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創作大賞2025参加 : 神の器 特別編 「幻燈の館」【第13話/後編】「”Murder is Easy”」

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【登場人物】
間宮 真 (32)|職業探偵。沈着冷静な元刑事。
神依 典彦(25)|語り手。Wワトソンの片割れ。
神依 春一(26)|典彦の兄。神々しい美貌と異能の青年。
真崎美緒(27)|第13話前編、荻原貴司の殺害を自白。
荻原貴司(35)|第10話、踊り場にて遺体で発見される。
梨木楓(享年5)|15年前の『檜森町令嬢殺人事件』被害者。




【第13話/後編】”Murder is Easy”(典彦視点)


「理性による真の殺意には、常に一理がある」


3時13分の記憶


朝比奈同様、荻原を殺したのも、彼女ではないかと、どこかで予測していたのだろう。間宮が冷静に尋ねる。
「なぜ殺した?」

目を伏せ、一瞬だけ感情を飲み込むようにしてから、真崎は静かに語り始めた。

「訊きたい?ええ、答えるわ。あれはね、死んで当然の男だった。15年前、あの男は私の妹を殺したの」

声は低く、抑制が効いていた。真正面を見据える視線が鋭く、ひとつの問いすら挟めない。真崎は、感情の波を必死に抑え込もうとしているようだった。だが、それでも言葉は止まらなかった。

「あなたたちも視たでしょう。妹の最期がどれだけ凄惨なものだったか。妹はたった5歳だったのよ。あんな真似ができるなんて、人間じゃないわ」

「……まさか、荻原が……」
羽賀が思わず呟いた。

真崎は頷くでも否定するでもなく、静かに続けた。

「あの男、荻原貴司。あれ、私と楓の再従兄なのよ。東京の大学に通うからってこの屋敷に下宿することになったらしいわ。『月光の間』、あの男が下宿してた部屋よ」

真崎はそこまで言うと、再び目を伏せ、唇をわずかに引き結び、一度だけ深く息を吸った。『月光の間』その言葉に、宇田川が目を見開くのが横目に見えた。

「あの男が、楓を見る目、可笑しいこと気づいていたのに」
自分を呪う、自責の混じる低音。真崎は言葉を噛み締めながら語る。

「……気づいていた、って。なら」
その信じがたい言葉に俺は思わず声を上げた。

「ええ、そうね。怖かった。意味が分からなかった。だから見て見ぬふりをしてた。それがどれほど愚かなことか、あのときの私は分かっていなかったのよ」
その表情には、怒りではなく、ただ苦しみだけが滲んでいた。

「あの日は、私のピアノのコンクールだったの。楓はまだ小さいから、お留守番って。そういってあの日、楓を家に置いておくことを決めた母は、精神を病んで、丁度1年後に自殺したわ」
淡々と語られるその経緯に、聞いていた者たちは息を詰めた。どこにも涙はない。ただ、呑み込んでもなお消えない痛みが言葉に染み込んでいた。

「……そう、でしたね……」
榊原が絞るような声で言った。

「雪野さん、宇田川さん、ごめんなさいね。『真珠の間』の扉の鍵穴、私が壊したの。『月光の間』に宇田川さんがいたら、あの男、呼び出せないから」
一瞬、穏やかな口調になり、雪野と宇田川への向けて上品に謝罪の言葉を伝えた。

「まさか、あのイヤリング……」
脳裏に昨日の記憶が流れた。そうだ、あの秘書室に入ったのは、俺たちと、真崎と榊原だけ。そしてあのとき最後に部屋を出たのは遺体とバッグの側にいた真崎だ。

「そう。昨日、秘書室であの女の鞄が無造作に開いていてイヤリングが見えた。それで、思ったの。今夜休むってなったとき、この天候で様子を外に見に行くほど責任感の強い宇田川さんならってどうするかなって。窃盗か殺人かを疑うような相手と、自分が同室になるんじゃないかと思った。実際、そうなった。オーナーの宇田川さんなら鍵穴の不具合だ、とでもいえば先に部屋から連れ出しても不自然じゃない」

一転、言葉に冷たい棘が戻る。ふっと口元が動いた。それは笑みに似ていたが、冷たく乾ききっていた。
「女は皆、自分の下にあると思い込んでるの。ずっと昔から。エントランスに忘れ物をした、一人では怖いからついてきてって言ったら。嗤いながら、いいよ同行してあげるって言われたわ」

誰もが黙り込んでいた。真崎の声に誰一人割って入れない。

「だからね、突き落とす前に教えてあげた。私、楓の姉の美緒よって。そうしたら顔色が真っ白になって後退って。そのうえ、自分から足を踏み外して落ちたの、あの瞬間の顔。たぶん、一生忘れないわ」

声色だけは冷静で平坦だった。だが深く低く、ゆっくりと苛烈な呪詛を吐き出した。

「ああそうだ、時計。それはね、死体の腕から時計を外して、文字盤の針を3時13分に合わせてから壊したの。それから付け直した」

「アリバイ工作、ですか?」
雪野が、少しかすれた声で問いかけた。

「違う。そんな行為になんの意味があるの。3時13分。私が、15年前にあの部屋で、由紀さんと一緒に妹の遺体を見つけた時間よ」

由紀さん、その名前が真崎の口から出た瞬間、榊原の喉から、ひゅっと息を飲んだ音が聞こえた。

「レンチだったかしら……名前までは知らないけど。工具箱にあったの。銀色で重たくて、時計のガラスを壊すには丁度よさそうだったから」

真崎の声には、ただひたすら凍てついた静けさが宿っていた。

「……いまでも夢に見るの。楓の手。冷たかった。柔らかかった。でも、もう戻ってこない。あの瞬間、時間が止まったのよ。だから、あの男の時計も、止めておいたの」

誰もが言葉を失っていた。真崎が語るたびに、室内の空気が一段ずつ重くなる。その中で、真崎だけが、まるで過去に戻ったように静かに語る。

「水筒に入れたもう一つの薬はね、トラマドールっていうの。手術後に処方された薬。全部、飲まずにとっておいたの。その時は、ただ母のことを思い出しただけだった」
真崎の声は、遠くを見つめるような、過去を掘り起こすような響きだった。

昨夜盗み聞いてしまった真崎の話が蘇り、俺は一瞬息が詰まった。
自殺企図。そんな言葉が頭をよぎる。14年前、処方薬を溜めこんでアルコールと併用して行われた母親の服毒自殺。

そして、1年前の流産と破局。あのときはわからなかった。結婚を反対された理由は孤児だから、だけじゃない。おそらく相手の両親は、真崎の過去を、『檜森町令嬢殺人事件』のこと、あるいは母親の自殺を知って反対したんだ。

「朝比奈瑤子、彼女ね、父の私設秘書だったの。それを理由に、この屋敷にも我が物顔で出入りしてた。父の愛人だったのよ。彼女、自分で母に自慢げに語ってた」
声に鋭さが戻る。真崎は背筋を正し、顔を正面に向け、重く、冷ややかに言葉を継いだ。

「あの女はね、あの日、この屋敷にいたのよ。あの子が殺された子供部屋の隣室の、主寝室にいたの。楓が殺されるまでずっと、楓の悲鳴を聞いてたのよ。本人が私に語ったの。母の葬儀で、勝ち誇るみたいに」

真崎は、毅然と顔を上げ、目の奥に燃えるような光を宿しながらも、取り乱すことなく平静に語り続けた。

「そんな……あの女が……」
山路が呻いた。そうだな、その証言があれば、南雲由紀を容疑者にする必要などなかっただろう。

「彼女、メディアにも露出してたから。そこで高価な愛用品を、嬉々として披露してた。だからあの水筒を用意するのなんて、造作もなかった」
穏やか、だが決して優しくはない声音。

「彼女、昔からコーヒー中毒だった。この家でもよく飲んでたわ。けど、どれだけ取り乱したって、あんな高価な鞄を置き去りにはしない。1千万くらいするんでしょう、アレ。馬鹿みたいよね」
朝比奈瑤子の傲慢さを嗤い、冷ややかに言い放つ。そこには怒りすら越えた、徹底した軽蔑がにじんでいた。

「笑えるでしょう。誰も、私が〝あの美緒〟だとは気づかなかった。あれほど私の家で好き勝手していたくせに。あの女も、あの男も」

そして、真崎は口を閉ざした。長く封じていた何かを、ようやく吐き出したように。息を飲んだまま、誰も動けない。俺自身、言葉が出なかった。空気が重く、肺の奥にまで沈んでいくようだった。



15年目の殺意


真崎が、ゆっくりと顔を上げた。目は赤く潤んでいたが、涙ではなかった。怒りとも違う、諦念とも違う。ただ、凪のような静けさのなかに、焼き付くような確信だけがあった。

「正義なんてどこにもなかった」

淡々とした口調だった。けれど、その一言には、世界そのものを否定するだけの重さがあった。
「法律も警察も社会も、私も妹も母も守ってはくれなかった」

彼女は少し笑った。乾いた、感情のない笑いだった。

「12歳でショック状態だから? 証言に信憑性がない? 早急な幕引きのために証言を黙殺して、隠蔽して、適当な警察発表」

誰かが固唾を呑む音が、妙に大きく聞こえた。

「その結果何があったか、あなたたちは知っているはず」

「母は精神を病んで自殺したわ。そして、私と一緒に第一発見者になったメイドも自殺したのよ。容疑者として連行されて、苛烈な取り調べを受けて。釈放されても顔も名前も晒されて」
それは怒りではない。事実を並べる冷ややかな強度だった。

「死は不可逆だからだめ?……あの男が法的に裁かれなかった、それも不可逆だった。違う?」
沈黙が重くのしかかる。間宮は何も言わず、真崎を見つめ続けた。だが、彼女は視線を返さなかった。

「どちらが先に秩序を踏みにじったの?」
真崎の睫が震えた。拳が、血の気を失うほど白く握り締められる。

「資格がある者たちは、裁かなかった。では、私が裁いたことは、そんなに罪深いの?」
口元にはかすかな笑みすら浮かべていた。だが、それは皮肉でも開き直りでもない。凍てつくような自嘲だ。

「そうね。私には殺す以外の選択肢を用意できなかった。そのことへの罰は受けるわ。喜んでね。私はあの男とは違うもの。でも、あの男を殺したことを罪だとは決して思わない」
ただ、彼女の語る真実が、空間の隅々にまで染み渡っていった。

人を殺した者は等しく罰を受けるべきである。真崎の主張するそれは、対称性という意味では、完成された殺意の論理だった。

「君の妹は、君に復讐を望むと本当に思っているのか」

「妹は望まない?…本当に?…私にはわからない。なのに、あなたにどうしてわかるの?なあに、殺された経験でもおあり?」
その言葉は、空気を切り裂く刃だった。

「彼にも、家族がいた。職場の同僚も、子どもたちも、彼を信じていた人々がいた。彼らにとって、君は加害者だ。君はその人たちの未来から、大切な人を奪った」

彼女はゆっくりと身を乗り出し、まっすぐに間宮を見つめた。
「あの男を大切に思う人間?それを私が何故、考慮しなければならないの?あの男はそれをしなかったのに?」
語気が強くなる。だが、それは激情ではなかった。理性のもとで繰り返された、15年の蓄積の音だった。

「もし君の行為を正当化するなら、同じように〝裁かれなかった加害者〟を、誰かがまた、私刑で殺すことも正しいということになる。暴力の連鎖は、君の中で終わったように見えて、他者の中で再び始まる」

俺は、それは少し違うんじゃないかと思った。
真崎が起こしたこの事件が、仮に『復讐殺人を容認する思想』の土壌を生んだとしても、思想は自由だ。それは憲法が保障している。

そしてその思想が、仮に犯行のハードルを引き下げる結果を齎したとしても、トリガーを引くのは本人であって真崎ではない。その責任まで真崎が負うべきというのは暴論だ。

「個人に、他者を裁く資格はない。たとえ相手が殺人鬼でも」
間宮の正論は、どこまでも響かない。

「私に他者を裁く資格がない?ねえ、資格を問うなら、資格を持っていた者たちは、なにをしたの?」
真崎の口から、低く、乾いた笑いが漏れた。
その瞳に、今度ははっきりと憎悪が宿っていた。

「あんな奴らがこの15年、何もなかったように暮らしてたと思うと吐き気がする」
言葉の奥に、悔しさと絶望が滲んでいた。

「あいつらだけは、何があっても地獄に落ちてほしかった」
言葉を区切り、真崎はふっと目を閉じる。

「死者はもう誰も殺せない。死ねば誰も傷つけられない。私が奪ったのは命ではないの。あの男の“未来”よ」
真崎の声が震えていたのは怒りではなく、覚悟のせいだった。

「あの男の職場を見に行ったわ。あの目。子供たちを見ていた目が、昔、妹を見ていた目と一緒だった。……あの男、今、学童保育指導員なんてやってるのよ。ぞっとしたわ。子供相手の犯罪の再犯率、性犯罪の再犯率、あなただって知っているわよね?」
真崎は小さく息を吐いた。

「……あの男は反省なんて欠片もしていなかった。生きていればあの男は、きっとまた誰かを殺す。死者は、もう誰も傷つけられない。そうでしょう?」
言葉に一切の迷いはなかった。

「あの男の未来、〝もしかしたらまた殺すかもしれない〟、その可能性すべてを永遠に奪えるなら、私の未来、そのすべてをかける価値がある」

眉を顰めた間宮が苛立たしげに言葉を紡ぐ。
「正義の名を借りて私刑を行うな」

「私の行いは正義はではない。当然ね。15年前の警察やメディアがそうだったようにね」
声は低く、そして確信に満ちていた。

「君は、その行為が〝正義ではない〟と、そう理解した上で、それでもなお、あの男を裁いたのか?」

「そうよ?……だって私にはなにもない。だから弁護も必要ない。殺人を犯した罰なら喜んで受ける。でも、あの男を殺したことは決して後悔しない。それだけ」
そして微笑した。それは安堵か、諦めか、誰にも判断できない表情だった。

「なあに?暴力で終わらせることは、負の連鎖を生む?これから私は無期懲役か死刑よ。それでおしまい。連鎖なんてしないじゃない」
彼女は少し笑った。乾いた、感情のない笑いだった。

「君自身はどうなるんだ」

そして真崎は、間宮を真っ直ぐに見つめて、言い放った。
「計画的に2人殺した人間に未来なんてないでしょ。綺麗事が大好きなのね」

その言葉を聞いた瞬間、俺は堪りかねて口を出した。
「なあ、あんたが復讐で人を殺すことで、今後の犯罪被害者遺族が、私刑を行う犯罪者予備軍扱いされかねない。そのことは考えたのか?」

真崎が微かに眉を動かした。その反応が、どこか鈍く見えたのは、彼女にとって予想外の角度からの一撃だったからだろう。

「復讐の是非じゃない。あんたが未来を捨てたせいで、ほかの被害者遺族の未来まで疑われる可能性がないと、あんた自身は思えるのか」 

彼女は何も言わなかった。だが、瞳が揺れていた。はじめて、理性に亀裂が入ったように見えた。

「……司法も、報道も、社会も、いつだって〝声が小さいほう〟を黙らせる。その現実を誰より知ってるはずだろう」

「被害者遺族として徹底的に苦しんできたあんたが、それをやった。それを理解しているか」


……それは、あんたが捨てた未来ひとつで、本当に贖えるのか?

その言葉に、真崎の表情が凍り付いた。







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桜子 いつもありがとうございます。読んでいただけて、とても嬉しいです。