わたしは何がしたいのか外伝
子供の頃頃、外伝という文字に深く
惹きつけられた事がある
まさか自分が使う日が来るとは思わなかった
これから色んな記事の外伝を
書いてしまうかもしれない
では本編編だ
人の不幸は蜜の味というが
集団生活を重んじる日本においては
やはり歓迎されないだろう
しかしながらエンターテインメントの世界では
善悪に分けて勧善懲悪の形をとったものが
ウケたりする
悪いものが成敗されればスッキリする
というものだ
これは個々人の性格によるものでなく
脳の性質によるものであると
何かで読んだ事がある
シャーデンフロイデ
以前少し書いた、集団が壊されるのは
その集団にとって困る事である
集団でなくなるのだから
そうだろう
集団が壊されるのは外的要因よりも
内的要因の方が強い
むしろ、無理に外から壊そうとすると
結束が強まり壊れにくくなるだろう
反対に内側からとなると、脆くなる
あの人は味方なの敵なの
嘘をついているのついていないの
本当は、どっちなの?
どうだろうか
いや、わたしの女性言葉の事は聞いてない
そうなった集団は脆いという事が
お分かり頂けるだろうか
例えば、狩猟採集の時代
働きものばかりの集団があったとする
そこに1人の流れ者が着く
最初は良かった
皆が受け入れ、共に生活していこう
となった
しかし、その流れ者は温和で狩りが苦手
その集団の目から見ると怠け者で
皆がとってきた食べ物を食べるだけ
という楽な生活をしていた
その状態が長らく続くと
1人、また1人と、集団の中にいた人が
だんだんと働く事を
バカらしく思うようになってきていた
集団のリーダーは決断した
あの怠け者を追い出さなければ
この集団は壊れてしまう
怠け者は追い出され
流れ者に戻ってしまった
ある日、集団の一行が狩りに行く途中
いつかの流れ者が空腹で苦しんでいるのを
見かける
集団は流れ者に対して
こう言い放った
そら見たことか
働かないからこうなるのだ
と
そうだ
私達が正しいのだ
と
これがシャーデンフロイデと
呼ばれるものだろう
集団として正しい事だと思う
あのまま怠け者を放置していれば
ともすれば、集団の大多数が
働かなくなるようになり
全員が危険になる可能性がある
人間には
集団から逸脱するものを早期に見極める
機能がついているのだ
そして、それが脳の中で良い事として
処理されなければならない
つまり快を感じるように
出来ている
(不快に感じるのなら、その機能は働かないからだ)
人間がこの地球上で生き残ってきたのは
集団としての強さがあるからだろう
それは、見方を変えれば
集団が壊れる事の不安や恐さを生む
集団でなければマンモスには勝てない
わたしは1人でイノシシを狩れる自信はない
どうやって生きよう
つまり、死活問題だからだ
集団に合わない人は排除される
排除された人が苦しむのは
排除した集団側の正当性を示す
人の不幸は蜜の味
シャーデンフロイデはこうして起こる
という事を、わたしは学んだ
が、これも自信はない
間違っているかもしれないので
興味がある方は調べる事をおすすめする
では、これを現代社会に当てはめてみると
どうなるだろう
いじめも、戦争も、作為的に仕組まれて
いるかどうかは置いておいて
対立が引き起こしている
そしてそれは、善悪で見ると終わる事がない
分けるという事は対立と繋がるからだ
しかし、先に述べたように
集団としての正しさを通さないと
集団の崩壊に繋がるかもしれない
悩ましいところだ
壊れるという事は固まっているから
そもそも集団とは、個の集まりだ
個が集まったものが集団なのだ
同じか、まあいい
なので、集団というのは本来変化して
いくものであると思う
固定して存在するものでなく
流動性があり固まらないものだろう
それはまるでスイミーのようだと感じたの
はわたしだけだろうか
もしも先の集団が
一日一日、狩りをする有志だけが集まる集団ならば
怠け者は追い出されなかっただろうし
そもそも、その集団に属さないということになる
が、それは集団としての効率が悪いだろう
決まっていないと、集まらない可能性があるからだ
しかし、集団がひとかたまりの個のように
なってしまうと
その集団は壊れるのが恐くなる
これは、潜在的に恐いから集団を作ってるとも
いえるので、ある意味ジレンマを抱えている
こういった視点から見ると
対立してしまうのは
恐さがあるからだと感じる
下巻の中でマズローの欲求5段階説は
段階が上がるにつれ安心に繋がると
後書きに書いた
5段階と6段階というのは
自己というものと他者というものを
認識している
という事は集団の中にあっても
あり方が変わってくる
個としてその集団の一部に属している
のである
なので、そういった人は集団に入る
というよりは
集団を形作っている1人、という事だ
ニュアンスが伝わるだろうか
心から安心している1人1人が集まった
社会は平和だろう
なので、いじめや戦争のない
尊重し合う平和な世界を望むには
個々人が、こうした安心した
状態である事が大切に思えてくる
と言っても、現在進行形で対立は
あちこちで起こっていると思う
対立の中で生きるのはもちろん恐い
この対立する世の中で
無理だ
対立に対立するのは恐い
とわたしは思っているし
それはわたしのしたい事ではない
ちなみに、わたしが恐がりビビりなのは
過去の記事が物語っている
そんなわたしがここで書いてきたものは
恐さに立ち向かうという事ではない
自分を変える必要も、変わる必要もない
大切なのは
自分を満たす事だ
とわたしは思う
自分が楽しく満たされて生きている事が
まわりの人に安心を与え
その安心は伝わって広がっていく
それが
認め合う世の中に
変わっていくのではないかと
わたしは思っている
そこに
対立という文字は
見えないからだ
個人個人が満たされて
その満たされた個々人が集まる事で
平和な和(集団)が作られていく
また、和の国と呼ばれる日がくるだろうか
よそう
自分の心が満たされていれば良い
集まった形が集団だと
書いたばかりだ
わたしはバカなのかもしれない
この記事を書くわたしは
面白くて楽しくてほのぼのした
内容の記事を書くべきだろうか
いや、何で満たされるかは
人それぞれだ
わたしは真面目よりな文章も好きなのだ
色んな事を書いていこう
読みたい事を書いていこう
そうだそれでいこう
じゃんじゃんいけ
それがわたしがしたい事だ
・・・
…
無理矢理タイトルに繋げた感があるが
ご明察だ
外伝を出したいという気持ちが
先行してしまった
それも、したい事なのだ
最後まで読んで頂きありがとうございます
表現上、断定した言葉使いの部分が
あるかもしれません
また、集団や個人のあり方を
否定するものでもありません
読み物として楽しんで頂けたら幸いです
上巻、下巻、外伝と広げてしまった
次書く時は外外伝になりそうだ
いや、もしくは外伝〜どんぐりの編纂〜
かもしれないな
ああそうだ、あの流れ者は
また別の集団に受け入れられた
その集団は生き物を飼って増やして
いきたいらしい、温和な流れ者には
ピッタリの居場所になりそうだ
沢山の笑顔が
この記事を明るくしてくれます
優谷美和様、ありがとうございます
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