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同じ月の下に選ぶ者たち 第十三夜「同じ月、違う道」(妄想歴史会話劇)


草が鬱蒼と生い茂る平原。

夜気は低く、風は草の海を撫でて波をつくる。

森の縁から一騎、ゆっくりと進み出る。
アルミニウスは馬上で止まり、振り返らない。

背には黒い森。
顔は、開けた方角へ。
やがて、川の方からもう一騎が現れる。

ローマの将、ゲルマニクス。

水音を背に、整った足取りで近づく影。
二人は、互いに一定の距離を残して止まる。

ゲ「……来たか」

ア「呼んだのは、あんただろ」

間。

ゲ「ローマの将、ゲルマニクスだ」

ア「森の民の一人、アルミニウス」

沈黙。

風が草を鳴らす。

ゲ「森を出てきたな」

ア「出る理由があったからな」

ゲ「敵の前に、自ら姿を晒すとは」

ア「ふん、話くらいはできるさ」

間。

ゲルマニクスは周囲を見やる。
草原、森、そして背後の川。

ゲ「静かだ」

ア「嵐の前だ」

一拍。

ゲ「貴殿は、何を守る」

アルミニウスはすぐには答えない。

ア「顔の分かる連中だ」

間。

ア「家族、仲間、村だ」

ゲルマニクスは頷く。

ゲ「私は、名も知らぬ者たちだ」

ア「知ってる」

ゲ「その者達の不安を除く為にここまで来た」

ア「それはこっちだって一緒だ。あんたらだけに言い分があると思うな」

沈黙。

ゲ「国家という制度がなければ、続かないだろう」

ア「へっ、制度だけじゃ、動かねえよ」

風が強くなる。

ゲ「秩序は、支配地を安定させる」

ゲ「道を整え、税を集め、守るべき場所を守る」

一拍。

ゲ「それが国家の力だ」

アルミニウスは鼻で笑う。

ア「隅々まで届くのかよ、それは」

間。

ア「その秩序の端にいる連中はどうなる」

ア「鎖に繋がれてる奴らも、その中に入ってんのか」

沈黙。

ゲルマニクスはわずかに目を伏せる。

ゲ「……否定はしない」

ゲ「守ると言っても、誰もが同じように守られているわけではない」

間。

ゲ「だが、広く守るには、それしかないのだ」

アルミニウスは首を振る。

ア「俺たちは違う」

一拍。

ア「部族も家も、それぞれで立つ」

ア「文化もやり方も、そのままだ」

ア「同じ血だ。いざって時に手を貸せばいい」

ゲルマニクスは静かに聞き、やがて口を開く。

ゲ「だから終わらないのだ」

間。

ゲ「小さな争いが」

風が草を大きく揺らす。

ゲ「その血が、また次を呼ぶ」

ゲ「怨みは、積み重なる」

アルミニウスは黙る。

ゲ「繋がりだけでは、抑えきれない」

短く。

ア「……ああ」

ア「分かってる」

一拍。

ア「だが、全部を縛るのも違う」

ア「縛れば、今度は別の火がつく」

ア「まとまらねえ連中もいる。腹が減れば、川の向こうに行く」

ゲ「略奪か」

ア「奴らも生きるためだ」

間。

ア「止められねえ時もある」

ゲルマニクスは少し考え、口を開く。

ゲ「理屈ではこうなる。だが——」

わずかに視線を上げる。

ゲ「いや、興味深いな、貴殿たちのやり方は」

アルミニウスは目を細める。

ア「面白がる余裕があんのかよ」

ゲ「理解しようとしているだけだ」

沈黙。

ゲ「……似ているな」

ア「いや、違うね」

ゲルマニクスは眉を動かす。

ア「寄りかかる場所が違う」

間。

ゲ「私は、国に寄りかかる」

ア「俺は、家に寄りかかる」

風が止む。 

ゲ「結局は、一人で立つしかない時もある」

ア「ああ」

ゲ「それが、戦士だ」

間。

ゲ「……だが、すべての人間がそうである必要はない」

アルミニウスは小さく笑う。

ア「そうだな」

ア「戦士ばかりじゃ、村は残らねえ」

沈黙。

二人は同時に空を見上げる。
月は高く、静かに光を落としている。

ゲ「月は、どちらも照らす」

ア「ああ」

ア「森も、川もな」

間。

ゲ「それでも、明日は戦う」

ア「ああ、そうなるな」

短く。

ゲ「守りたいものは、同じだ」

ア「分かってる」

ゲ「だが、道が違う」

ア「ああーー分かってる」

風が止む。

ゲ「……なぜだ」

アルミニウスは短く答える。

ア「選んだからだ」

間。

ア「どこに寄りかかるかを」

ゲルマニクスは目を細める。

ゲ「選ばなければ」

ア「ただ、倒れるだけだ」

短く。

ア「誰も支えられずにな」

沈黙。

川の音と森のざわめきが交じる。

ゲ「……ならば」

小さく。

ゲ「せめて、お互い忘れぬようにしよう」

ア「何をだ」

ゲ「何のために戦うのかを」

アルミニウスは頷く。

ア「ああ、それさえあれば」

一拍。

ア「まだ、人でいられるな」

長い沈黙。

やがて——

ゲ「……フフ」

ア「何が可笑しい」

ゲ「いや——やはり面白い」

一拍、月を見上げる。

ゲ「都で元老院の老いぼれ達の顔色を読むより」

ゲ「貴殿と酒を酌み交わしている方が、よほど実のある話ができそうだ」

アルミニウスは一瞬きょとんとし、すぐに笑う。

ア「ハハ……違いねえ」

ア「俺も、同じことを考えてた」

短い沈黙。

ア「……だが、今は無理だな」

ゲ「ああ」

ゲ「次に会う時は——」

一拍。

ゲ「戦場だ」

ア「分かってる」

風が再び草を揺らす。

ゲルマニクスは馬首を返す。

アルミニウスも森へ向ける。

ゲ「ではな、森の民殿」

ア「ああ、あんたもな」

二人はそれぞれの背を向け、進み出す。

一人は川へ。
一人は森へ。

月は変わらず
二人の英雄の背を照らしていた。


数年後、
ローマとゲルマニアの間に、ひとつの協定が結ばれた。

二人が再び邂逅したという記録は、どこにも残っていない。

かくて、トイトブルクの森にはひとときの安寧が訪れた。


↓第十四夜

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