戯曲『緋色の桔梗』明治の女剣士:細川ガラシャと明智光秀の輪廻転生ファンタジー1
【輪廻しないはずの彼女の魂は、なぜよみがえったのか──罪と赦しのファンタジー戯曲】
資料をひも解き、明智光秀・細川ガラシャという親子の実像を踏まえ、自分の解釈をファンタジーに落とし込んだ物語。
戯曲(シナリオ)形式に不慣れでも読みやすいよう、小説風・少年漫画風に仕上げました。※残酷描写あり

イラスト:夏乃まつり様
This is a dark fantasy play about the reincarnation of Gracia Hosokawa and Mitsuhide Akechi.
第一幕第一場:炎の記憶
― 本能寺 ―
暗がり。火のはぜる音、刀のぶつかり合う音、断末魔の叫び。
舞台奥、赤く染まった光が徐々に広がる。
燃える本能寺の影。
水色の桔梗の旗が無数にゆらめく──明智家の旗印。
宣教師ルイス・フロイスが、本を開いて立っている。
周囲に転がる無数の首。
ルイス・フロイス
大罪人は地獄に堕ちた!
天下の覇者・織田信長を討ち果たした、謀叛人──その名は明智十兵衛光秀。
これすなわち本能寺の変。
天下の大将軍となった明智だが、わずか十一日後、羽柴秀吉との合戦に敗れ、落ち武者狩りに殺された。
大罪人は地獄に堕ちたのだ!
舞台奥、明智光秀の死体が晒されている。討ち取られた首は胴に繋ぎ合わされ、全身が木に固定されて磔の状態。
人々の「明智の死体じゃ!」「主君を裏切った報いじゃ」などの声が響く。
― 細川邸 奥の間 ―
場面転換。燃え盛る細川邸の奥の間。
炎の音と赤く染まる部屋。
細川家の家老・小笠原少斎が長刀を手にひざまずいている。
ガラシャの声 主よ……呪われた輪廻に終わりがあるのなら、この魂をあなたの元へお導きください。
(独り言のように)……あの人は救われたのでしょうか……再びお会いすることは叶うのでしょうか。
何を余計な……小斎殿! 私を、神のみもとへ。
小笠原、震える手で長刀を持ち身構え、正面を向く。
真っ直ぐに長刀を突く。
ガラシャの体が倒れる音。
細川家の老臣・河北一成が入ってくる。
河北 奥方、天晴れなご最期!(小笠原ががっくりとうつむき、嗚咽するのに対して)少斎殿! 一刻の猶予もございませぬぞ。
小笠原 (胸にかけた十字架を握りしめ)お方様に、「お前たちは生き延びよ。キリシタンたるもの、殉死は断じて許さぬ」と……。
河北 我ら死してもなお、奥方をお守り申す所存。(自害用の刀を抜き)神も許してくださりましょう。
小笠原 うむ……(同じく刀を抜き)誇り高き奥方が、敵の手になど落ちるものか! お方様につづけえっ!
河北、小笠原、気合の声をあげるや、立てつづけに自害して果てる。
同時に、何かの装置が作動するような音が響きながら暗転。
プロローグ ~導入歌~
舞台は漆黒の闇。
不意に轟音、重い太鼓のリズム。
黒装束の集団・赫影会の会員たちが出現する。
舞のような動きを見せながら、不穏な旋律に合わせて歌う。
赫影会の合唱
コーラス
赤き、赤き、赤き月光
血を吸い 闇裂き 今かがやくは
業の華
いと高き智よ 天賦の血よ
非力な器は 踏み砕け
とわの輪廻に恵まれた 我ら選ばれし剣士なり
終わりなき命 咲かせよ花を!
(会員たちが円舞を見せ両手を上げる)
(舞台奥、緋色の──赤い月が昇る。
月をバックに舞台中央、黒装束の男・月岡聡十が現れる。
赫影会の頭領らしい風格をたたえ、異様なほど静かに佇む)
コーラス
とこしえに許されぬ 輪廻の千代
赤き罪の花 咲き誇れ
(舞台中央、会員が群れる。
その中から、水色の花が描かれた白地の着物に、薄桃色の袴をまとった少女・坂井千代、刀を抜きながら現れる)
千代の歌
剣を握るは守るため
涙を隠して斬り捨てた
恨めしそうな命たち
眼の裏から離れない
花は散るため咲き誇り
人は散るため生きるもの
(赫影会の数名が斬りかかり、千代は応戦、斬りつづける。
聡十、千代を鋭く見つめる。斬撃と歌が呼応)
コーラス
少女の祈り 届かない
悪魔の父の手によって
少女は地獄へ誘われる
千代の歌
私を地獄へ導いた
あの人を許せはしない
コーラス 桔梗をいただく謀叛人!
千代 (叫ぶように)許せない!
(嘆くように)あぁ、神よ。
(右手で顔に血を塗りたくるような動き)
コーラス
青い桔梗よ 緋色に変われ!
赤き、赤き、赤き月光……
(聡十、刀を抜いて掲げると、音楽が止み、漆黒の闇。無音。しばらくのち、讃美歌が響き始める)
第一幕第二場:細川ガラシャの記憶と明治の女剣士
明治20年(1887年)、秋。京都のとある教会内。昼前。
上手側に礼拝堂。その中央の壁に十字架。
ステンドグラスから柔らかな光が差し込む。
子どもたちの讃美歌が響く中、坂井千代が一人、膝をついて祈っている。
千代 ……赦しを乞うことすら、恐ろしい。私はまた、刀を取り、ためらいもせず殺した。
誰かを斬るたび、その生ぬるい血を両手に感じるたび、心が十字に裂ける。けれど……斬らなければ、守れない人々がいる。
(顔を伏せて祈る)主よ……私の手は、血に染まっています。なのに(外へ顔を向け)、あの子らの手を握ろうなどと……。
コーラスが止む。
三人の子たちが、「千代ねえさん!」「今日も来てくれたんだね!」と口々に叫び礼拝堂の中に入ってくる。
千代 (子どもたちに抱きつかれ)あら、今日はもうお歌終わったの? 随分早かったわね。
子どもA 今日ね、藤夫がとってもうまく歌えたの! でもカエが、男のくせに変な声だってバカにして、藤夫を泣かせたんだよ!
泣きべそをかいた藤夫と、ムスッとしたカエが千代を見上げる。
千代 (微笑みつつ、手を広げて)藤夫ちゃん、よく頑張ったわね。カエちゃんは罰として、藤夫ちゃんに謝るまで、おやつは抜きです。
カエ (絶望的に)えええ〜! あたし、本当のこと言っただけだもん。
千代 今、千代ねえさんの前で、藤夫ちゃんに謝ってね。また仲良くできるなら、おやつはあげます。どう? 簡単でしょう。カエちゃんは優しい子なんだから。
カエ (悔しげに藤夫を見つめ)……ごめんなさい。
藤夫 (にっこり笑う)
千代 よくできました!
カエ (千代にだけ耳打ち)でもね、カエ、メソメソする子は苦手。もっと男らしいお兄ちゃんが欲しかったなあ。
千代 ちょっと、カエちゃんたら!
カエ (いたずらっぽく笑う)
子どもたちがわぁっと飛び跳ねてはしゃぐ。
和やかな空気が広がる間にも、千代の視線がふと十字架へ向く。
だが子どもたちの笑顔に、少し救われるような表情に変わっていく。
彼らが話しながら退場。
教会裏・牧師の書斎
下手側に小さな部屋が浮かび上がる。
古い木製の机と本棚が並ぶ静かな部屋。
柿本牧師が窓辺で植物に水をやっている。
下手ドアの隙間から千代が少し顔をのぞかせる。
柿本牧師 また穏やかではない夜を過ごされたのですね、千代さん。
千代 柿本牧師様……。(少しうつむいて書斎に入り、後ろ手に戸を閉める)……はい。あの夢が、また……。
柿本牧師 炎の中で胸を刺し貫かれる夢。
千代 加えて、邸宅のように広い寺院が焼かれる様を、俯瞰的に見るようになりました。
そこでは殺戮が行われていた……やがて、主犯の男は磔にされ、晒し者に……よく見ると、首はすでに胴から切り離されて……。
ハッキリとは聞き取れませんが、晒し者に対する人々の罵声が聞こえるんです。
それから、燃え盛る別の邸が見えて……邸の中に自分が座っている。
私に刀を向けた男の顔。私自身がその男に「殺して」と、命じている……。
柿本牧師 (水やりを終え、千代のほうへ体を向けながら)夢はしばしば、精霊の働きにより、手紙のように私たちの元へ届くことがあります。時を越え、思い出すべき何かを伝えようとしているのかもしれません。
千代 ……重い罪を犯しているからでしょうか。
私の中には、到底償いきれない罪が蓄積されている、今もなお。
罪の詳細は言えません。
親切にしてくださる牧師様にも、告白さえ許されない事情があるのです。
幾たび聖書を読み込もうとも、私には聖なる水を受ける資格はありません。
無垢な子どもたちに慕われても、彼らを導くにふさわしくないのです。
柿本牧師 (ゆっくりと千代に近づき)人の生きる意味は、行ないに宿るものではありません。行ないが、あなたを選んだのではなく……あなたが、行ないに意味を与えているのです。
千代 行ないに、意味……?
柿本牧師 あなたは人を傷つけるために生きているのですか?
誰かを守りたい、幸せにしたい一心で、これまでの生き方を選んできたのではないのですか。
慈悲を以て行なう。その想いが裏づける意味に、神が背を向けることはありません。
千代 (涙ぐみ)でも……私は内心、許されたいのです。
何かを守るために、別の何かを犠牲にしてもやむを得ないと考え、罪を重ねつづける生き方を、正当化したい。
柿本牧師 (微笑)では、その心を抱え、己の弱さを認めるといい。神の愛は、抱えた罪に苦しみつづける者にこそ、ふわさしいのです。
大丈夫。神はあなたを待っています。あなたがすべての罪を認め、打ち明ける日、あなたは祝福されるでしょう。
千代、しばらく沈黙してから、うなずく。
すがるように何か言いかける。
扉が勢いよく開く音。
小柄な少年・小野木寛太郎が飛び込んでくる。
寛太郎 (息を切らして)千代さんっ、大変です!
千代 寛太郎、どうしたの。
寛太郎 森で……志乃さんが(言いかけて、柿本牧師の視線に気づき、声を落とす。千代に耳打ち) 赫影会の奴らと交戦中です。
千代 (穏やかな顔が一変、剣士の目に変わる)志乃が……すぐに案内して。
千代は牧師に一礼して寛太郎と退場。牧師、何かを悟っている面持ち。
柿本牧師 ……神の祝福をお忘れなく。
柿本牧師、部屋の奥へと退場し、場面転換。
🔹▶次回(第2話)「道場の仲間」はこちら
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連載中の戯曲『緋色の桔梗』は推敲を経て、書籍化・文学フリマ販売を目指しています。サポートは制作費に使わせていただきます!※何らかの形で上演をする場合はご一報ください。