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安心と身体と気と季節

強めの日差しが、瞼を閉じさせる
そのまま気持ちの良いひとときを
感じさせたいのだろうか

まるでこの季節に包まれているようだ

時折強く吹く風も心地良く

力の抜けた体と思考は、自分を肯定し始める

ぼーっとした頭の中で
右から左に言葉が通り抜けていく

気を、抜いていいんだよ

気を抜くな、というと
どこか緊迫した状況下をイメージしてしまう、
そうではないだろうか
今のわたしの状況とはかけ離れている

本来、気とは流れるものらしいので
気を抜けないというのは
流れを留めるようなものなのかもしれない、
それが
良いか悪いかは置いておいて

思えば、気を抜かないという状態も
意識すれば、なんとなく分かるような気がする
(気がするだけかもしれない、気だけに)

ただ、大自然の中に身をおいて、気を抜く
それは、わたしにとって
色んなものと
とても繋がっている状態なのだと感じた


抜いた分、入ってくる

気は抜いた分入ってくる
そんなふうに感じる
呼吸もそうだと思う
自分の体験からだが、酸素酸素、酸素が欲しいと
力みながら空気を吸っても、苦しい感じがする

沢山の空気が吸いたい
身体の力を抜くと
息も軽くなる

こんなに肩が上がっていたのかと
自分でも驚くほど気づかないのは
気が張り詰めていたからなのかもしれない

ベンチに座りながら
苦しかった頃のことを思い出してた
あの頃がなければ
今こうして、それを感じる事も出来ないだろう

ゆっくりと息を吐き
ゆっくりと息を吸う

気を抜いて
気が入ってくる

新鮮な気が身体を巡り
リフレッシュした

あの頃、気を抜けなかった
色んなものを背負って
いや、背負っている気になって

気を抜けないから
入ってこなかった

自然がわたしの中を循環しない、
まるで隔絶された水のように
淀んでいくようだった

新鮮なわたし

新鮮なわたしでいたい

新鮮なわたしは、わたしだけでは
作れないのだと思う
(必須アミノ酸みたいだ、ゴホン
スルーしてほしい)

身体の中を、見えないものが流れていく
ガチガチした体では流れにくいのではないか
ゆったりと、リラックスしたい

冒頭にループした
そうだ、体は知っていたのかもしれない
気を抜く事
リラックスする事
循環の中にいる事
新鮮なわたしになる事
それが元々のわたしの気
今、元気だという事

ありがとう

生かされている
そして、元気にさせてくれようとしている

自然が、バラバラで、
わたしを一緒にしてくれないなら
わたしは元気になれないかもしれない

そう思うと、感謝の気持ちが湧いてくる
一緒なんだ、と思えてくる
思わせてくれる

わたしもその循環にいるのなら
良い気持ちでいたい

元気に戻してくれるのなら、きっと
自然はわたしに
元気でいてほしいのだと

そう思っていたいのだ


最後まで読んで頂いてありがとうございます



↪あとがき

目に見えない
気、とはなんなのか
見えないから、感じたい
そう思った

感じたことを言葉にすれば
なにか見えるのではないか

見えないけどそこにある

流れの中にいる

良い気持ちになったわたしの心は
生えている木々や
流れていく水
澄んだ空気に向けられ
それらを、感じて喜んでいる

自然はわたしにそうあってほしい
のではないだろうか
そしてわたしも、そうありたい

植物も生きている
一緒に生きている

とても心強いである

以前書いた植物の話も
合わせて読んで頂けたら嬉しいです



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