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『神の器 幻燈の館』後日談5「ミカワ・ディアデムSGアヴァンセ車内」

後日談5 間宮真 ミカワ・ディアデムSGアヴァンセ車内 


あの地獄のような2日間を終え、警察の事情聴取も終えた。
その翌日、代崎の心的外傷の対処のため、春一を、彼のアルバイト先の喫茶店に迎えに行き、天城探偵事務所に連れて行った。

理屈はわからない。ただ、代崎は回復した。不安そうな挙動は残るが、鎮静剤が必要なレベルからは確実に脱した。

家まで送るため、愛車ディアデムの助手席に乗せた春一に呼びかけられたとき、自身の眉がぴくりと動いたことを自覚する。

「真さん」

は?シートベルトを着用する手を止め聞き返す。
「……今、なんて呼んだ?」

「え?真さん。だめですか?」
運転席に座ったタイミングで、幸いだった。
俺の動揺は明らかだと思われるが、無垢な瞳で見つめ返される。

しばらく沈黙し、見つめ合う。相変わらず、クラリティの高い多色性の宝石を、計算しつくしてカッティングしたような双眸だ。

「……だめ、ではないが、」
ダメではないが、唐突である。俺の困惑を余所に、名称変更の正式な了承を得たと解したようで、機嫌よく満足気だ。

俺は視線を外し、溜息を吐いた。
春一はそのまま、嬉しそうに微笑んでいる。


その顔に、ゆったりと微笑んだ春一が板チョコを一枚、俺の掌に置いた瞬間を思い出す。

「はい、どうぞ。……?頭を使うと、糖分が減るでしょう?」

呆気にとられ、沈黙した俺に不思議そうな顔をして、なにやら納得したように、優しく説明された。促されるままにそれを受け取った。

「……悪いな」
声は低く、わずかに掠れていただろう。

救助が望めるまで、いつまでかかるかわからない。
殺人犯がいるかもしれない。
その状況で、全員に見返りなく食料を差し出せる人間が、この世にどれだけいるだろう。

集団ヒステリーが起きてもおかしくない。
そんなことを一人で危惧していた俺が馬鹿みたいだと思った。

……全員が、等しく無償の善意を受け取った。
それがあの場での建設的な話し合いを可能にした。

空腹状態での見返りのない食料の配布。
それは単純な自己犠牲ではない。
まず、自ら差し出すことで、全員の道徳的基準の引き上げる行動だった。

そして、閉鎖環境における俺の統制権力の強化。

それが全員の生存率をあげ、場を安定させると予測した。理性的判断に裏打ちされた、気高く強い、より高次元な利他行動。

高い知性と深い慈愛。
彼自身が極限のなかで最善を模索し、選び取った優しさだった。

俺の横に座っていた彼の瞳に晒されて、利己的な意見など誰が言えるものか。


目が合えば嬉しそうにする春一。ハンドルを握りながら、俺は、俺の犯した罪を贖う方法は、存在しないことを心に刻む。

春一は、代崎とは違う。あの夜、俺は間違えた。
あの館に到着した瞬間に、代崎は倒れた。

目覚めた代崎が、あの館に春一を連れて行ったことを聞いた瞬間、俺に向けた表情。あれは憎悪だ。 

あの館で、春一は無事だったわけじゃない。
嵐は止まなかった。荻原貴司の遺体が発見されるその時まで。


大丈夫か?
……それは彼への暴力になる。極端に抑制された人間には、YES以外の選択肢はない。

なぜ何も言わなかったのか?
……当然だ。俺は、彼の覚悟と慈愛に甘えるだけで、話しても受け止めてくれる、そんな安心と期待を抱ける振る舞いをしなかった。

一人で抱え込まなくていい、という安心。弱さを晒しても失望も拒絶もされない、という期待。春一はあの夜、行動でも言葉でも、俺にそれを与えてくれたのに。

……俺は、彼の慈悲に縋るばかりで、本来、俺が真っ先に負うべき責任を果たさなかった。

自身が犯した罪と向き合え。
事実から逃げずに戦え。
二度と間違いを犯さないために。
これからの俺が、彼になにができるか、自身に何度でも問いかけろ。


「……、春一。お前が沈黙するとき、俺に何をしていてほしい?」






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桜子 いつもありがとうございます。読んでいただけて、とても嬉しいです。