だからと偉そうに」

間宮はそれに反応せず、次へと目を向ける。荻原貴司が、やや背を丸めて立ち上がった。
「ああ、はい。わかりました。……よろしくお願いします」
その語尾には、どこか卑屈さと皮肉めいた調子が混ざっていた。

美緒は静かに、しかしはっきりとした声で応じた。
「はい。勿論です。必要なことでしょう?」
彼女の瞳はまっすぐ、間宮を見ていた。

そして最後に、榊原がそわそわと身を揺らしながら挙手する。間宮の鋭い視線が、少し苦手らしい。
「はい。えっと、あの、俺なんでも協力します」

彼は今まで、なんでも協力してきた。おそらくこれからもそうだろう。

沈黙は嘘じゃない。彼の選ばなかった言葉。そこにある、たった一つの真実が報われるために、俺に何ができるだろう。

こうして、屋敷に閉じ込められた九人の関係者は、一人を除き、職業探偵である間宮の求めに応じ、それぞれの立場から協力の意思を表した。

間宮はリビングルームにある中央の円卓の前に立ち、鞄やポケットの中身を広げるための場所を整えると、淡々と告げた。
「順にお願いします。私が確認し、必要に応じて事情も伺います。拒否権はもちろんありますが、その場合はこちらで相応の判断をします」

「君に何の権限がある。改めて言う。私は拒否する」
山路は、間宮を睨みつけ、そう言い放ってから、暖炉の前の長椅子へと向かった。間宮の元刑事という肩書、それが癪に障るのだろうか。

「わかりました。ただし、拒否されたことは記録として残します。これは皆さん共通です。後で警察が来たとき、状況説明の参考になりますので」
間宮は、刺すような鋭い視線で周囲を見回す。
その視線に促され、皆が中央の円卓から距離をとり、壁際に散って待機する形になった。

最初に進み出たのは、美緒だった。
端の剥げた黒い合皮のトートバッグを差し出し、静かに開く。

中には草臥れた淡墨色の長財布。中身は千円札がほとんどだ。小さな手鏡、小ぶりな化粧入れ、スマートフォン、濃藍の折り畳み傘、花色の手帳、苗色の布製筆入れ、ポケットティッシュ、薄青の水筒、キーケース、電灯付き小型防犯ブザーが入っていた。どれも使い込まれていて、堅実な生活感がにじみ出る中身だった。

鞄を自ら開き、手荷物を明かす、それは自身の生活や価値観を晒すことになる。真っ先に進み出た美緒は、同世代の志桜里と比べられることを欠片も恐れなかった。それは、薄い化粧、控えめな服装でも隠せない強さだ。

次いで志桜里が続く。
彼女が差し出したエトゥープの鞄。Chlorisのジャンヌ35。彼女が御母堂から受け継いだその鞄には、丁寧に手入れされ、大切に慈しまれてきた歳月が刻まれている。

中身は、スマートフォン、槿花色の長財布、星図・数列・顧客情報が並ぶ花紺青の革手帳、墨紺のインクの桜柄の万年筆、紫水晶の数珠、小ぶりな鈴、白檀のお香、タロットカード、ハーブポプリ、七種類の天然石が並ぶ首飾り型アミュレット、槿色の華奢な水筒、携帯用ハンドクリーム、日焼け止め、ハンカチ二枚、リップクリーム、ポケットティッシュ、つげ櫛、缶入りのアロマキャンドル三個、小さく畳まれた紅藤色の羽織もの。信仰と感性と趣味、それらをすべて詰め込んだような内容物。

次は俺たちの番らしい。間宮に無言の視線で告げられる。彼はとても視線の使い方が上手だ。視線だけでこれほど明確に指示が出せる人は希少だろう。

まず典彦が、俺の手荷物検査に付き添うようだ。促されるまま、鞄を典彦に渡す。先月典彦に贈られた、山羊革で仕立てられたグリーニッシュブルーのドラムバッグ。

典彦は俺の鞄を受け取ると、間宮の前で中身を取り出していくが、途中で奇妙な表情が混じった気がする。なぜだろう。
入れていたのは、スマートフォン、浅葱色のミニウォレット、ハンカチ、キーケース、小型LEDライト、鴨の羽色の水筒、象牙色の鹿革の小物入れ、懐中時計、板チョコ十一枚、キャンディ包みにした手作りキャラメル二十個(瓶入り)。

間宮の顔が明らかに引き攣った。そこまで驚くことだろうか。三日ほど前、断片的ながら視えた未来に備えて、少し準備しておいただけなのに。

でも、言及はなかった。彼は本当に正しく優しい。人品という言葉は間宮のような人のためにあるのだろう。

典彦は、間宮へ自身の鞄を引き渡した。間宮が確認する間に、丁寧にドラムバッグに荷物を詰め直してくれた。

深縹のフラップショルダー。一枚革で作られた無駄な装飾のないそれは、俺に贈ってくれた鞄と同じお店で、数年前に購入したらしい。柔らかな質感で革本来の個性を生かすエシカルブランドを弟は気に入っている。

中身は、スマートフォン、金青色のミニウォレット、紺桔梗の折り畳み傘、ハンカチ、ポケットティッシュ、キーケース、モバイルバッテリー、藍色の水筒。

それから、細身の懐中電灯と小型飲料。可愛い弟のために春一が気を利かせて入れておいたその二つに、典彦は何故だか何とも言えない顔をした。嬉しそうだけど、どこか困惑した表情にも見える。

羽賀は軽快な足取りで、間宮の待つ円卓へ向かっていった。
鈍色の3WAY鞄から取り出されたのは、スマートフォン、海老色の二つ折り財布、丼鼠の水筒、デジタルカメラ、モバイルバッテリー、黒革のA4取材ノート、ボールペン二本、USBメモリ、小型ノートパソコン、ICレコーダー、充電ケーブル、名刺入れ、ガム、サングラス、懐中電灯。
まるで外回り取材の完全装備だ。これでもかと並ぶ機材に、彼の執念深さが滲んでいる。

次は榊原。人懐こい笑みを浮かべながらも、どこか落ち着きがない。
素鼠のナイロン製ビジネスリュックを勢いよく間宮へと差し出す。

スマートフォン、萱草色の三つ折り財布、紺鼠の折り畳み傘、錫色の大きい水筒、モバイルバッテリー、香染の小型手帳、ボールペン、雨合羽、図面ファイル、ICレコーダー、安全手袋、ミントタブレット、ハンカチ、日焼け止め、懐中電灯。
持ち物は多いが、整理されており、業務に忠実な性格と安全への思いがよく判る。だからこそ彼は、この事態を本気で案じて、本気で怯えている。全てを飲み込んででも守りたいのだろう。彼の持つ善性は、人間として何より称賛に値する。

宇田川は躊躇うことなく鞄を差し出した。その所作には、早期の収束を望む現実的な姿勢がにじんでいる。
「手短に頼みますよ。こういうのは段取りが肝心ですから」
口調は淡々としていたが、協力の意志は明確だった。

朽葉色の書類用革鞄の中から出てきたのは、鬱金色の長財布、スマートフォン、相済茶の水筒、加熱式たばこ、名刺入れ、目薬、キーケース、眼鏡入れ、薄型タブレット、ハンカチ、ミントガム。
どれも、身なりや対面を意識する職業人として、ごく妥当な持ち物である。

最後に荻原貴司。彼は渋々と黒の合皮製マグネット式ブリーフケースを差し出した。最小限の所持品に対して、少々不釣り合いな大きさの鞄。空間が余り収納物が泳いでいる。鞄は使い分けない主義らしい。

内容は、スマートフォン、墨色の三つ折り財布、ワイヤレスイヤホン、キーケース、モバイルバッテリー、ペットボトル飲料。
……そして、紅玉の耳飾りが一つ、無造作に鞄の中に転がっていた。暗い鞄の底で、赤い宝石は鮮やかに輝いていた。

「……これは、どういうことだ?」
間宮がそっと拾い上げる。燭台の光を受けた紅玉は、深紅の炎のように揺れた。

「これ、お前のでは、ないよな?」
間宮が凄む。一斉に視線が荻原貴司に向く。揺れる、疑惑と警戒の色。

「なあ春一、あのイヤリングって、確か……」
あれは朝比奈瑤子の耳元にあったもの。でも、女性の装飾品にはあまり自信がないらしい弟に尋ねられた。即座に明瞭な答えを返す。
「典彦。あれは間違いなく、初めて会ったとき、朝比奈瑤子さんが身につけていたイヤリングだよ。形状からみて左耳のもの」

鞄の中身が広げられた円卓の前で狼狽える荻原貴司に向かい、榊原がぽつりと呟いた。
「じゃあ、どうしてお前が持ってるんだよ」

宇田川が冷たく言い放った。
「まさか、朝比奈さんの遺品を?」

疑いの視線を一心に集めた彼は、唇を戦慄かせ、血の気を失った顔で立ち尽くす。
「違うっ……俺じゃない! 誰かが、入れたんだ!」

紅玉を見つめていた羽賀が、息を呑む。
「おい……その大粒のルビーのイヤリング。それ、Kallistaの限定モデルだぞ。 百貨店で即完売だったやつ。売れば、片方だけでも50万はくだらない……」

美緒の声が低く響いた。彼女は、荻原貴司に冷ややかな視線を向けている。
「そのイヤリング、あの夜、朝比奈さんの耳には……ついていなかったわ」

彼女は、朝比奈瑤子の亡骸のある部屋に足を踏み入れた一人だった。俺たちが2度目に部屋に入ったとき、続いて入室した彼女に後ろから声を掛けられた。

「いや……違う……俺は、本当に知らないんだ……!」
その声は震え、追い詰められていく。

だがそこで、羽賀がぽつりと呟く。
「でもまあ、ちょっと出来すぎじゃないか?……自分のカバンに証拠を入れといて探偵に素直に渡す犯人なんて、今まで見たことないぜ」

「では、あるいは、誰かが入れた、と。彼に罪を被せるために?」
美緒が、低く呟いた。

一瞬で、場が凍りつく。





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桜子 いつもありがとうございます。読んでいただけて、とても嬉しいです。