第3話メゾン・ヴァルベリィの花:海底宮殿の朝、ロココモダンな1DK 【間宮真の機能的ロココ探偵事務所】
今回は、探偵・間宮真の静かな日常を描いております。
奇数話は、束の間の私生活と物語の導入を。偶数話では、謎と真実が優雅に立ち上がる事件篇をお届けいたします。
「おはようございます。真さん」
春の陽射しのような、優しい声に促されて覚醒した瞬間、ぎょっとする。腰高窓から射し込む朝日に照らされ微笑む春一が、俺の顔を覗き込んでいた。
どれほど美しいと讃えられる名花も、お前と比べられては羞恥のあまり必ず俯向く。その容貌を自覚しろ。心臓に悪い。
「……ああ、おはよう。春一」
時計をチラリと見る。……朝6時だった。
春一、俺の家とはいえ、他人の家に訪問するには流石に早くないか?
「今日は一緒に朝食が食べたくて、早めに来ちゃいました」
弾む声色で告げられる、無邪気な一言。 朝の光そのもの、そんな笑顔だ。
「そうか」
なら仕方ない。戸惑いなく気持ちを伝える楽しげな様子に、思わず頬が緩んだ。何処までも真っ直ぐな彼の言葉が、俺には福音に聴こえた。
今日は日曜日。おそらく神依はまだ寝ているのだろう。今日は弟と朝食がとれないから、俺の部屋に来たらしい。
春一は、自分の感情だけを理由に、他者に何かを望める人間になった。出会って3年。春一は変わった。それを実感した。
ベッドの上で身を起こすと、自然と視線が壁にかけられた1枚の絵に向かう。
白菫色の壁紙と、鳩羽色の腰壁と完璧に調和している、その絵画。春一の作り上げたこの寝室に初めて入ったとき、真っ先に目が吸い寄せられた。
飾られていたのは、とても美しい絵だった。
柔らかな光が差し込む優美な海底宮殿。ウィリアム・ブグローを思わせる精緻な筆致。この世に存在しない幻想風景が、卓越した技量で、精密に、写実的に描かれている。
大部分が、青くヒヤリとした寒色で描かれているのに、観れば何故か陽だまりを連想させ、どこか懐かしい。
冷たい海の底にある、とてもあたたかな記憶。そんな絵だった。
俺の視線を辿った春一が、軽く頷き、事も無げに宣う。
「あ、この絵?もし、真さんが気に入らなかったら捨ててください。ここの余白に絵があるといいかな、って俺が描いただけだから」
お前は何故、それを聞いて俺が棄てると思うんだ?
「捨てない。いい絵だと思って観てたんだ」
俺の言葉に、彼が瞳を丸くしてこちらを視る。嘘じゃない。本心だ。これほど美しい絵を俺は知らない。それがお前の手で、俺の為に描かれた、それを何より誇らしく思う。
俺の思考を走査しているらしい春一に、伝わるように心のなかで声をかける。
どうやら納得したらしい春一は小さく頷く。
「うん。ありがとう、真さん。気に入ってくれたなら嬉しい。じゃあご飯仕上げるから、顔を洗ってきて」
……本来、感謝は贈られた俺が言う言葉だと思うが。しかし、そうか仕上げ前か。起きろよ俺。そして此処に何時に来たんだ春一。
春一は、軽やかな足取りで、光沢を帯びた純白の絹のような色味に塗装されたマホガニーのダイニングドアへと向かう。
さて、春一を待たせないうちに起きなければ。寝台から降りて、洗面所へと続くドアに向かう。
◆
顔を洗い、髪を整え、ダイニングに向かうと、既に、完璧な朝食が整っていた。
テーブルに並ぶ料理から、白く温かい湯気が立ちのぼるたび、空気が優しく、味に染められていくようだった。
マットブラックの細脚スチールテーブル。旧宅から持ち込まれたソイツは全体がロココに寄せられた空間で、不思議と全く浮いていない。むしろ空間の重心を締め、大理石や真鍮を引き立てる役割を果たしている。
インテリアコーディネーターの卓越した力量が窺える。
落ち着いた青白磁の器と、白磁の茶碗。見慣れたダイニングテーブルにある、見慣れない風景。
ローズオーロラ大理石の鏡面キッチンカウンターの向こうにいた春一が俺の姿を見て、ゆったり微笑む。
「ご飯、出来てます。お口に合うと嬉しいのだけれど」
清らかな微笑みを受け取りながら、春一セレクトの回転式ダイニングチェアに手を掛ける。
ウォルナット無垢材と灰青布で出来た、北欧モダンスタイルのほぞ組みアームチェア。俺の嗜好、動的機能と静的品格を見事に両立する選択であり、同時に俺の思慮には無かった選択である。
席に着いた瞬間、ふわりと立ちのぼる鯖の香ばしさに、自然と背筋が伸びた。
「いや、ありがとう。いただきます」
手を合わせて礼を尽くす。
春一は「はい。どうぞ」とだけ優しく言って、楚々とした所作で、いつもの席に座る。
焦げていないのに、ちゃんと香ばしい。塩が立ちすぎていないのに、白米を求めさせる。
箸先で皮を割ると、パリッと乾いた音がして、銀色の身がやさしく割れた。
ひと口、口に運ぶ。
……うまい。
脂が乗っているのに重たくなくて、舌の上でじんわりと溶けていく。何も語らずとも、調理の温度もタイミングも、すべて計算され尽くしていることがわかる。
出汁巻き卵は、形だけでわかる。これは〝出汁が生きてる〟やつだ。噛めば噛むほど、優しい塩味と出汁の旨味が口いっぱいに広がる。中がとろけるでもなく、しっかりでもなく、絶妙な〝真ん中〟。温度の計算が完璧すぎて、もはや怖い。
味噌汁は、大根と舞茸、そして油揚げ。熱すぎず、ぬるくもなく、胃にすっと染みる温度。
毎朝、当たり前のように、こういう味噌汁が出てくる家。春一と同居している神依に、些か大人げない嫉妬を覚える。
納豆には、刻んだ青じそとごまが混ぜ込んである。それを白米にのせてかきこむと、香りが鼻に抜けて、食欲が、ぐっと引き上がる。
米は、粒が立っていて、それでいて噛むと柔らかく崩れる。水加減、完璧。
「今日も、すごいな……」
思わずそう呟いた。感謝も驚きも含んでいたが、それ以上の言葉は、うまく出てこなかった。
この家には、余計な音がない。
けれど今は、味と温度と香りと、目の前に座る春一が、この家を満たしている。
この朝がある限り、何があっても立て直せる。そう思いながら、もう一度、鯖の身をほぐした。
天井から真鍮で吊られたミルクシェードの天井灯と、南側の腰高窓から射し込む朝陽が食卓を照らしている。

単機能電子レンジはカウンターの調理スペース下。
春一の淹れてくれた珈琲を受け取りながら、声をかける。「今日も12時か?」
先ほどまで、食器を洗う俺の横で、優雅に手動式コーヒーミルで粉を挽いていた春一は、その珈琲を給仕して、満足そうに再び対面のチェアに腰掛けている。
「あのね、今日は予約のお客様がいるから10時」
朝陽を受け、カフェオレを注いだマグを上品に持ちながら、春一は重大な情報を報告してくれた。
「……なら9時には出ないといけないな」
昨日、洗車しておいてよかった。
春一と合わせていた視線を落とし、ダイニング全体に敷かれたビアンコカララ大理石の床を見つめながら、心底安堵する。やはり何事も先延ばしは危険だ。決して疲労は理由にならない。
銀座の一丁目に、汚れた車で、春一を送迎する?
考えただけでもゾッとする。悪夢以外の何物でもない。そんなもの、ダメージジーンズで高級レストランに行くが如き、許されざる所業である。
あの天下のハイジュエリーブランド、Maison Valberrys旗艦店の前に停車して見送る時に、愛車が泥だらけなんぞ有り得ない。
本国フランスの創業家オーナーCEOから直々に、L’Exception Conseillerの肩書を与えられた春一の送迎を行うのだ。愛車ディアデムを清潔に保つのは礼儀以前の問題である。
車は、単なる移動手段ではない。
その外観は、乗り手の美意識と生活を克明に映し出す。
ミカワの〝ディアデムSGアヴァンセ〟。国産の高級セダン。5年前、退官を機に一括キャッシュで購入した中古の相棒。幸いなことに、春一に恥をかかせぬ品格を備えた車種である。
汚れた愛車を、銀座の一等地で、春一の同僚や顧客の目に晒すくらいなら、潔く腹を切るべきだ。
◆
スーツへと着替えて、ダイニングで待たせていた春一と合流する。
春一を連れ、事務所を出ようとしたその瞬間だった。
春一の設計した、機能的ルイ15世デスク。その上の固定電話が鳴り響く。
「お電話。俺が出てもいい?」
首を傾げてねだる春一に、黙って肯く。
「はい。間宮探偵事務所です。あ、うん、そうだよ」
受話器を手にした春一が、応答を始めて数秒。接客用の静淑な語調から、一転、打ち解けた調子になった。誰だ?
「うん、それがいいと思う。うん?明日?大丈夫。わかった。はい。またね、すみれさん」
代崎か。だが何故、日曜日の午前9時に、事務所の固定電話へ?
「真さん、明日の午前11時、すみれさんが依頼を持って来るって。内容は聞いてません。でも、ご依頼人のひと、きっと真さんのことを必要としてる方だと思う」
春一の純真で信頼に満ちた言葉を噛み締めた、その瞬間。小さく続けられた一言に、思わず目を剥く。
……すみれさんは言わなかったけど。自分よりも、真さんが解ってあげられるって、すみれさんは確信してたみたいだから。
あの代崎が?
行動力と正義感の化身、知性と直感を兼ね備えた天才探偵が?
俺に、案件を投げてくるだと?
[Makoto Mamiya's Functional Rococo Detective Agency]
Note: This story is translated by AI. It captures the unique aesthetic and cultural background of a Japanese detective story. I hope you enjoy this slightly exotic atmosphere.
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