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人手不足はどこに向かうのか

風の時代や変化の時代と言われる昨今

人手不足は深刻だ
それに伴い、一人一人に求められる能力も
どんどん高まっているように感じる

今回は、そんな個人の能力の中でも
はやさについて書いていきたい

わたしが書く記事では珍しいジャンルだと思う
前回はファンタジー寄りだったので
現実的な記事も書くと
振り幅が大きくなって
読む方は、まるで遊園地の
スーパーバイキングに乗ってるような気持ちに
ならない
うん
ならないな

まあいい

何だったか
秒で忘れる
そうだ、はやさだ
はやさには、速さも早さもある

わたしが見習いの時は
はやくはやくと、はやし立てられて
スピードの向こう側を目指したが

お客様が速さを求める事はあまり多くない
急いでる方なら、また話は変わるが

サービス業ならば、急いでる感を与える事で
あまり良い印象を与えない
可能性が出てくる

サービスの提供が早いのは喜ばれるが
サービスを急いで提供されるのは
ある一定のラインを越えた所で
頑張ってらっしゃるな〜という
良いイメージから
労働環境が悪いのではないか?
という、あまり良くない企業イメージに
なりかねない

わたしが、教える立場になった時
こんな事があった

後輩の男性だ
Bさんとしよう
Bさんに、技術スピードを求めた
というのも今の技術にかけている時間では
時間がかかりすぎて
お客様の不満に繫がりかねない

わたしは、業務上早く終わってほしかった
のだが

Bさんは、速さを求めた
彼への伝え方を間違えた、わたしの失態だ
Bさんは急いだのだ
しかし、終わる時間はあまり変わらない

不思議に思うだろう
急いでいるのに、時間は変わらない

けれども、車を運転される方なら
分かるかもしれない

後ろから、急いで追い抜いていったあの車
3つ先の信号でその車の後ろに並ぶ
わたしまでその車の方が時間に間に合うのか
やきもきする

2〜3分でも速く行きたい
その気持ちはよくわかるが
急いでも、あまり時間は変わらない

Bさんもそうだ、1〜2分は早くなったが
今でも早送りのような体の動き
これ以上の速さは、もはや4倍速
色んな意味で見ていられなくなる

わたしはBさんに、時間の方を意識してほしいと
伝えた

Bさんは、時間を意識してくれた
この時間に収まるようにするには
全体の時間を分割して
ここまでが何分ここまでが何分
そして、どうすれば
その時間内に終わるかを考えていた

ある時Bさんを見ていると
まるで動きが違う
一つ一つの動きが確実に工程を終わらせ
次へ次へと進んでいく
体は、動きは、急いでいない
だが、早いのだ
時間内に終わっている

良い、良いぞBさん

この記事を読む方には
仕事にスピードを求められない方も
おられるだろう
敬語が分からなくなった

いらっしゃるかもしれない

なので、補足しておきたい

たとえば
キャベツを千切りにする仕事だとして
スタン、スタン、スタッン
と後輩が切っていたとする
時間がかかっているので
はやくしてほしいと伝える

後輩が速く切らなきゃいけないんだ、と急ぐ
スタン、スタッ、スタタン、スタタン、スタッン
と急いで切るが、綺麗に切れていない
むしろ、リズムが悪いし、力が入りすぎて
さっきまでの方が良かったのではと
思ってしまう、指も切りそうだ

そこで
時間を短縮してもらえれば良いと伝える
すると
すぐに早くなるわけではない
が、どうしたら時間が短縮されるのかと
いう方向に進み出す

立ち位置を変えるのか
姿勢を変えるのか
キャベツの持ち方か
包丁の持ち方か
まな板で包丁の刃が潰れるのを防いで
切れ味を保つのか

どう変わっていくかは
分からないが
進む方向が分かれば
早くなっていくものだと思う

スタタタタタタタタンと
熟練者が速く切るのを見れば
体を速く動かさなければと
思ってしまうが

早く切るには、を進んで行った先に
その動きになるのであって
いきなりその動きをする、というのは
難しいだろう

速く走ろうとしてカールルイス選手や
ウサインボルト選手の動きをトレースしても
コケる
わたしなら足がもつれてコケる
踊りながら地面に
スローモーションで倒れていく
想像に難くない

かといって速さが必要でないかと
言われると、そうではない
速さが無ければ、早くは終わらない

言い換えれば
早く終わる為に、速さが必要に
なってくるのだ

まるで、ジェットコースターのようにな

分かる
分かるよ

上手く例えられたようでいて
かつ面白くもなく
どこかズレている感がある

絶妙なスベり具合だ

これはこれで芸術的なので
そっと、そのままにしておこう

人手が減ってくると
今いる人数で日々の業務をこなしてくれと
会社は求めてくるだろう
個人の能力は少なからず高まる

しかし、以前の記事にあるように
人間は集まった時の力を用いて
生き抜いてきた

個人の能力が高まれば
1人で狩りに出かける人も出てくる

集合体としての会社が
何でも出来る個人を生み出し
離散していく
そんな、ジレンマを抱えているように思う


冒頭に書いたが
変化の時代だと思う
中央集権型から分散型の社会へ
徐々に変化している

いつかの記事で書いたが
人はバラバラになっても
また集まるのかもしれない

人間は集まるように出来ている
そんな風に感じる

尖った爪も鋭い牙も持たないのだ

自然の中では1人で生きていくのには
向いていないだろう

個人個人がまわりを見なくなると
やがて対立が起きてくる
そんなふうにしてバラバラになると
今度集まる時は
協力して生きる生き物としての
集まり方に変わってくるかもしれない
人間は学習する生き物だからだ
そんな時代にわたしは今、生きているのでは
ないだろうか

能力が高まる事は悪い事ではないだろう
そうした
個人の力が集まる



力が合わさる事は
協力という字に現れている

良かった

少し良い事を言えたかもしれない

人間は協力してどんな世界を
作っていくのだろうか
人間であるわたしが分からないのは
実に滑稽だが
わたしは、協力し合うという時点で
善い世界に向かう可能性の方が高いだろうと

今日も言葉遊びの末に
ポジティブシンキングしている

最後まで読んで頂きありがとうございます


どこかへ向かっている
そして
遊園地(観覧車)が見える
イメージがピッタリに感じたので
使わせて頂きました
前向きさを感じる画像です
chibi太様、ありがとうございます


自分には何の力もない
そうなふうに思われる方もいるだろうか
この記事だけだと説明が足りないが
人と比べて、というわけではなく
存在そのものが力だと
わたしは思っている

ミツバチの集団でも
個々の働きは、わたしには分からない
ただ、沢山のミツバチを見ると
その集団は沢山のハチミツを
作るだろう
協力したいという気持ちが
すでに力なのではないだろうか

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