同じ月の下に選ぶ者たち 第二夜「月の光と耽美な夜の嘘」(妄想歴史会話劇)
夜のサロン。
半分だけ閉じられたカーテンの向こうで、月は雲に滲んでいる。
古いピアノが、誰にも触れられないまま鳴っているような気配。
アルチュール・ランボーが先に口を開く。
ラ「甘いな」
グラスを揺らしながら、
ポール・ヴェルレーヌは微笑む。
ヴ「それがいいんじゃないの」
ラ「逃げだろ」
ヴ「逃げ場があるから、人は壊れないんだね」
ラ「壊れなきゃ詩にならねえ」
ヴ「壊れすぎると、音楽にはならないよ」
ピアノの旋律が、わずかに揺れる。
ラ「これは夜じゃねえな。夜の“ふり”だ」
ヴ「月もそうだね。光ってるんじゃなくて、借りてるんだもの」
ラ「じゃあこの曲も借り物か」
ヴ「借り物でここまで優しくなれるなら、十分じゃないの」
ランボーは鼻で笑う。
ラ「優しさは鈍い」
ヴ「鋭さは、少し痛いね」
ラ「痛いくらいでいい」
ヴ「君はそういうところ、変わらないね」
間。
外の月が、雲に隠れる。
部屋が少し暗くなる。
ラ「見えなくなったな」
ヴ「何がだい」
ラ「月だよ」
ヴ「最初から見てなかったんじゃないの」
ランボーは目を細める。
ラ「じゃあお前、何を聴いてる」
ヴェルレーヌはグラスの底を覗き込む。
ヴ「残り香みたいなものだね」
ラ「終わったもんか」
ヴ「終わらないものって、あるのかな」
ラ「ねえな」
ヴ「それでも、人は繰り返すんだね」
ラ「なんでだ」
ヴェルレーヌは答えない。
ただピアノの方を見る。
何も壊さず、何も暴かない音。
ラ「この曲、何も起こらねえ」
ヴ「起こらないことが、起こってるんじゃないの」
ラ「詭弁だ」
ヴ「詩みたいなものだよ」
ランボーが立ち上がる。
ラ「俺は壊すほうがいい」
ヴ「私は、残すほうがいいかな」
ラ「残してどうすんだ」
ヴ「誰かが同じ夜をなぞれるかもしれないね」
ラ「嘘だな」
ヴ「嘘でも、少しは楽になるんじゃないの」
沈黙。
音だけが、部屋に満ちる。
ランボーが窓へ歩き、カーテンを少し開く。
ラ「やっぱ見えねえな」
ヴ「見えないほうがいいこともあるよ」
ラ「例えば?」
ヴェルレーヌは少し考えて、
ヴ「現実、とかね」
ランボーは肩をすくめる。
ラ「で、これは何だ」
ヴ「触れなくていいものに触れないための、やわらかいやり方じゃないかな」
ランボーは少し黙って、それから笑う。
ラ「なるほどな」
間。
ラ「じゃあ結論だ」
ヴェルレーヌが目を上げる。
ラ「これは“月の光”じゃねえ」
ヴ「じゃあ、何だろうね」
ランボーは窓の外を見たまま言う。
ラ「月が見えねえ夜を、綺麗だと思わせる音だ」
ヴェルレーヌは小さく笑う。
ヴ「それでも、人はそれを“月の光”って呼ぶんだね」
ラ「呼びてえだけだろ」
ヴ「そうだね」
グラスが小さく鳴る。
ヴ「結局――」
ランボーが振り向く。
ヴ「綺麗な名前をつけた時点で、人はもう、見なくてもいいものを選んでるんじゃないの」
ピアノの音だけが、静かに残った。
↓第三夜
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