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同じ月の下に選ぶ者たち 第十四夜「静謐に月が揺蕩う」(妄想歴史会話劇)

夜。
人の気配の消えた庭の隅。

水桶と、使い込まれた台。
月の光が、刃の上に細く伸びている。

五十を過ぎた男、六代目・吉昌。
その少し前で刀を拭く若者、七代目・吉利。

吉利の手元は迷いなく動く。
だが、どこか力が入りきらない。
少し離れて、吉昌が腕を組み、見ている。

沈黙。

七「……なぜ、続けるのです」

六「やめたいのか」

七「いえ、そうではありません」

間。

七「ただ、必要とされているとは思えない」

六「望まれる仕事ではない」

一拍。

六「だが、無ければ困る」

手を止める。

七「……誰が」

六「誰もが、だ」

沈黙。

吉利は刃に映る月を見る。

七「見えません」

六「見えなくていい」

間。

六「見えるようになった時は、遅い」

布を握る手に力を込める。

七「技を残すためですか」

六「違う」

一拍。

六「技は、真似できる」

七「では、何を」

吉昌はわずかに視線を落とす。

六「ためらいを捨てる覚悟だ」

沈黙。
水の揺れが、小さく光る。

七「……弟子は、とらぬのですか」

六「とれぬ」

七「なぜ」

六「教えたくは、ないからだ」

間。

七「……それでも、残すのですか」

六「残さねば、崩れる」

吉利は顔を上げる。

七「何が」

六「回り方がだ」

一拍。

六「人は、一人では生きられぬ」

六「だから、役目を分ける」

六「誰かが、やりたくないことを引き受ける」

沈黙。

六「それで、ようやく回る」

七「……その“誰か”が、我々ですか」

六「そうだ」

七「選べるのですか」

六「いや、選べぬ」

間。

六「だから、残るのだ」

風がわずかに通る。

七「……家、ですか」

吉昌はわずかに目を細める。

六「そうだ、な」

一拍。

六「外では、好かれはせぬ」

六「避けられ、蔑まれもする」

吉利は黙る。

六「それでも、家の中では違う」

間。

六「同じものを背負う者同士だ」

六「だから、崩れぬように支え合う」

七「……それが、我らの一族ですか」

六「そうだ」

一拍。

六「外で受けるものは、内で分ける」

六「そうせねば、誰か一人が折れるだろう」

沈黙。

吉利は手元の刀を見る。

七「……逃げることは」

六「できる」

間。

六「だが、残る者がいる」

六「その者に、すべてが落ちる」

吉利は何も言わない。

六「だから、残る」

風がわずかに通る。

吉利は再び刀を拭き始める。

七「……それだけで、釣り合うのですか」

吉昌はすぐには答えない。
やがて、ぽつりと。

六「釣り合いはせぬ」

一拍。

六「だが、近づけることはできよう」

吉利の手が止まる。

七「どうやって」

吉昌は視線を外し、遠くを見る。

六「金を回している」

七「金、ですか?」

六「行き場のない者に」

六「食えぬ者に」

六「病んだ者に」

吉利はわずかに眉を寄せる。

七「……慈善ですか」

六「呼び方などはどうでもいい」

一拍。

六「斬るだけではーー足りぬのだ」

沈黙。

六「人の最期に立つ御役目だ」

六「だが、それだけでは終わらせはせぬ」

吉利はただ黙って聞いている。

六「傷ついた者を繋ぐ場所にも、少しは手を貸した」

七「……それも、御役目ですか」

六「違う」

間。

六「だが、そうせねば釣り合わぬ」

水桶に映る月が揺れる。
吉利はその光を見つめる。

七「……残るのは、技ですか」

六「違う」

間。

六「残るのは、継えぬよう続けるという覚悟だ」

長い沈黙。

吉利は静かに刀を収める。

七「……月は、変わりませんね」

六「ああ」

六「たとえ代が変わってもな」

風が止む。

六「形はいずれ消えよう」

一拍。

六「だが——」

言葉は続かない。

吉利は何も言わない。
ただ、刃に残るわずかな月光を見ている

庭の草は揺れず
音もない

月が、二人の間に静かに落ちている

「山田浅右衛門」

その名は、ただ受け継がれていく


↓第十五夜

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