創作大賞2025参加 : 神の器 特別編 「幻燈の館」エンディング 旧梨木邸連続殺人事件
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【登場人物】
間宮 真(32)
本作の探偵。超常現象と殺人事件が重なる、封鎖された洋館という極限の現場を元刑事として仕切り、職業探偵を全うした。
エンディング 旧梨木邸連続殺人事件
「動機を探る者は探偵たり得る。だが、沈黙を問う者こそ名探偵だ。」
「名探偵」は、正しく問わねばならない。
資格ある者ならば、容易に真実へと辿り着けた。
たった一言、問いかければよかった。
秘密は、閉ざされていなかった。
ただ、誰も開こうとはしなかった。……それだけのこと。
◆
「まずは水を飲んで、座って。話は順番に聞くから大丈夫」
午後2時40分。
都内の山奥、外界と遮断されていた洋館に、山岳救助隊の一団が到着した。
無線の音とともに、除風室へと続くエントランスホールの重い扉が開かれる。事件の舞台となった非日常の空間に、「公権力」が足を踏み入れた瞬間だった。
雪野志桜里が梨木楓の供養を終えたあと。
間宮は午前9時30分に、通報できたこと、数時間後には山岳救助隊が到着する見込みであることを告げた。
その後、数人が、玄関近くの窓際に自主的に待機することになった。
疲弊した男が5人、エントランスにあった椅子を玄関や窓の近くに動かし、それぞれの思いを抱えたまま黙って座っていた。
間宮は、全員に聞き取りをしたのち、2時間ほど書斎に籠って事件の経緯を纏め、それからエントランスでの待機に合流した。
精神的に不安定な真崎美緒と、その世話をする3人は、今もサロンで休んでいる。
土砂崩れによって車両通行は不可能なまま、ぬかるんだ道なき道を5時間近くも歩いたのだ。エントランスに入ってきた警察官たちは、見るからに消耗していた。
警察官は、疲労を滲ませながらも職務に忠実に、メモ帳を開いたまま訊ねる。
「状況整理のため、ここで少しお話を伺わせてください。名前と、ここにいる理由、そして昨晩から今朝にかけての行動を、簡潔にお願いします」
間を置かず、もう一人の救助隊員がやや柔らかく声をかけた。
「いまは任意の協力です。大丈夫、急ぎません。順番にお願いします」
その言葉に、間宮が一歩前に出た。
「悪いが、殺人2件を自供している真崎美緒の精神状態が不安定だ。今は、あちらのサロンで数人と一緒に休ませている。そちらの連中には十分な配慮を頼みたい」
その口調には、押しつけがましさはなかった。ただ、現場に居合わせ、全てを目にしてきた者だけが持つ静かな重みが宿っていた。
そして差し出したのは、A4サイズの用紙10枚に渡って、書き記した事件の概要だった。彼が書斎に籠り、休むことなく纏めた記録だ。
「全員分の名前、生年月日、住所、勤め先、それから発見時の遺体の様子、真崎美緒の自供内容、今回の事件の概要については、これに簡単に纏めてある」
警察官は紙束を一瞥するも、やや困惑した表情を見せた。
「あなたは?」
間宮は淡々と自分の所属と経歴、そして渡した書類と照合できるように、それぞれの名前を告げた。
「間宮真。天城探偵事務所の調査員だ。3年前まで警視庁刑事部捜査第一課強行犯係にいた。こいつらは、右から神依典彦、宇田川昇、山路靖、羽賀宗佑。サロンにいるのは真崎美緒のほか、榊原正嗣、雪野志桜里、神依春一」
名を告げられた警察官が頷き、周囲の面々にも視線を送った。その後、受け取った紙束をぱらぱらと捲り、非常に悩まし気な表情をした。
情報量が多すぎる、という心の声が聞こえてきそうな顔だった。
間宮はそれを見逃さず、さらに一言、釘を刺すように口を開いた。
「今、強引に聴取すれば下山が困難になりかねない。そこにない情報が今すぐ必要なら、俺たちに訊いてくれ。……サロンの連中にはくれぐれも、威圧的な尋問は避けてほしい。あれ以上は、保たない」
一瞬、全員の息が止まった。窓越しに見える斜面には、まだ混乱を引きずった土の跡が残り、空気は湿気と緊張で濁っている。
「俺たちも含め、昨日の午後から全員がそれぞれ板チョコ1枚と、個々の水筒にあった水しか口にしていない。サロンの連中4人は、まずケアを優先してほしい。特に真崎美緒には、軽い脱水症状がみられた」
警察官は肯き、言葉を選びながら応じた。
「わかりました、ではサロンの方には今は救助隊員のみ接触し、事情聴取は後に。……では皆さんから個別にお話をさせていただきますが…」
警察官の判断を聞いた救助隊員が、その背後で肯き、サロンへと向かう。
その背中越しに、残された数人が揃って目を伏せる。誰もが、言い出せない疲労と安堵の狭間にいるようだった。
「あちらのリビングには、3つの円卓と2つのソファがある。待機場所として使っていたから既に全員の指紋と足跡だらけだ。個別聴取するならそこが便利だと思う」
その声音には、疲弊した者に対する深い配慮と、警察という職業への理解がにじんでいた。
「水食糧などはサロンの女性2人と春一くん、そこの50代2人に優先して配布を」
間宮の言葉に、救助隊員の肩がわずかに緩んだ。警察官はペンを止め、深く頷く。
「了解です。では、簡単な聴取が終わりましたら、搬送の準備が整い次第、順に下山していただきます。状況に応じて、警察署または医療機関に移動となります。全員の正式な事情聴取はそのあとに行いますから」
◆
相手は、脱水傾向の容疑者と、孤立した館で、遺体と一緒に過ごした30歳以下の3人。扉を開ける前に深呼吸。ケア優先、絶対に威圧的にならないように接触。胸の内で繰り返しながら、先ほど聞いた間宮の言葉を再度反芻する。
ふと、奇妙な疑問が一つ浮かんだ。
なんで全員、板チョコ1枚食べてんだろう。
「失礼しますね。大丈夫ですか?救助隊員の中野と申します。体調のほう確認させて……」
救助隊員は、中の人間を怯えさせないようにと丁寧に声掛けしながら、間宮に示された重厚な扉を押し開ける。そして、そこで目に飛び込んできた様子に絶句した。
ピアノ横のソファに座る20代後半の女性2人。その横のピアノ椅子には現実感のない異次元の美貌の青年が腰を下ろし、ソファの足元には30歳前後の朴訥とした印象の男性が胡坐をかいて座り込んでいる。
エントランスの男性たちとは、打って変わって、明らかにリラックスした様子、のんびりとした雰囲気だ。
「あ、はい。よろしくお願いします」
慌てて口の中の何かを飲み込んだ、朴訥とした男性(間宮から見せられた資料によるとおそらく榊原正嗣)が答えた。
残りの3人は、困った顔をしながら、もぐもぐと口の中のものを咀嚼しており無言である。
ソファに座る女性の一人の膝の上には、キャンディ包みにされたお菓子らしきものが入った瓶。室内には僅かに、独特の甘い香りが漂っている。キャラメルである。
「わあ、お腹空いてたんです。ありがとうございます。あ、わたし、占い師を生業にしております、雪野志桜里と申します」
間宮の情報との温度差に困惑しつつ、遭難者への決まり文句を口にした隊員たちに向かい、にこにこ笑って、差し出されたカロリーメイトを受け取る女性。
では、もう一人の、大人しそうな女性が計画殺人2件を行ったという真崎美緒だろうか。
雪野の名乗りを聞いた榊原が、慌てて自己紹介を始めた。
「あ、えっと、おれは榊原正嗣です。30歳。翠嶺建設の現場監督してます。あ、ここの封鎖工作したのおれです。間宮さんから聞いてますか?」
初耳だ。ケア優先とのことで事件関連の紙には目を通していない。
「真崎美緒。彼を騙して工作させて、2件の殺人をやったわ」
雪野に半分渡されたカロリーメイトの袋を開けながら、さらりと告白する真崎。
口の中のキャラメルを咀嚼し終えたらしい美々しい青年が首を傾げながら告げる。
「こんにちは。神依春一です」
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