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同じ月の下に選ぶ者たち 第十一夜「月知其実 名為人改」(妄想歴史会話劇)


夜の、紫禁城。

改修途中の宮殿の一角。石と木の匂いがまだ新しい。

高い窓の外に、淡い月。
その光が、運び込まれた資材の上に薄く落ちている。

清の順治帝は、その光を見ている。
その少し後ろに、摂政王ドルゴン。

しばらく、誰も口を開かない。

帝「……運ばせているのは」

低く、しかし幼さの残る声。

帝「南からか」

ドルゴンは即答しない。

ド「はい」

短く。

帝「水路で、か」

ド「はい」

間。

帝「速いな」

ド「陸よりは」

順治帝は視線を動かさない。

帝「……隋も、そうだったな」

わずかに空気が止まる。

ド「はい」

帝「運河を引き、物を流し、人を動かした」

一拍。

帝「民は疲れ、怨み、やがて――滅びた」

沈黙。

帝「そう、教わった」

ゆっくりと振り向く。

帝「違うのか」

ドルゴンはわずかに目を伏せる。

ド「……間違いではありません」

帝「では、正しいのか」

ド「そう書かれています」

間。

帝「書かれている、か」

順治帝は小さく息を吐く。

帝「ならば聞く」

帝「今、この清がやっていることは――何だ」

ド「必要なことです」

即答。

帝「同じだな」

ド「……はい」

順治帝はもう一度、月を見る。

帝「ならば」

間。

帝「朕も、そう書かれるのか」

ドルゴンは答えない。

帝「民を使い、道を使い、都を整えた」

帝「だが、疲れた者はいる」

帝「潰れた者も、いる」

静かに続ける。

帝「それでも、必要だと言う」

ド「はい」

帝「ならば違いは何だ」

沈黙。

帝「隋と、この清の」

ドルゴンはゆっくり口を開く。

ド「残るかどうか、です」

帝「……」

ド「残れば、整えた者になります」

ド「残らなければ――」

一拍。

ド「疲弊させた者になります」

静かな風が通る。

帝「……同じことをしても、か」

ド「はい」

帝「ならば」

順治帝は少しだけ声を落とす。

帝「正しさとはは、どこにある」

ドルゴンは迷わない。

ド「後にあります」

帝「後、か」

順治帝は小さく笑う。

帝「遠いな」

間。

帝「見えないものを、どう信じろと言う」

ド「信じる必要はありません」

順治帝がわずかに眉を動かす。

ド「ただ、やるだけです」

沈黙。

帝「……それでいいのか」

ド「それでしか、残りません」

順治帝はしばらく何も言わない。
やがて、ぽつりと。

帝「煬帝は」

ドルゴンの視線がわずかに上がる。

帝「愚かだったのか」

ド「……そう教えられています」

帝「教え、か」

順治帝は月を見上げる。

帝「月は、何も言わないな」

ド「はい」

帝「見ていただけだ」

間。

帝「だが、見ていたものは」

帝「消えないはずだ」

ドルゴンは何も言わない。

帝「……それでも」

帝「残るのは、書かれたものか」

ド「はい」

帝「ならば」

ゆっくりと振り向く。

帝「この清は、どちらになる」

長い沈黙。

ドルゴンは静かに答える。

ド「決めるのは、我らではありません」

帝「……」

ド「ですが」

一拍。

ド「選ぶことはできます」

帝「何を」

ド「残る側にいるかどうかを」

沈黙。

順治帝はしばらく考え、そして小さく笑う。

帝「それは」

帝「選んだことになるのか」

ド「……結果としては」

順治帝はまた月を見る。

帝「……同じだな」

風が、未完成の梁を鳴らす。

帝「やることは、変わらぬ」

ド「はい」

帝「書かれ方が、変わるだけだ」

ド「はい」

長い間。

帝「……ならば」

小さく。

帝「見えぬものは、見えぬままでよい」

ドルゴンは何も言わない。

帝「だが」

帝「せめて――朕が」

月の光を見る。

帝「ーー清が。何をしているかくらいは、知っておこう」

静かに。

帝「忘れぬように」

沈黙。

月は、変わらずそこにある。

だが、それが何を照らしているのかは、誰も書くことはない。


↓第十二夜

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