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創作大賞2025参加 : 神の器 特別編「幻燈の館」【第11話】「バアラトの館」

↓ 第1話はこちら


【登場人物】
間宮 真(32)
職業探偵。出会って3日目ながら神依兄弟への信頼は厚い。
神依 典彦(25)
語り手。電力会社勤務。
神依 春一(26)
典彦の兄。博覧強記で神々しい美貌と異能を持つ。

山路 靖(58)
県警本部の広報課で働いていた元警察官。
羽賀 宗佑(45)
常に取材道具一式を持ち歩く記者。
榊原 正嗣(30)
怪しさと善良さが満載の言動を取り続ける建設現場監督。
真崎 美緒(27)
第9話で、春一と互いの過去の傷を明かし合った女性。

朝比奈 瑤子(40)
第4話、密室の秘書室にて遺体で発見される。
荻原貴司(35)
第10話、階段の踊り場にて遺体で発見される。


【前回のあらすじ】

間宮は同室で休むことになった春一に、オカルト嫌悪の原因である偽りの新興宗教に狂った母親、家庭崩壊の過去を打ち明ける。翌朝5時40分、荻原貴司の遺体をエントランス階段の踊り場で発見する。その左手首にはミネラルガラスの風防が罅割れ、3時13分で止まった腕時計。昨日から降り続いていた雨が止んだ。



【第11話】バアラトの館(典彦視点)


「最良の共犯者は、自分が共犯だったことに気づかない者だ。」


咎人たちの告解


雨は完全に止んだらしく、エントランスには、東側の窓からはっきりと日の光が入るようになった。踊り場の遺体を改めて検分していた間宮の指示で、みな左階段を使用したが、館の構造上、誰もがその遺体を目にすることとなった。

遺体発見から30分。エントランスに集められた誰もが口を閉ざしたまま時間が過ぎる。あまりにも急な出来事に、何を語ればいいのかも分からなかった。

静寂と疑念だけが、ひしひしと満ちていた。
そんななかで、山路だけが異様に映った。他の全員から少し離れ、壁際に立っているが、脂っぽい額に汗が滲み、視線は定まっていない。

「……私は、この館に呼び出されたんだ」
沈黙を破ったその声は、掠れていた。山路は、ゆっくりと手をブリーフケースに伸ばし、茶封筒を取り出した。指先はかすかに震えていた。

「数日前、この手紙が届いた」
彼の視線は宙を彷徨い、誰の目も見ようとしない。声には、震えと共に何かを諦めた響きが混じっていた。

「……15年前、この館で起きた事件の真相を、知っていると」
手紙を握りしめながら話す山路は、下を向きながらキョロキョロと視線が動き、誰の目も見なかった。

「15年前。私は、あの事件の処理を命じられた。 南雲由紀は犯人ではない、それはわかっていた。だが、その時は、早く幕引きをしなければと焦っていたんだ」

南雲由紀、その名前が出た瞬間、榊原がはっきりと身を強張らせた。
続く山路の言葉を聞き、さらに強い不快感を覚えた。
「でも、都合がよかった。第一発見者で、遺体にも一番に触れて、メイドの服には少女の血液が大量に付着していた」

その保身に満ちた発言を聞いた元刑事の間宮が、苛立ちを込めて吐き捨てる。
「それが、警察官のすることか……っ」

その様子を眺めていた春一が、唐突に口を開いた。
彼の声には、人を静かに圧倒する力があった。全員の視線が自然と彼に集まり、誰もがその声に耳を傾けた。

春一は、神々しさすら感じさせる響きで、聞き覚えのない、揺るぎない誓詞じみた文言を滔々と紡ぎ出す。
「私は、日本国憲法及び法律を忠実に擁護し、命令を遵守し、警察職務に優先してその規律に従うべきことを要求する団体又は組織に加入せず、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当ることを固く誓います」

山路は、その厳然たる語り出しを聞くと、全身を硬直させ、瞬きひとつせずに聞き続けた。そして春一が口を閉じた瞬間に、その場に崩れ落ちた。

雪野が迷いなく彼のもとへ駆け寄って膝をついた。嗚咽を漏らし、肩を震わせながら項垂れる山路の背中を、そっと撫で始める。嘆息した榊原も無言でそこに近づき、ただ黙って雪野の隣に身を屈め、その仕草を引き継いだ。

重苦しい空気のなか、間宮は苛立ちを顔に滲ませ、低い声で切り出す。
「おい、事件の真相って……この館のことで、だな? あんたは一体、何を隠したんだ?」

昨夜見た幻燈が脳裏に甦り、たまらず俺も問いかける。
「なあ、そもそも、15年前にこの館で起きた事件って、なんなんだ?」

エントランスに沈黙が満ちる。
それを破ったのは羽賀だった。彼は小さく咳ばらいをし、襟元を緩めながら語り出した。口調には、どこか自嘲と諦めが混じっていた。
「実は、オレもね……2週間くらい前かな。妙な電話があったんだよ」

声は軽い調子を装っていたが、わずかに掠れていた。
「電話を取ったのは会社の別のやつだけど、オレ宛だった。匿名で、『4月22日、午後2時、旧梨木邸で、15年前の秘密を知る者たちが集います』ってな。意味は分かんなかったが……ずっと気になってたんだ、その事件。それで、ここまで足を運ぶ気になった」

羽賀は一拍置いて、唇を舐める。
語るには、あまりにも遅すぎた後悔が胸を押し上げているのが、誰の目にも明らかだった。
「15年前、オレはこの事件の取材を担当してた。正式には『檜森町令嬢殺人事件』。警察が連行した女、それが南雲由紀だった。当時、この館でメイドをしてた若い女性だよ。結局、無実だって釈放されたけどさ……」

彼は深い深い嘆息とともに、懺悔を吐き出した。
「それでも、オレはそのまま記事を書いた。いや、〝書き散らした〟ってのが正しいな。警察発表を鵜呑みにして、まともな取材もせずに。彼女を〝犯人〟として、名前も出して、顔写真まで載せた」

羽賀は視線を下に落とし、拳を震わせながら絞り出した。
「雑誌が発売されて間もなく、彼女は命を絶った。……彼女、自殺したんだ。たった26歳だったのに」

声は次第にかすれ、最後の言葉はかろうじて聞き取れるほどだった。
「昨夜の〝幻燈〟で映ったろ? 女の子に駆け寄って、エプロンで隠してやってた女性。あれが、南雲由紀だ。オレ無理矢理、直接取材もしたからな。間違いない。……あんなときにさ、真っ直ぐに駆け寄っていける、優しい女性だったんだよな」

羽賀は息を整え、さらに続けた。
「あとから聞いたが、あの取り調べ、かなり苛烈だったらしい。…あんだけ嘆くほどのお嬢ちゃんを殺したなんて疑われて連れていかれて。挙句プライバシーも何も配慮されずにさ。辛かったろうよ。心を壊れるほどに、な」

その場に流れる空気が一段と冷え込む。羽賀の告白は、自己弁護の気配を含まぬまま、場に投げ出された。


謎の脅迫状


「……ごめんなさい。もう、みていられない」
雪野が小さく震える声で呟いた。全員の視線が雪野に向かう。

彼女の言葉を聞いた俺は、心が凍りつく思いがした。なぜ今まで気が付かなかったのか。エントランス階段の踊り場には、荻原の遺体がそのまま横たわっている。……春一や雪野には、あまりにも酷な場所だった。急ぎ、間宮に提案する。
「……間宮さん。場所を移しませんか」

素早く春一と雪野に目を走らせた間宮も即座に同意した。
「……悪かった。ここにいても仕方ない。まずは場所を移そう。……そうだな、リビングに行くか。話を整理する必要もありそうだ」

踊り場を見上げるその表情には、憤りと疲労が混じっている。
その言葉に、誰も異を唱えなかった。全員が踊り場から目を背けながら、リビングへと足を進めた。



リビングには、いくつかの椅子と円いテーブルが3つ、点在するように置かれている。暖炉の前には立派なソファが置かれ、窓際には二人掛けの小ぶりなソファ。
全員が腰を落ち着けた。みな昨日と同じ席だ。
窓際のテーブルに荻原貴司がいないことを除けば。
誰の顔にも、安堵の色はなかった。

「……少し考えを纏めたいが…ここはさすがに落ち着かないな」
俺たちと中央テーブルにいる間宮がそう言うと、真崎が助言をくれた。
「では、隣の書斎がよいかと。そちらの扉の向こうにある」

間宮に目線で促され、示されたドアに向かう彼に俺と春一も続く。
風格ある木製のドアを開けると、空気は一段とひんやりとし、インクと革の微かな香りが鼻をかすめた。

まず、壁に飾られた古い地図と、艶と深みのある重厚な木材を贅沢に使った大きな机が目に入った。

山路が握りしめていた手紙と、羽賀が持ち込んでいた過去の『檜森町令嬢殺人事件』に関連する記事の数々。分析のために間宮が受け取ったそれを、順に見ていくことにした。

記事の数々に軽く目を通し、いよいよ山路が受け取ったという手紙を開く。

拝啓
時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
突然のご連絡、誠に失礼いたします。
貴方様がかつて檜森町の郊外にて関わった出来事について、今も強い関心を寄せている者がいることをご存知でしょうか。
あの日、あの場所で起きたこと。
私は、その「真実」を知っています。
貴方がそれを忘れても、決して許さぬ者がいます。
あの日の出来事には、多くの疑問と未解決の点があります。
この度、関係各位にお集まりいただき、事実確認と真相の解明を目的とした場を設けました。

つきましては、下記の日時に、旧梨木邸までお越しください。
  記
・日時:4月22日(火) 午後三時
・場所:旧梨木邸
真実と向き合うべき時が来たと、貴方だけでなく、他にも関係のあった方々、みなさまに、ご連絡しております。
ご自身の「立場」を守るためにも、どうぞお運びください。
私はあなたの真実が知りたい。
現在のオーナーの方には、貴方様が物件にご興味をお持ちだと伝えてあります。
お目にかかれるのを、心よりお待ち申し上げております。
何卒よろしくお願い申し上げます。

敬具

梨木邸の関係者より

「……で、これがその〝呼び出し状〟か?」
 間宮が盛大に眉をひそめた。

「えっと。……できるだけ丁寧なお手紙にしようという意思は、十分伝わるね」
覗き込んだ春一のオブラートで厳重に包んだ物言いを、間宮が容赦なく切り捨てる。
「文脈がめちゃくちゃだ。表記ゆれも多すぎる。気持ち悪い」

間宮の言葉はきついが、正直、俺も同感だった。
「なんというか……〝社外ビジネス文書 例文〟で、検索してコピペしながら、言いたいこと並べて、そのまま印刷して送った、って感じ、ですね」

間宮が書簡を軽く掲げてみせる。
「そもそも封筒。差出人の梨木邸関係者ってとこ、完全に手書きだろ。挙句、宛先には鉛筆で下書きした跡まで残ってるじゃねえか。……こいつ馬鹿か」

辛辣な言葉を苛々と連ねる間宮に、春一が衝撃的な事実を告げる。
「……間宮さん。この封筒、糊付けのところに指紋、ついてます」
それを聞いた間宮の表情は呆れを通り越して、どこか無力感すら漂っていた。
「勘弁してくれ。なんなんだこいつ」

沈黙を破ったのは、再び春一だった。
「でも、榊原さんの善性は、本物ですよ」

春一は、そっと机の端に指を置き、真っ直ぐに間宮を見た。
「安全を守ることへの誇りも。だからこそ今回、こんなことになってしまって。彼は、みんなが遭難するかもしれないってことを、ずっと怯えていました」

間宮は眉をひそめたまま、まるで春一の言葉を計りかねるように、「は?」とだけ返した。

春一はそれに構わず、机上の封筒に目をやった。
「この封筒の文字、榊原さんの持ってるファイルの表紙と、筆跡が同じです。比べたらわかると思います。……警察が来たら指紋の鑑定もできます」
春一の、その発言に、書斎の空気は揺らいだ。
俺も、すぐには口を開けなかった。

だが、昨夜のことを思い出した。
「間宮さん。昨夜の、あの『泡の間』の幻燈を見て……榊原さん、〝おばさん〟って言ってました」

「おば……?」
間宮がわずかに顔をしかめた。
「榊原は、自己紹介でたしか、30歳といっていたな」

目を伏せて記憶を引き出すように間を置き、ぽつりと呟く。
「なら、15年前に26歳で自殺したという、あのメイド、南雲由紀を指していると考えるのが自然だな」

その推論が静かに提示されたとき、俺は何も言えずに固まった。
それは、線と線が唐突に結ばれたような、奇妙な納得と、冷たい予感を孕んだ瞬間だった。



薄青の水筒


書斎には、冷たく重たい沈黙が垂れ込めていた。春一の言葉、封筒の筆跡、間宮の冷静な推論。それらが俺の心をじわじわと締めつけてくる。

あらゆる推論は、明らかに榊原を指し示していた。だが、俺はまだ納得できていなかった。

動機は十分。そして、この館に施された一連の工作、これが可能なのは俺を除けば彼だけだろう。状況証拠どころじゃない。この無防備すぎる手紙を思えば、警察が来れば直ぐに動かぬ物的証拠すら、いくらでも確保されることは間違いない。

榊原という男の言動の端々に滲む、朴訥とした誠実さ。それが、彼の犯行を想像するたびに、決まって胸のどこかで引っかかる。

「……もう少し、確証が欲しい。どこかに証拠がないだろうか」
ぽつりと呟いた言葉に、春一が肯く。

「うん。朝比奈瑤子さんの鞄は、まだ調べてないよね」

正面の間宮と視線が交差する。そこには言葉以上の合意があった。被害者が生前、なにを持ち、なにを遺したのか。それを見落としておいて、何を語る資格がある。

「行くぞ」
間宮が素早くその身を翻し、歩き出した。俺と春一もすぐに続いた。廊下の向こう、赤い絨毯の先へ。





秘書室にある遺体の側に、無造作に置かれていた朝比奈の黒い鞄。

いまさら持ち主の許可を求めることもできない。
間宮が私物の衛生手袋を装着し、そっとその鞄に手を伸ばし、中身を検める。

いかにも高価そうなクロコダイル素材の黒いハンドバッグだった。
中身は、最新型のスマホ、名刺入れにキーケース、赤茶の革手帳と、エルブルスの高級ボールペン。
この使いづらそうな赤っぽい長財布は、確か、ケラックウォレットとかいうやつだ。
それから、シルクのハンカチ、ハンドクリーム、口紅、日中用UVカットクリーム、J’aimeのロゴの入った携帯用香水。
サングラス、水筒、OCガス噴射式の小型護身具、モバイルバッテリー、山路が受け取ったという手紙と、宛先だけが異なる茶封筒。
……そして、Wi-Fi対応のモバイルルーター。

「ルーター?」
俺が思わずルーターを手に取ると、手のひらにぴたりと吸い付くような重みがあった。まだ電源は生きている。

俺の頓狂な声と行動に間宮が眉を顰めるが、続けた言葉に表情が変わる。
「……これ、Wi-Fi対応のモバイルルーターです。しかも山間部でも比較的電波が強いモデル。……雷で基地局が落ちてても、予備電源がある。基地局というのは、大きな被害を受けていなければ、通常6~7時間もすれば復旧します。いや、させるものなんです」

現在は本社勤務だが、これでも1年ほど前までは電力インフラの最前線にいたのだ。それなりに詳しい自信がある。
「つまり、雨が止んで数時間もすれば。……こいつで通信が通る可能性は高いです」

ずっと気を張っていたのだろう。間宮が長い溜息を吐きながら、独り言のように口にした。
「あと数時間で救助も警察も呼べるってことか」


俺は眉間に皺を寄せたまま、間宮の手によって、丁寧に並べられた朝比奈瑤子の私物たちを見つめた。

「なにかこれ、違和感というか、既視感というか……なにか引っ掛かるんだが……なんだ?」
その呟きに、春一が水筒を手のひらで示しながら、ゆったりと答えた。

「朝比奈瑤子さん、水筒をエントランスで取り落としていたよね。そのときのことかな。もしくは、その薄青の水筒が、美緒さんとお揃いだからじゃない?」

間宮が「は?」と声を漏らし、次いで目を細めた。
「ああ、そうだ。確かに。真崎の水筒、こんな淡い緑だった。形も完全に一緒じゃねえか」

俺は水筒を眺めて、低く唸るように、間宮に尋ねる。
「……なあ、間宮さん。全身ハイブランドで固めたエグゼクティブが、水筒だけ安物ってことはない、ですよね」

その指摘に、間宮が腕を組んで頷いた。
「ああ、二人の職業や身なりからして、経済的格差は相当だろう。偶然お揃いのボトルなんて……流石に無理がありすぎるな」

空気がわずかに重くなった気がした。さりげない生活用品の中に、仕組まれた〝何か〟の気配が浮かび上がる。まるでピースのひとつが、強引に別の絵から切り取られて嵌められたような、異物感。

視線が水筒に戻る。たかがボトル。だが、ここから何かが繋がっていく。そんな確信めいたものが、静かに動き出した。

「おい、これ中身は判るか?」
間宮が春一に向けて水筒を軽く振った。春一の視線が水筒に向く。

「ベンゾジアゼピン系睡眠薬とオピオイド系鎮痛薬が高濃度で混ざった飲料かと」
いつも通りの上品な声色で、なにやら物騒な響きをした応え。そんな春一に、間宮はわずかに目を細めている。

「………確かに呼吸困難で死ぬな。いや、確率が極めて高いというべきか」
間宮はいつの間に、春一に対し、これほど信頼をおくようになったのだろう。そこには疑いの色が一切ないように思えた。

間宮に目で促された春一は、間宮の目を見つめ返しながら、淀みなく話しだした。
「はい。朝比奈瑤子さんのご遺体には、顔面チアノーゼ、未乾燥の血性泡がありました。これは窒息か呼吸抑制系の薬物の特徴。それに左手は胸元を掻くような位置で硬直してました。これは死に際に呼吸が苦しかった証拠」

「それに朝比奈瑤子さん、ソファで座ったままでしょう。これは意識低下と呼吸停止が急激だったから。つまり使われたものは、急性中枢抑制薬の可能性が高いです。それから、空のトリアゾラム瓶。合法的に入手できて、致死性のある併用候補の最有力はオピオイド……」

途中で、俺が全く理解できていないことに気が付いたらしい。

春一はひとつ頷いてから、俺に誤解のないようにか、小首を時折傾げつつ、ゆっくりと説明をしてくれる。
「えっと、両方とも中枢神経系を抑制する薬だから……。呼吸中枢も深く抑制される組み合わせで……。高濃度の併用では、致死的な呼吸抑制を引き起こす危険性が著しく高まる……?」

春一の話がようやく理解できた。春一に笑いかけてから、間宮に対し、確認するように言った。
「水筒の入れ替えが可能だった真崎に突きつけるには、かなりの根拠になりそうですね」

間宮が重く肯く。
「そうだな。立件するには毒物鑑定を待つ必要があるが、状況証拠としては申し分ない。そして鑑定結果が裏付けられれば、訴追の根拠としては決定的だ」

一拍の沈黙が落ちたあと、俺は口を開いた。
「なあ、オピオイドって、どんな薬なんだ?」

俺の問いに対して、春一は、再び言葉を選びながら答えた。
「簡単に言えば、とても強い鎮痛剤。モルヒネやフェンタニルが代表例。重症度の高い慢性的な痛み、もしくは手術後の激しい痛み。通常の鎮痛薬では対応できない場合に限って、慎重に処方される薬。……緩和ケアとかで使われると聞いたら、イメージしやすいかな」

昨夜の記憶が蘇る。盗み聞いてしまった、春一と真崎の会話。
手術直後に激しい痛みを訴える患者へ処方される薬。つまり、1年前に真崎の身に起こった出来事を考えれば、彼女には、入手が可能だったのではないだろうか。




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桜子 いつもありがとうございます。読んでいただけて、とても嬉しいです。