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人はなぜ怒り狂うのか2

1はこちらです

なんと、今回も刺激が少ないです


怒りとは何だろうか

怒りとは、愛だ

待っ
まだ早い、まだ4行だ
後4行読んで欲しい

8行になるので縁起が良い
と思う

怒りを向けられるのは
嫌だ

好きな人もいるかもしれないが
多くの人は嫌だろう

そんなに怒らないでいいではないか
わたしもそう思う事はよくある

しかし、怒りとは関心がないと起こらない
シャレではない

その人やその物事に無関心ならば
そもそも怒る事はないのだ
わっていからだ
シャレではないよ

関心があるから怒りも生まれるのだ

では、怒りとは何だ

悲しみだ

前巻で書いた
こうあるべき、こうするべきという想いが
怒りを生むのだ

言い換えれば
怒っている人は
こうあってほしい、こうしてほしい
という想いがあるという事だ

それは
こうあれるはずなのに、こう出来るはずなのに
という期待でもあり
なんで
こうじゃないんだろう
こうしてくれないんだろう
という悲しみであり

もっとこうだったら、こうしたら
相手(や物事)は良くなるはずなのに
という
愛なのだ
その人(怒る側)にとっての

なので、良くなっていってるのなら
怒りを向けられる事は少ないと思う

あくまで、その人(怒る側)にとって
良くなっていってるのなら、だが


怒る事によって
その人(怒る側)にとっては、良くなる
良くなってほしい
良くなるはず
というプラスの世界がある

それがどんな世界であれ
例え対立の世界であっても
その人にとっては、良くなるという
想いがあるのだ

なので、愛だと言えるのではないかと
思うのだ
(一方的な愛かというのは、ここでは割愛する
愛だけに)

仮にその人(怒る側)にとって、悪くなる為に
怒るというのなら
言葉としてすでに矛盾している気もするが
エネルギーの向かう方向がおかしい

コレをこうしたらもっと悪くなるのに
あなたも世界ももっと悪くなるのに
なんでしてくれないの?
するわけがない

そんな事をしたら
自分で自分にバギクロスを放つようなものだ

メダパニでもかかってるのではないか
とさえ思ってしまうだろう

分からない方は、分かったつもりで良い
首をかしげられると
恥ずかしさで
わたしの耳が真っ赤になる


この世界に怒りがあるというのは
この世界に悲しみ
この世界を愛しているのだと思う

良くしていきたい
良くなるはずなのにという
想いがあるのだ

ゆえに、怒りは愛だとも言えるのだ
わたしの中では、だ

良いように書いたが

怒られたくないという話は
また別の話になる

怒って言う事を聞かせる
怒らないと言う事を聞かないから怒る

それは手段だ

怒る側は
その人(怒られる側)に良くなってもらいたい
良い世界になってもらいたい

どうしたらそうなっていくのだろう
そうなってくれるのだろう
そんな事を考えている
はずだ


色んな方法があると思う
けれども、難しいのだ
人を変える事は出来ないし
人に、変わりたいと思ってもらうのは
簡単ではない
いつか変わるまで、は時間がかかるのだ

今、この場で、変わってもらいたい
自分の思った通りになって欲しい
(しかし、思った通りにはならないから
思った通りにしたい、というジレンマを抱えている)
それが怒って言う事を聞かせるという
手段だろう
(わたしには、どちらの立場でも経験がある)

なので、怒る側(その時のわたし)の中では
対立が起こっている

相手が変わらないというのは
相手にとってはそれが良い事なのだ
だが、相手が変わりたくない(私は間違ってない)と
訴えてくる
その事が、自分の世界(自分の想い)を間違っていると
言われているように感じてしまう
相手と自分を分けている(相対的に見ている)からだ
と思う、わたしはそうだった

相手と自分は別だという認識だと
相手に変わって欲しいと求めてしまう
自分が正しいと思うほどに


あるところに
蝶と芋虫がいた

蝶は空の世界が素晴らしいと思った
飛べない芋虫に、この空の世界に来て欲しくて
堪らなかった
芋虫は、地上で生きるだけで楽しかった
葉っぱも美味しい

蝶は怒った、一緒に飛んで欲しい
本当はあなたも飛べるのに
何で一緒に飛んでくれないのか
空の世界が一番素晴らしいのに

芋虫は困った、オイラは今が最高なんだ
葉っぱ食って丸まって寝て
それに、飛ぶのは恐い
今のままが一番良いんだ

蝶は泣いた、なんで分かってくれないの
私が間違ってるの?
いや、飛んでくれたらきっと分かるはず
プンプン
この空の世界に来たらきっと分かるんだから
プンプンプン

私は間違ってない
プン

おわり

どうだろうか
いや、キャラ設定の事は聞いてない

わたしには、どちらの気持ちもよく分かる

しかし、どちらが正しいかというのは
不毛に感じる


蝶は、あなた(芋虫)と私は違う(別)のだと
認識しているのだ

足りないな

うん
足りない

出来るか分からないが
分かりやすいように
並行世界パラレルワールドを生み出そう

ワンモアだ


じゃんじゃんいけ

あるところに
蝶と芋虫がいた

蝶は空の世界が素晴らしいと思った
飛べない芋虫に、この空の世界に来て欲しくて
堪らなかった
芋虫は、地上で生きるだけで楽しかった
葉っぱも美味しい

蝶は怒ったが、どうしても
一緒に空を飛んで欲しかった
芋虫君はどうしたら飛んでくれるのだろう
飛びたくなるのだろう

蝶は飛んだ
楽しく飛んだ
空の世界が一番だと
自分が思うほどに楽しく飛んだ

芋虫は自分も飛びたくなった
蝶があんなに楽しそうに飛んでいる
あの空の世界はどんなに素晴らしいのか
オイラも一緒に飛びまわりたい
蝶と一緒に飛びまわりたい

蝶は芋虫のところへ降りてきて
一緒に飛びたいよ、と伝えた
その時、芋虫には空への恐さも無かった
オイラも…
飛びたい

そろそろわたしの領域展開もうそうから
出た方がいい

ハッピーエンドでわたしも満足だ

そして、蝶と芋虫君のグッズ販売は未定だ
出たら買って欲しい

冗談はそのあたりに置いておいて

わたしはいつかマズロー5段階説を書いた時
自分が満たされると次は
相手を満たしたい段階に上がると言った

これは、私が満たしてあげたいという欲
ではなく
あなたが満たされると良いなという愛だと思う
それは
真心なのだ(愛は真ん中に心があるからだ)


つまり、わたしの中で
愛は
伝え方が変わる事で
伝わり方が変わる
(文字にするとそのまんまだ)
まあいい


ところで
わたしは何を伝えたかったのか…
ああ、そうだ
怒り、怒る
そんな感情は無くていいのでは
とわたしは思っていた

しかし、それらは決して悪い事ばかりではなく
わたしにとっては、相手への尊重があるのならば
それは善い事のように思えるのだ

わたしはどちらかというと
後者のストーリーの
世界にいたい

怒りのエネルギーを変換し
相手に注ぐ

熱いお湯を
美味しいお茶に換えるように

愛を伝えるなら
わたしの思う善い世界を
伝えたい

それが、わたしが
伝えてもらった
愛だから

なので今日も
自分なりに楽しく
生きている


最後まで読んで頂いてありがとうございます



あくまでわたしにとっての主観的な記事であり
考えや物事を否定するものではありません、また
表現上、断定したりといった部分がありますが
読み物として楽しんで頂けたら幸いです

ほっこりした絵で
この記事にもほっこり感をもたらしてくれます
アトリエ地球様、ありがとうございます


この機会に
前巻を読み直してみて

わたしが書いたのだろうかと思った
(書き方が違うので)
わたしが思うくらいだ
読んだ方もそう思うだろう
けれども、どちらもわたしなのだ
いつかまた、その話も書きたい

前巻はこちらです


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