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同じ月の下に選ぶ者たち 第三夜「誰が為の月を詠む」(妄想歴史会話劇)

夜の庭。

白砂に月光が落ちている。
風はない。
音もない。

低く座る媼は、小野小町。

その少し後ろに、少女の伊勢。

対して、距離を置いて座るのは紀友則。

しばらく誰も口を開かない。

小「……月が、若いね」

伊「若い、ですか」

小「丸いだけじゃない。まだ何も知らない顔をしている」

紀「月に年齢はありません」

小「そうかい。じゃあ、人が勝手に年を足しているのかね」

少女は月を見上げる。

伊「同じ月なのに、違って見えます」

紀「見る者によって意味が変わる。それが歌です」

媼が小さく笑う。

小「都合がいい言い方だね」

紀「事実です」

小「じゃあ聞くよ。誰の見方が“正しい”」

男は一拍置く。

紀「選ばれたものです」

少女の視線がわずかに揺れる。

伊「選ばれた……」

小「誰にだい」

紀「場に、です」

小「人じゃないのか」

紀「人も含まれます」

小「ずいぶんと曖昧だね」

間。
少女が口を開く。

伊「……私は、どう詠めばいいのでしょう」

媼は月から目を離さない。

小「好きに詠めばいいよ」

紀「好きに、では残りません」

少女が小さく息を飲む。

伊「では……残るように詠むべきですか」

紀「残るものが、歌になります」

媼がゆっくりと顔を上げる。

小「逆だね」

紀「何がです」

小「歌だから残るんだよ。残すために詠んだものは、もう歌じゃない」

紀「理想論です」

小「実感だよ」

少女は二人を見比べる。

伊「では……どちらを信じれば」

紀「残る方を」

小「揺れる方を」

沈黙。
月光が少しだけ淡くなる。
薄い雲がかかったのかもしれない。

伊「……月が、ぼやけました」

小「よく見えるね」

紀「見えにくくなっただけです」

小「見えすぎるより、いいこともある」

紀「曖昧なものは選ばれません」

小「選ばれるために、詠むのかい」

紀「結果として、そうなります」

小「ずいぶんと素直だね」

紀「制度とは素直なものです」

小「人は、そうでもないよ」

間。
少女がぽつりと言う。

伊「私は……まだ、よく分かりません」

小「分からなくていい」

紀「分からないままでは、残りません」

小「残らなくても、いいじゃないか」

紀「それでは意味がない」

小「誰にとってだい」

男は答えない。
少女が月を見上げる。

伊「この月は……誰のものですか」

紀「誰のものでもありません」

小「だから、みんなのものだよ」

紀「そして、誰かが意味を与える」

小「奪う、とも言うね」

伊「……」

小「いいかい」

少女にだけ聞こえるように、静かに言う。

小「月は、何も言わない。けれど、誰の歌にもなる」

紀「だからこそ、選ばれる必要があります」

小「選ばれた時点で、もうその人の月じゃない」

紀「では、どうすればよいと」

媼は少しだけ笑う。

小「どうにもならないさ」

間。
少女が、かすかに声を震わせる。

伊「それでも……詠みたいです」

紀「ならば、残るように詠むことです」

小「それでも、揺れるものを捨てるんじゃないよ」

少女はうなずく。

伊「……はい」

静かに、三人の視線が月に集まる。
だがその形は、もうはっきりしない。

最後に、媼がぽつりとこぼす。

小「結局ね――」

二人が見る。

小「誰の月かなんて、どうでもいいんだよ」

一拍。

小「どう詠まれたかだけが、残る」

少しだけ間を置いて、静かに続ける。

小「けれどね……」

少女の視線が揺れる。

小「残ったものが、本当にその人の月だったかなんて――」

月を見上げる。

小「もう、誰にも分からないんだよ」

さらに柔らかく、

小「だから皆、自分の見た月を、必死に言葉にする」

ひとつ息を吐いて、

小「奪われる前にね」

最後に、ほとんど独り言のように。

小「……それでも、違う月になってしまうんだけどさ」


↓第四夜

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