見出し画像

これ、誰にお礼を言ったらいいですか —奥琵琶湖・菅浦のトイレで出会った「働く手」—

旅先やドライブ中、「「あ、ヤバい…」と焦った経験、きっと誰にでもあるはずです。

近年では、コンビニエンスストアや道の駅、ドラッグストアなど、清潔なトイレが整備され、そうした悩みは格段に減りました。

しかし、公園などにひっそりと佇む「公衆トイレ」には、どうしても拭いきれないネガティブなイメージがつきまといます。「薄暗い」「不気味」「不潔そう」。
正直なところ、今でもできれば使いたくない場所の一つです。

陸の孤島で見つけた、もう一つの「働く」形


私が訪問看護の仕事をしていた頃、滋賀県長浜市の菅浦(すがうら)という集落をたびたび訪れていました。

琵琶湖最北部の「奥琵琶湖」と呼ばれる地域にある菅浦は、山に囲まれ、目の前には琵琶湖が広がる小さな集落です。かつては山を越えるか船でしか行けなかった“陸の孤島”と呼ばれた場所で、時間は止まっているかのように静かです。

集落には、かつて営業していたらしい飲食店の看板が数件寂しげに残るばかり。少し高台には奥琵琶湖展望台があり、素晴らしい景色が広がりますが、菅浦の住民はほぼ全員が高齢者です。約30世帯が暮らすこの地で、若い人の姿は釣り客以外ほとんど見かけません。

現在は湖岸沿いに道路が開通し、車でのアクセスは可能になったものの、最寄りのスーパーやコンビニまでは30分ほどかかります。ステーションからも琵琶湖の湖岸を走る細い道を通っていくのですが、湖と山々の緑が織りなす景色は、訪問のたびに私の目を楽しませてくれました。

想像をはるかに超える「清潔」


ある日、菅浦での2軒目の訪問を終えた時、私はステーションまでトイレがもつか不安になりました。訪問看護では利用者宅のトイレを借りるのは基本的にNG。選択肢は一つしかありませんでした。

集落の入り口にある「公衆トイレ」です。初めてこの集落を訪れた際、同僚から「ここのトイレ、使えるよ」と教えてもらっていた場所です。

正直、足は向きませんでした。あの独特のイメージが頭をよぎったからです。しかし、背に腹は代えられず、私は意を決して車を止め、そっと中に入りました。

そこで目にした光景に、私は驚きを隠せませんでした。

明るい。床は乾き、トイレットペーパーもきちんと補充されている。嫌なにおいどころか、ほのかに清潔な空気が漂っている。
思わず「コンビニのトイレより綺麗かも」とつぶやいていました。菅浦のような集落に、これほど清潔な公衆トイレがあることに、私はひどく感動しました。

「自分たちがそうしてきたから」の連鎖


数日後、再び菅浦を訪れた際、私は利用者さんにそのトイレの話をしてみました。
「菅浦の入り口にあるトイレ、すごく綺麗で驚きました。市の方が掃除されているんですか?」
そう尋ねると、その方は笑ってこう言いました。

「違う、違う。うちらがやってるんやわ。順番でな。当番決まってるんや。もう若い人なんておらへんけど、みんなでな。できる範囲やけどね

私は思わず聞き返しました。「え、ここに住んでいる人がですか? 自分たちは使わないのに?」

「そうやな。けど、汚れたままやと気持ち悪いしな。
『誰かのために』というより、『自分たちがずっとそうしてきたから』やと思うんやわ。でもな、年取ってきて、やっぱり大変にはなってきてるけどね。

名もなき「手」が紡ぐ感謝の物語


きっとその「誰か」は、私のような訪問看護師かもしれないし、釣りに訪れる人かもしれない。あるいは、誰にも気づかれずに立ち去る見知らぬ誰かかもしれません。

彼らの“働き”は、直接「ありがとう」と言われることはないでしょう。それでも、菅浦の人々は、丁寧に、淡々と、順番を守って掃除をされています。
帰りの車の中で、私はぼんやりと考えました。

働く、というのは、お金を稼ぐことだけではないのかもしれない。
社会や地域が、目に見えない「支え合い」で成り立っているというのは、こういうことなのかもしれない。

誰かの役に立つことを、静かに、無償で、まるで習慣のように繰り返す——それこそが「仕事」であり、ひいては「誇り」なのではないだろうか。
あのトイレの清潔さは、名も知らぬ誰かの「手」によって紡がれていたのです。

私はその人に直接「ありがとう」を伝えることはできないけれど、せめてこの場で、心からの感謝を伝えたいと思います。

菅浦の皆さん、本当にありがとうございます。



あとがき


後日、この菅浦という集落について調べてみると、興味深い歴史を知りました。菅浦は、古くから「惣(そう)」と呼ばれる自治的村落を全国に先駆けて築き、強固な共同体によって集落が維持されてきた場所だったのです。村が自立していく過程が詳細に記された「菅浦文書」は、なんと国宝に指定されているそうです。
この集落の清掃活動は、単なる美化活動にとどまらない、彼らが脈々と受け継いできた「支え合う精神」の表れなのだと、深く納得しました。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が受賞したコンテスト