戯曲『緋色の桔梗』道場の仲間:細川ガラシャと父・明智光秀の輪廻転生ファンタジー2
【輪廻しないはずの彼女の魂は、なぜよみがえったのか──罪と赦しのファンタジーです】

イラスト:夏乃まつり様
🔹前回までのあらすじ
明治20年(1887年)・京都。
八木道場に通う坂井千代は、表向きは剣術の稽古に励む少女。
その正体は、人知れず犯罪者を成敗する“異能の剣士”だった。
人を殺すことに対する罪の意識に苛まれ、すがるように教会へ通う日々に、彼女が見始めたのは炎の中で殺される夢──
戦国武将・明智光秀の娘であるキリシタン・細川ガラシャの記憶らしい。
牧師との対話の最中、仲間の少年・寛太郎が駆け込み、異能者集団・赫影会の出現を告げる。
千代は寛太郎とともに、戦いの場へと向かう──。
※残酷描写あり
第一幕第三場:森での戦闘
薄暗い木々の間を縫うように、千代と寛太郎が駆けてくる。
寛太郎が教会の外に隠していた刀を二本持っている。
寛太郎 (走りながら)この先です!
千代 (鋭い声で)急ぎましょう。
駆け抜けた先は、ぽっかりと木々の切れた小さな広場。
黒装束の男たちが三人。
胸元には、赤い三日月の印── 赫影会の証。
その前で、ややふくよかな少女・斎藤志乃が、小太刀を構えている。
赫影会A (嘲笑)お前一人で時間稼ぎか。ご苦労なことだ。
志乃 (低く)問題ないわ。
志乃、小太刀を抜く。赫影会の男Bが踏み込む。
志乃は一歩も動かず、 男の周りに風を起こす。
男、足を絡め取られ転倒。
寛太郎 松風!
千代 (目を細め)ますます強力になっている。
二人に気づいた赫影会の男たちが後退。
赫影会B くっ、異能者が三人か。
千代 ここから先へは、進ませない。(右手を掲げ)時間遅延!
赫影会Cが千代に突進。
だが、男Cの動きが鈍化、時間が緩慢になる。
寛太郎が刀を一本投げ、千代が受け取り抜刀。
抜き放つと同時に一閃、男Cは気を失って倒れる。
志乃 (思わず頬をゆるめ小声で)時間遅延かぁ。さっすが千代ちゃん。私も使えるようになりたい。(ハッとして冷静な顔に戻る)
赫影会A (後退しながら)問題ない。すべて計画どおりだ。
赫影会A、手から目くらましの霧を出し、男たち全員が退場。
静寂。千代が刀を納め、息をつく。
寛太郎 (尊敬の眼差し)相変わらずすごいなぁ、千代さんの力。時間を遅らせるなんて。
志乃 千代ちゃん、かっこいいわぁ!(冷静な顔を作り)赫影会の動きが本格化しているんですって。
奴らの狙いを突き止めないと。先生が今夜は緊急招集だと言っていたから、道場へ行きましょう。眞魚も待ってるわよ。
千代 承知しました。どのような闇が待ち構えていようと、奴らを野放しにはできません。
志乃 (微笑み)当然。
三人、退場。
照明が夜の色へと変わりながら場面転換。
第二幕第一場:八木道場にて
夜。京都、八木剣術道場の居間。
障子越しに月光が差し込む。
弟子たち、
千代・志乃・勝村眞魚・寛太郎
が並んでいる。
眞魚は大柄な青年。
月光が障子に映り、外では鈴虫の声。ろうそくの灯もある。
下手より八木が登場し、弟子たちの正面に立つ。
八木 暗雲がたちこめ、白い月を覆い隠そうとしている。
寛太郎 先生……赫影会のことですか?
八木 (うなずく)
照明が薄暗くなると同時に、赤い三日月が描かれた旗がゆらめく。
胸元に赤い三日月が描かれた、黒装束の人々の影が見える。
重々しい音。八木による説明がつづく。
八木の声 (ナレーション) 赫影会── 赤き月を旗印とする影の一党。表向きは愛国思想を掲げる団体だが、その実態は過激派の殺戮者集団であることは、調べてもらった通りだ。
そして今日、捕らえた会員の一人に自白させたところ、奴らの標的は、“転生者”と呼ばれる者たちだと判明した。
眞魚の声 転生者?
八木の声 歴史上に名を残した英傑の生まれ変わり。過去の大義を背負い、よみがえった者たち。実態は定かではないが、彼らは異能を使いこなし、過去の雪辱を果たそうとしているという。
それを狙う者たちこそ、赫影会だ。異能を持つ者たちを狩り、転生前の記憶を呼び起こし、世界を転覆させようともくろんでいるらしい。
赫影会の旗と男たちの影が消え、照明が明るくなる。
元の道場にいる八木と弟子たちの姿が見える。
無音。
寛太郎 (おどおどと)あの……転生者とは、歴史上の偉人が現世によみがえった、異能を持つ者。赫影会は彼らを利用し、何らかの野望を達成しようとしているのですか。
八木 (うなずく)
志乃 怪談噺みたいになってきたわね。
眞魚 俺の地元じゃ、夜な夜な赤い月が現れると、人が消えるって噂もあったがな。
志乃 やめてよ、気持ち悪い!
寛太郎 僕も非現実的だと思います。
ただ、ここ最近の不可解な殺人や失踪の黒幕とされる赫影会が、動きを活発化させていることは確かです。そして僕たち四人は、表向きは剣術道場の弟子ですが。
裏では剣術と能力で、陰謀に染まる者を成敗する異能者集団でもあります。
眞魚 奴らの狙いは異能者。じゃあ俺たちも、標的かもしれねぇのか。
志乃 そっか、それで私、おっさんたちに絡まれたんだ。
あんまりしつこくて森まで誘い込んだら、あいつら急に煙を出して、赫影会の装束に変わったのよ。
(寛太郎に微笑み)寛太郎が後をつけていたおかげで、あっという間に蹴散らせたけどね。
千代 先の戦闘では、奴らは志乃を狙っていたの?
(八木に顔を向け)では……。
八木 歴史上の魂が転生した者が持つ特殊な異能。
お前たちも薄々感じているだろう。
自分の内に異質なものが流れていると。
わしは異能を使えぬが、弟子の中から、赫影会と同水準の異能を持つ者、お前たちの存在に気づき、秘かに奴らと対抗する特殊部隊を結成した。
千代の時間遅延、
志乃の松風、
眞魚の降剣、
寛太郎の結界。
お前たちは人知れず、世の平穏を守るため能力を使ってきた。
千代 赫影会は、私たちのことも、英傑の生まれ変わりだと踏んでいるのですか。
八木 おそらく。奴らにはそれを確かめる術があるのだろう。
尋問中の男によると、特殊な装置で前世の記憶を完全覚醒させるらしい。うまくいけば、完全覚醒と同時に異能が高度に発達し、最強兵器になり得るとか。
記憶をとりもどした異能者には、足利尊氏の転生者や、紫式部のような文化人の転生者もいるなどと言っている。
眞魚 胡散くせぇ話だぜ。奴ら本気でそんなこと信じてるのか。
志乃 アホらしい! 新宗教みたいね。
八木 奴らの頭領は、前世の記憶を自ら覚醒させたそうだ。自主的な覚醒者ほど、他を圧倒する異能を持つという。
その男は業火の夢から記憶を取り戻し覚醒した、織田信長の転生者と言われている。
そして、千代。お前には心当たりがあるのではないか。
一同、千代を見る。
千代 心当たりとは……前世の記憶ですか?
八木 お前は最近、不可思議な夢を見るそうだな。
赫影会の頭領も、夢をきっかけに、前世の記憶がよみがえった。
そして── その男は、反乱分子の拠点を一夜にして壊滅させた。
千代 何を仰りたいのです……私には特別な力などありません。夢についても、馬鹿げています。ただの悪夢でしょう。燃え盛る炎の中で、胸を突き刺されるなんて……。
志乃 えぇっ、でもその夢が前世の記憶だとしたら、千代ちゃんが強すぎるのも納得だわ。
千代 ふざけないで志乃。
眞魚 いや、どうかな。お前が入隊する前に俺が手合わせしたときから、普通ではないと感じていた。俺は居合い一つで、力士二人さえ地面に叩きつけてきたんだぜ。
なのに、お前は涼しい顔で渾身の異能をはね返し、一本取りやがった。
時間を操る異能だって、生まれてこの方、他に見たことがねぇ。
千代 あれは鍛錬の結果で……探せばもっと強い人はいくらでもいます。
寛太郎 もし、仮に、ですよ? 千代さんの夢が前世の記憶だとしたら、千代さんは誰の転生者なのでしょう。
志乃 そりゃあ、信長公の奥方でしょう!
赫影会は千代ちゃんを拉致して、信長公の転生者である頭領の奥さんにしたいのかも。
寛太郎 (頬を赤らめてカッとなる)志乃さん、ふざけすぎですよ! 真面目に考えてください。
千代 真面目に考える話題ではありません。いい加減になさい。それよりも今必要なのは、赫影会の本質に迫ることでしょう。
寛太郎 (心底落ち込んで)……すみません。
八木 (ため息をつき)確かなのは、お前たちのような異能者は、戦乱を呼ぶ因子にもなることだ。赫影会は、それを利用しようとしている。
志乃 戦乱を? この明治の世に、あり得ないでしょう。
八木 あり得る。お前たちの異能はなぜ生じたのか謎が多く、制御しきれなければ最新兵器になり、外国との戦でも利用され得る。
そして新撰組の残党や旧藩士、その身内には、明治維新により、身分、故郷、大義を失った者が多い。
彼らのような人間は、赫影会の思想に染まり、協力している可能性がある。このまま結束を強めればどうなるか……。
千代 (スッと立ち上がり訴えるように)赫影会はただの秘密結社ではありません。
彼らは異能者を使い、歴史そのものを書き換えようとしている。
八木 その通り。奴らは転生者を神のような存在として畏れ、同時に利用しようとする。千代。お前は知りたい事があるのだろう。
千代、ゆっくり前へ出て、正面を向く。
千代 二年前、新聞記者の兄が死んだ理由を知りたい。不可解な殺人・強盗事件を追ううち、失踪した政府高官・石狩影清と、赫影会のつながりに気づいた兄が……。
八木 謙一郎は惨殺された。
千代 警察は、強盗事件と……でも、私は、信じていません。兄が、石狩と赫影会の密会の疑惑を記事にした直後だったんですもの。会の目的は何か、石狩を利用して何をしようとしたのか……。
兄はいつも、事件を追うたびに狙われ、爆弾を投げつけられたこともありましたが、私が護衛をしていたので切り抜けていました。
きっと兄はあの夜、石狩の居場所を突き止めたのでしょう。私には、何も言わなかったのは……。(言葉に詰まる)
志乃 (立ち上がり、そっと千代の肩に触れる)お兄さん、正義感が強かったから。
千代 (目を伏せ)でも、それが致命傷になったのなら……。(顔を上げ)両親を強盗に殺された私にとって、兄はただ一人の肉親でした。
師範は道場の前に捨てられていた私を拾い、兄とともに育て、剣術を教えてくれました。
兄は剣の才能はなかったものの「ペンで世を正す」と誓い、学問を修めたのです。私は今でも、その選択を誇りに思っています。
志乃 仇を討つと誓ったのよね。
八木 私は反対した。だがお前の信念は揺るがず、異様なまでに膨れ上がり……。
やがて誰よりも高度な剣技を身につけ、異能を発揮し始めた。異能の中でも珍しい、時間を操る力をな。
眞魚 そして先生は、この道場が持つ裏の顔、俺たち特殊部隊への入隊を許可したわけだ。
寛太郎 千代さん。その志を果たせるよう、全力でおともしたく思います。
あの夜、お兄さんは黒幕の名前までわかっていて、とても千代さんでさえ敵わないと判断し、お一人で行かれたのでしょう。
もし本当に、その黒幕が赫影会なら、見過ごすわけにはいきませんよ。
眞魚 先生、今日わざわざ全員を呼び出したってことは、千代の兄さんを殺した犯人くらいはわかったんだよな。
その一言に全員が八木に顔を向ける。
八木 今朝、尋問中の男が口を滑らせた。謙一郎が追っていた、一連の事件の黒幕と思しき頭領の名を。
千代 何ですって⁉
一同ざわめく。
眞魚 頭領の名が⁉
志乃 誰なんです?
八木が口を開きかけると、ろうそくの火が揺らめく。
部屋が薄暗くなり照明は月光のみに。
八木 来た……!
一同、戦闘態勢を取る。
外で人が飛び去るような気配。
眞魚 (勢いよく障子を開け)逃がすか!
八木 (走って退場する四人の背中へ向け)深追いはするな! 必ず戻ってこい。
▶次回第3話「兄を殺した男の名は」はこちら
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