同じ月の下に選ぶ者たち 第五夜「数えられなかった月」(妄想歴史会話劇)
夜の浜。
大きな月が、低く浮かんでいる。
見下ろすように、じっと。
小さな船着場に、提灯がいくつか揺れている。
波の音の中で、笑い声が一つ。
恵比寿「おい、聞いたか」
布袋「なんだい、また景気のいい話か?」
恵「八人目が来るってよ」
布「へえ。七で回ってるのに、欲張るねえ」
大黒天「誰だよそいつ。どこのもんだ」
恵「さあな。ただ――髪が金色らしいぜ」
一瞬だけ、間。
弁財天「……珍しいわね」
布「いいじゃないか、派手で。見つけやすそうだ」
大「目立ちゃいいってもんじゃねえだろ」
恵「まあまあ。まだ来るとも決まってねえ話だ」
布「もう来てたりしてな」
恵「おいおい」
福禄寿「……来る来ないではない」
場の空気が、少しだけ変わる。
恵「どういう意味だい」
福「呼ばれるかどうか、だ」
布「呼ぶって、誰が?」
福禄寿は答えない。
大「呼ばれなきゃ入れねえってか。なら話は簡単だ」
弁「簡単かしら」
大「郷に来たなら、郷に従え。それだけだろ」
布「従うってのは、どこまでだい」
大「全部だよ。言葉も、振る舞いも、空気もな」
弁「それで“その人”は残るの?」
大「残る必要あんのか?」
恵「……まあまあ」
布「形だけ真似りゃいいなら、人形でもいいな」
大「極端なこと言うなよ」
弁「でも、違いは消えるわね」
大「違ってたら弾かれる。それが現実だろ」
少し、重くなる。
何でもない、誰でもない沈黙。
寿老人「金色というのは、陽の色かのう」
場がわずかに緩む。
布「お、出たな急に」
寿「陽は強い。強いものは、目を引く」
恵「まあ、そうだな」
寿「目を引くものは、いずれ倣われる」
弁「……倣われる?」
寿「皆が似せれば、それはもう珍しくなくなる」
布「じゃあ金色も、そのうち普通になるってか」
寿「最初から普通であったかのようにな」
大「……つまんねえな、それ」
福禄寿がゆっくり口を開く。
福「珍しさは、時間に負ける」
恵「……」
弁「じゃあ結局、何が残るの?」
福「名だけだ」
布「名前ねえ」
大「名前で食えるのかよ」
弁「食べるために残るわけじゃないでしょう」
恵「まあまあ……」
少し風が吹く。提灯が揺れる。
恵「で、どうするよ」
布「何を」
恵「八人目が来たとしてだ」
大「決まってんだろ。従わせる」
弁「従わなかったら?」
大「……弾く」
布「じゃあ最初から来ねえよ、そんなとこ」
恵「やめろやめろ」
弁「でも、それが本音でしょう」
大黒天は何も言わない。
寿「従うとは、形か、心かのう」
布「また難しいことを」
弁「どちらかしらね」
大「両方だろ」
恵「……見えねえもんは揃えようがねえぞ」
布「じゃあ見えるとこだけ揃える?」
弁「それで満足するのは、誰?」
福「……選ぶ者だ」
静かになる。
そのとき、ずっと黙っていた影が動く。
毘沙門天「…………」
誰もがそちらを見る。
毘「…………増えたのではない」
間。
毘「…………数え方が変わるだけだ」
誰もすぐには言葉を返さない。
波の音だけが続く。
恵「……七である意味は、あるのかね」
布「縁起がいいから、じゃなかったか」
弁「理由なんて、後からつくものよ」
大「じゃあ八でも九でもいいってか」
福「……呼び名が変わるだけだ」
寿「名は、あとからつく」
布袋が小さく笑う。
布「じゃあよ、その金色――」
誰もが耳を向ける。
布「――もう、どっかに混ざってんじゃないか?」
沈黙。
波の音だけが、変わらず続く。
ふと、雲が流れる。
空に出ていた大きな月が、ゆっくりと姿を隠す。
――いや、隠れたのは月の方か、それとも。
提灯の灯りだけが、揺れている。
恵「……で、そいつは従ってるのかね」
誰も答えない。
少し遅れて、弁財天が静かに言う。
弁「従っているように見えるなら、それで十分なのかもしれないわね」
大黒天が鼻で笑う。
大「一番厄介だな、それ」
福禄寿が目を閉じる。
寿老人が空を見上げる。
毘沙門天は動かない。
もう一度、波が寄せては返す。
そのとき、雲の切れ間に、かすかな光が残る。
丸いはずの月は、もう形を持たない。
それでも光だけが、そこにある。
最後に、誰ともなく。
「……で、最初の七は、どこまでだったんだろうな」
誰も答えない。
ただ、見えない月だけが、変わらずそこにあった。
↓第六夜
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