くるくる電車旅〈桜の樹の下には…〉
氏神さまの桜が満開になった金曜日、古墳の桜を見に行くために家を出た。
風は冷たいけれど、よく晴れている。
こんな日は、青空に桜が、さぞ映えるだろう。
行きたいのは、春日井市の味美古墳群。
地図で見ると、城北線の味美駅からほど近い。
ひと呼んで名古屋の銀河鉄道、城北線。
高架鉄道の空中散歩。
わたしは、城北線に乗るために、名鉄電車に乗り西枇杷島駅で降りた。
城北線の枇杷島駅は、名鉄西枇杷島駅から歩くこと5分、JR枇杷島駅の中にあった。
自動券売機で味美駅までの切符を買う。
450円。
自動改札口から駅構内に入る。
左へ行けばJR線、右へ行くと城北線。
城北線のホームに下りて、ベンチに腰掛けた。
1時間に一本の電車。
待ち時間は、たっぷり20分ある。
わたしは、ひまつぶしにスマホを取り出し、城北線のことをwikipediaで調べた。
城北線を運営しているのはJR東海交通事業。
国鉄時代に壮大な計画で始まった事業だけれど、移り変わる世の中で、計画が頓挫してしまったらしい。
宙ぶらりんのまま開業したのは1991年。
以来34年間、コアなファンから名古屋の銀河鉄道とよばれ、ひっそりと走り続けている。
やがて勝川方面からの乗客を乗せて、車両が到着した。この駅が終点だ。
15人ほどが降りてくる。
わたしは、全員が降りたことを見届けてから、車両に乗りこんだ。
発車までは、まだ10分ほどある。
真ん中あたりの座席に陣取って、wikiの続きを読む。
同じ車両が行ったり来たりしているだけなのに、城北線は全線複線なのだ。国鉄時代の壮大な野望が偲ばれる。
走っているのはキハ11形という車両。
電車ではなくディーゼル車。
定員110人。
最高時速95キロ。
発車5分前に若い男女が乗り込んできた。
運転士さんになにかきいている。
ICカードでJR線に乗ってきて、城北線に乗り換えようとしているらしい。
いったん改札を出て……
乗車券を買って入り直して……
漏れ聞こえてきた運転士さんの指示。
若い男女は、あたふたと車両を降りて、ホームを走って行った。
城北線はワンマンカーで、すべて無人駅。
枇杷島駅と勝川駅以外は乗車券もなく、改札口もなく、車内で現金精算。うっかりICカードで乗ってしまうと、後でやっかいなことになる。
発車まぎわになって、初老の男性が一人、乗ってきた。ICカードであたふたした若い男女も、息を切らせて間に合った。
定員110名のキハ11形車両は、四人の乗客を乗せて走り出した。
どんどん高く上っていき、空中散歩が始まる。
キハ11形の最高時速は、95キロだというけれど、この路線でその能力を発揮することはないだろう。
路線距離は11.2キロしかないもの。
ぜんぶで六駅しかなく、駅と駅の間の距離は、2キロか3キロだ。
駅に着くたびに、二人か三人の乗り降りがあった。目的の味美駅は、五つ目の駅。降りるときに数えたら、八人のお客さんが乗っていた。
こんもりした森をめざして歩くと、小山を囲む公園があった。
小山の上り口に石柱があって、『春日山古墳』と刻まれている。小ぶりな古墳がまるごと公園になっている。
説明を書いた案内板は、ない。
上って行くと、遊具があり、春休み中の小学生たちが遊んでいた。片隅には、小さな社が並んでいて、八百万の神様の名前を書いた石板が立てられていた。
古墳は前方後円墳の形状をしている。
自転車をこいで古墳に上り、スピードを出して走り下りて行く子どもたち。
自分のお墓が、1500年後には子どもたちが遊ぶ公園になっているなんて。古代の王様もさぞよろこんでいるだろう。
古墳のまわりには、満開の桜。
「花見の後のゴミはお持ち帰りください」と、掲示板に貼り紙がしてあった。
春日山古墳から東へ数分歩くと、鳥居が見えてきた。参道を歩き、鳥居をくぐる。
古墳まるごと白山神社。
ここにも満開の桜。
りっぱな神社で、桜を見にきた人と参拝の人でにぎわっていた。
石の階段脇に、説明を書いた看板があった。
白山神社古墳。5世紀末から6世紀始めごろの前方後円墳。
隣接してあるのは、お旅所古墳。円墳。
むかしは、この地域には大小様々な数百基の古墳があったという。
白山神社は二子山古墳公園と地続きになっている。古墳公園にも、桜、桜、桜、桜……
屋台も出ていた。平日だから営業はしていないけれど。明日の土曜日には、焼き鳥や焼きイカの匂いが、風に乗って漂うことだろう。
古墳公園には、二子山古墳がある。
巨大な前方後円墳。
古墳は、深い濠で囲まれている。のぞきこむと、濠の底には、地下水が滲み出ていた。
濠を囲んだ柵には、『へびにちゅうい』の看板が! その看板を背にシートを広げて、ごちそうを食べている中高生男女のグループ。
彼ら彼女らの髪に、桜の花びらが、ひらりひらりと舞い落ちる。
古墳には桜がよく似合う。
〈桜の樹の下には死体が埋まっている!〉と書いた、夭折の作家がいたことを思い出した。
この古墳からは、たくさんの埴輪が出土したという。公園のいたるところに、現代の土師氏が作った埴輪たちがいた。
人、馬、鳥、家……
人形埴輪たちは愛想よく、遊びに来る人、見学に来る人たちを迎えてくれている。
この巨大な古墳に眠っているのは、男王だろうか女王だろうか。
公園の入り口には、遥か未来の空に目を向ける(おそらく)巫女王の立像があった。
わたしは、立像の写真を撮り、名鉄味鋺駅に向かった。
帰りは、名鉄と地下鉄を乗り継いでいく。
空中散歩ではなく、地下移動で。

