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【心の光】わたしが考える神様の事


人生が自分の思い通りにいくのなら
悩みも、不満も
不安だって無いだろう

神様はいないのか
そんな事を嘆いた日も
やはりある

神様がいるのなら
神様は何がしたいのだろうか

ここでいう神様はこの世界の創造主的な意味あい
である、と思う
わたしにも、よく分かってはいない

わたしのイメージする神様とは
いったいどのような神様だろう

何でも出来るのか
時には怒るのか
ものすごく慈愛に溢れた存在?

わたしの中では
綺麗好きなイメージがある

神様は綺麗好き

神様はなぜ綺麗好きなのだろうか
そんな事が頭に浮かんだ

その言葉を武器に掃除をしろ掃除をしろと
子供の頃から言われてきたわたしは
ついに、したいという気持ちを無くしてしまった

よくある話しだ
わたしだけか

そもそも綺麗とは
どんな状態なのだろうか
掃除で言えば、汚れが無いことと言える

わたしは年齢を重ね
再び掃除をするようになって
こう思った

綺麗にしたいという気持ちがあって
綺麗にするという行動が出てくるはずだ
でなければ、汚れている事にさえ
気付けないのだ

名言集に出てくるようなリズム感になった
今月で1番の言葉かもしれない
(ツッコミたい気持ちは抑えてくれ)
まあいい

もうひとつ

綺麗事
という言葉がある

綺麗事は綺麗な事、綺麗な事とは何だろうか

その事を掘り下げた時に
綺麗な事はどんな時に見られる出来事か
どんな事が行われるのか
どんな状態の時に現れるのか

それは、心が綺麗な時なのだと感じたのだ

話は戻るが
例えば掃除などでは
ここを整理しよう
ここを磨こう
これを洗おう、としている

その時心は外を向いていて
綺麗な心の状態なのだ

心がピカピカなほど、自分の観てる世界を
綺麗にしてあげたいという想いが出て
その想いが、綺麗にするという行動に現れ
結果、綺麗になるのだと
わたしは思った

それは、掃除だけでなく
そして、人間だけでもない

自然の中、奥深くに足を踏み入れると
綺麗な景色が広がっている
そこでは、木や草や動物や虫や花
色々なものが、心を外に向け合い共生し
綺麗な世界を作りあげている

わたしは、言葉そのものが好きだ
そして言葉を使える事に感謝している
綺麗事という言葉は昨今
どこか悪いイメージの言葉として捉えられているかもしれないし、わたしも例にもれない

しかし、改めて言葉として見てみると
良い響きであり、良い言葉として存在してほしい
と、わたしは思っている

そんな気持ちで
この記事を書きつづっている
正しさを探しているわけではない
ただの願望だ

神様は綺麗好き

それは、物質的な綺麗さとは限らないのかも
しれない
心が綺麗な状態であってほしい
心が外を向き合ってほしい
そんな地球は
きっと綺麗で、この世界は美しい

神様がいるのなら
それをとても喜んでくれそうだ

そうであってほしい

なんだか話が大きくなった
話が大きくなると、わたしには出来る事なんて
ないのかもしれない
関心を持ちづらい自分もいる

けれども
わたしは幸せだ
この世界に感謝している
ほんの少しでも

わたしに出来ることはなんだろうか
そう考える時
わたしの心はすでに外を向いていると
気づいたのだ


最後まで読んで頂きありがとうございます


画像はみんなのフォトギャラリーから
使わせて頂いております↩

神様が喜ぶイメージでピッタリです
何かご加護がありそうな気がします
Noriaki Kawanishi様、ありがとうございます



↪あとがき

専門学校の時、先生が仰った
人を綺麗にする仕事だから
綺麗について考えてみてください、と

わたしは
掃除が、好きではなかった
しかし、仕事を通して
綺麗にしたい
そう思えるようになった自分を
褒めてあげたい


今回もファンタジー寄りの記事なので
ファンタジー繋がりで
載せる過去記事は
こちらです


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