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創作大賞2025参加 : 神の器 特別編 「幻燈の館」【第4話/前編】「物言わぬ傍聴人」

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【登場人物】

間宮 真(32)
職業探偵。3年前まで警視庁刑事部捜査一課に所属。

神依 春一(26)
博覧強記な語り手。神々しい美貌と異能の持ち主。

神依 典彦(25)
春一の弟。春一を護ることを己の使命だと確信している。

朝比奈 瑤子(40)
全身ハイブランドのCEO。第3話、狂乱し籠城。


【前回のあらすじ】

洋館を訪れた典彦ら一行。見学中に超常現象「幻燈」が突如発生。窓辺に映し出された幼い姉妹の長閑な幻燈に、朝比奈瑤子が過剰な反応を見せ、猛然と逃げ出し館の一室で閉じ籠る。参加者たちは急な豪雨に嫌な予感に襲われる。


【第4話/前編】物言わぬ傍聴人(春一視点)


「声を失った者の沈黙が、もっとも雄弁な証言となる。」


白蝶貝の珠


惨劇の幕が上がった。
朝比奈瑤子の亡骸が発見されたのだ。

見つけたときには、朝比奈瑤子はすでに硬直していた。表情は穏やかにも見えるが、眼瞼は半開き、口唇は微かに開いた状態だった。

長椅子に座ったままだが、指先は不自然に屈曲し、左手は胸元を掻くような位置で硬直していた。
その姿勢は、呼吸が浅くなる中での無意識に胸を掻くような動き、死の直前に呼吸への苦しみがあったことを示唆していた。

堅牢なオーク材の扉は内側から施錠され、硝子窓もすべて閉ざされていた。換気口には金網が嵌められ、バールのようなものでも使わねば破れぬほどの厳重さ。

この部屋は、誰の出入りも許さぬ完全な密室だった。

「トリアゾラム……。いわゆるハルシオン。一般的な睡眠薬だな」

絨毯の上、脚元に転がっていた琥珀色の小瓶に目を留め、間宮が低く呟いた。間宮が手袋越しに慎重に拾い上げた瓶のラベルには〝Triazolam 0.25mg/tab〟の記載。内容物は空で、蓋は外れたままだ。

「トリアゾラム単体で命に関わるような呼吸困難はまず起きない、と聞いたことがあるが……。いや、呼吸を浅くする可能性はある」

ベンゾジアゼピン系の睡眠薬を過剰摂取。単体での致死は非常に稀な事例だ。呼吸抑制を引き起こす可能性も極めて低い。

「用量としても致死域に達することは無いはず……。だが、致死量には届かなくても、持病やアルコール、併用薬次第では十分に危険だ。この女、幻燈のショックで間違って過剰摂取でもしたのか?とはいえ、あの様子じゃあ、服毒自殺の可能性もあるな……」

元刑事の間宮は、現時点でのあらゆる可能性を口にする。だが間宮にも、まだ判断はできないらしい。

間宮が常に衛生手袋を携行しているのは、職業探偵の嗜みか、それとも元刑事としての習癖なのだろうか。憲法染のダレスバッグから当然の如く取り出された。

……この死は、誰もが薄々感じ取っていた“何か”が、ついに形をとって現れた瞬間だった。いまこの時、この館に“異常”が棲んでいることを、皆が現実として理解した。

物言いたげにこちらを見てきた間宮を、無言で見つめ返す。

俺の隣で、典彦は黙っている。その表情はひどく硬い。今は事態を見守るしかない。そして何より、俺を今すぐこの場から遠ざけたい、そう考えているようだった。

俺がこの亡骸を〝視て〟傷つくことを警戒している。




彼女の死は、決して唐突なものではなかった。
いくつもの兆しが、確かに存在していたのだ。

午後四時、日は暮れかけ、板硝子の外には不安定な天候が広がり続ける。そして嵐がますます酷くなってきた。雷鳴が館を揺らすように鳴り響く。

朝比奈瑤子が閉じ籠っていると思われる部屋の扉に向かって、皆が何度か声をかけたものの、中から返事はなかった。

貝殻の浮き彫り意匠が施された、オーク材の堅牢な扉。
その沈黙に、誰もが気を揉みながらも、やがて「今はそっとしておこう」という空気が場を支配した。


朝比奈瑤子を除く参加者たちは宇田川の案内に従って、館の見学へと戻り、壮麗な館内を、再び巡ることとなった。

宇田川は、参加者たちを導きながら、グランドホールの右手に構えられた格調高い観音扉へと歩み寄った。あの時、朝比奈瑤子が駆け込んだ部屋だ。
「こちらがダイニングルームです」

時代を超えた証人のごとき風雅な扉を無造作に押し開ける姿からは、この館への敬意が微塵も感じられない。

雅趣な洋灯。天井より垂れる硝子の雫が連なる絢爛たる飾り電灯。夕闇の薄明かりが差し込む広い硝子窓。深みのある木張りの床。

壁に掛けられた絵画は、貝殻や水草を模した古風な意匠の額縁に包まれ、錆と埃に覆われながらも、かつての優々たる物語を閉じ込めていた。

「こういった洋館のダイニングルームは、かつては貴族たちが食事を楽しむ場として、使用されていた部屋なんですよ」
宇田川は大袈裟に手を振りながら説明を続ける。

「ここでも多くの社交が行われ、いくつものパーティが催されたことでしょう」
彼は次々と言葉を並べる。宇田川の声だけがやけに大きく響いていた。

説明を聞いていた参加者の一人、榊原がふらふらと部屋の中央へ出て、華やかな長卓を撫でた。
「へぇ、そういうの想像すると、ちょっと面白いですね」

彼がどこまで意図しているかはわからない。でも、かつてこの部屋で紡がれていた記憶に想いを馳せる言葉に、救われる思いがする。

新聞記者と名乗った羽賀は、苦笑交じりに宇田川の説明に突っ込む。
「そういうもんかね。こういう広い部屋、オレは全く落ち着かねぇよ。こんなとこでメシ食うのか?広すぎだろ。お貴族さまとは考えが合わねぇな」
羽賀の言葉に、何人かが小さく笑った。

「そうか?チェンバロの音色が似合いそうな部屋、って感じだろ」
言葉に含まれた知識の匂い。教養を感じさせる一言は、冷静かつ論理的な印象を与える男である間宮だ。
ほかの参加者たちの意外そうな表情に、しまったという顔をする。周囲の視線に気づいた間宮は、すぐに口元を引き結んだ。

「育ちって結構、出ますよね」
水を差すように、薄く笑って言ったのは荻原貴司だ。
羽賀は一瞬黙りこみ、ちらりと視線を向けたが、それ以上は言わなかった。

山路が腕を組み、やや見下ろすように言った。
「ふむ、基本は押さえてあるな。こういう格式ある空間は、何度も見てきたからね」
自慢げな口ぶりが鼻についたのだろう、羽賀は半笑いで流し、間宮は露骨に胡乱な顔をした。

志桜里は男たちの会話をよそに、壁の絵に目を留めた。
「素敵な絵。これを選んだ方は、ここの娘さんね。お父さまがお好きだったイギリスの田園風景。このお屋敷にぴったりだわ」

壁の絵を褒めた志桜里の視線を追い、荻原貴司はチラリと絵を眺め、すぐに興味を失ったように肩をすくめた。
「へぇ、わかる人はいいですね」
笑みを浮かべてはいたが、声に滲む棘は隠せない。

志桜里は笑顔のまま、やんわりと返す。
「感性はそれぞれですもの」
空気がわずかに冷えた。間宮が咳払いし、羽賀が荻原貴司を一瞥する。

典彦は皆の会話から半歩引いた位置に立っていた。彼は建築にも芸術にも興味がない。俺の横顔を眺めながら、宇田川の語る台詞も、参加者たちの感想も、等しく聞き流している。

この空間は、年月を重ね、寂れながらも、どこか清雅な趣があった。

艶を帯びた深い赤褐色の長卓が部屋の中央にゆったりと据えられ、参加者たちはその周りを取り巻くように立ち、部屋を見渡している。

「このダイニングテーブル。これもまた、時の流れの中で残されたひとつの美ですね。この美しい部屋に相応しい一品ですよ」
ひときわ雅やかなマホガニーの長卓へと向けられる参加者たちの視線に気づいた宇田川は、そんな一言を添えた。

彼の言葉に、ふと反応したのは、俺たちを除けば最年少と思われる参加者、美緒だった。
「本当に、美しい部屋です」
と静かに告げる。その声は、俺にはひどく寂しげに聴こえた。そこには喪われたものを思い出す響きがあった。

宇田川は、彼女の言葉をそうでしょうと頷くだけで聞き流し、その響きを気にも留めずに部屋の隅にある装飾の話を始めた。

説明が一区切りしたところで、榊原が宇田川に問いかける。
「……ところで、朝比奈さんはもう大丈夫なんですかね?もう結構時間たってますよ」

朝比奈瑤子を気にする素振りを見せるのは榊原だけだ。

「なに、女ってのは気分屋だからな。ほっときゃそのうち出てくるって」
羽賀が軽く笑いながら榊原を諫めた。

宇田川は軽く肩をすくめるようにして、次の案内へと移る準備をする。
「…まあ、のちほど様子を見て参りますよ。それでは、次の部屋へご案内いたしましょう。お次のリビングは、エントランスを経由する必要がありましてね」

そう言った宇田川は、参加者たちを促しながら先ほど通った豪奢な扉へと向かう。

リビングルームを改めて案内すると告げる宇田川に続き、参加者たちは再びグランドホールを後にする。

その瞬間、美緒の眼差しが、グランドホールの右手にある閉ざされた観音扉に向けられた。海草の浮彫細工と泡を模した白蝶貝の象嵌が施された両開き扉。その部屋の説明はまだされていない。

わずかに瞳が揺らぎ、その一瞬だけ彼女の空気が張り詰める。

宇田川も、典彦も、ほかの人々も、その視線に気づかない。何も言わずに歩みを続けた。



俺には、彼女の目を吸い寄せた談話室から、幼い軽やかな笑い声と優しい旋律が鮮やかに聴こえているのに。でもそれに反応を示す者は誰もいない。

そのまま、グランドホールを背にし、次の部屋へと案内が続けられていく。





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桜子 いつもありがとうございます。読んでいただけて、とても嬉しいです。