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同じ月の下に選ぶ者たち 第六夜「月は見えても腹は膨れぬ」(妄想歴史会話劇)

夜の屯所。

戸は半分だけ開いていて、外の気配が薄く流れ込んでいる。

赤禰武人は重い動きの算盤の前で頭を悩ませていた。
一息深い溜息を吐くと、城に送る書簡を何枚も書いている山県狂介に声をかける。

赤「狂介」

狂「なんです」

赤「金がないぞ」

狂「知ってますよ」

赤「知っててどうする」

狂「どうもしないから、ないんでしょう」

赤禰は小さく息を吐く。

赤「このままじゃ人が増えん」

狂「増やす気ですか」

赤「当たり前だ。隊は人で動く」

狂「人は来てますよ」

赤「残らん」

狂介は壁にもたれる。

狂「残らないのは、食えないからです」

赤「覚悟が足りんのだ」

狂「覚悟で飯は食えませんよ」

赤「……冷たいな」

狂「それが現実です」

間。

足音が一つ、静かに入ってくる。

「失礼します」

赤禰「おう、剛十郎。
来い、ちょうどいい」

楢崎剛十郎は無駄なく座る。

剛「何の話です」

赤「人が増えん」

剛「増やしたいんですか」

赤「当然だ」

剛「どうしてです」

赤「……隊のためだ」

狂「人手ですね」

剛十郎はわずかに頷く。

剛「人、ですか」

赤「なんだ」

剛「数ですか。それとも、人ですか」

狂「数が足りてません」

赤「質もいるが、まずは数だ」

剛「入っては来ますよね」

狂「来ます、ね」

剛「でも、いなくなる」

赤「そうだ」

剛「なぜ残らない」

狂「金です」

赤「覚悟だ」

剛十郎は少しだけ間を置く。

剛「どちらも、でしょう」

沈黙。

外を風が抜ける。
開いた戸の向こうに、淡い光が差す。
雲の切れ間に、月が出ている。

剛「……月が出ています」

誰も見ない。

狂「見ても腹は膨れないですね」

赤「風情くらい味わえ」

剛「風情で残る人はいません」

狂介がわずかに笑う。

狂「正しいですね」

赤禰は少しだけ考える。

赤「……狂介」

狂「はい」

赤「高杉さんはどう考えてんだ」

狂介は一瞬だけ視線を逸らす。

狂「……あの人は何も考えてないですよ」

赤「おい」

狂「やる事なす事、生き当たりばったりの適当です」

剛十郎は静かに笑う。

剛「言いますな」

間。

狂「それでも」

声を落とす。

狂「人はついてくる」

赤「……なぜだ」

狂「分かりませんよ」

剛十郎が静かに言う。

剛「残る理由が、別にあるんでしょう」

狂「金でも覚悟でもない?」

剛「それだけじゃ、足りない」

赤「じゃあ何だ」

剛十郎は少しだけ考える。

剛「ここにいていい理由が、見えないんじゃないですか」

間。

狂「曖昧だな」

剛「曖昧なものがないと、残れないのかもしれません」

赤禰は目を伏せる。

赤「……増やすことばかり考えていたな」

狂「残す形がない」

剛十郎は静かに続ける。

剛「増やしたいのは、人ですか――数ですか」

沈黙。

外で風が鳴る。
月の光が、わずかに強くなる。
それでも、誰も見ない。

狂介が壁から体を離す。
赤禰がゆっくり息を吐く。
誰も答えない。
しばらくして、赤禰がぽつりと。

赤「……残る奴を、増やすか」

狂「簡単に言わないでください」

剛十郎はわずかに目を伏せる。

しばらく黙ってから、静かに口を開く。

剛「……思想や理想だけでは、人はついてきません」

誰も遮らない。

剛「腹が満たされて、ようやく前を向ける」

わずかな間。

剛「先に進めるのは、そのあとです」

誰も否定しない。

戸の向こう、月はまだ出ている。
見られることもなく、ただそこにある。


↓第七夜

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