論破・評論・空疎

週に1記事書くと決めていたのに、2週間経ってしまいました。

最近、「立派な理論を持っているな」と思う方が多いと感じています。でも何か魂も感じないような・・・

でも人生何周かしたような、達観したアドバイスをくれます。
とてもありがたいのですが、その方はチャレンジをしないタイプのようです。

ふとそんな時、プラトンが書いた、「メノン」を思い出しました。

 メノンはプラトンが執筆した対話風の書物で、「徳を人に教えられるか」という題材に対して、ソクラテスが、「まず、徳って何?」という議論にすり替えられてしまうとても面白い本です。
その議論も十分面白いのですが、対話の途中で、ソフィストが登場します。ソフィストとは、古代ギリシャで弁論術などを教えていた家庭教師みたいな人たちで、当時、弁護など自分でやっていたことから、需要があり高給取えいだったようです。要は、論破するための技を教えます!みたいな職業です。(今でいう儲かるための自称コンサル情報商材屋みたいですね・・・)
 
 ソフィストは、自分がどう思うかを伝えるかよりも、交渉をどのように優位に進めるかを目的に授業をすると思われますので、一種の勝ちパターンなどの統計的な手法を伝授していたのでは、ないでしょうか。

 今も昔も心の充実よりもお金を稼ぐ、安心を望む、人に勝つ、負けるなどの「結果」に重点を置く人は多いんですね。

評論するも、論破するもよしですが、常に、「お前は周りに何をできているんだ?」「誰の役に立っているんだ?」と自問自答しながら生きていきたいと思います。

空疎な人生にならないように。

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