白銀の騎士(1)第1話 プロローグ~act.1
プロローグ
閃光と、轟音。
それすら感じられないほど激烈な、体がシートに叩きつけられる衝撃。
ピッ、ピッ、ピッ。真っ暗な視界の左上、緑色のインジケーターが3度点滅する。
『Are you OK?』
合成音声と目の前の赤文字で訊かれた同じ質問に、イエスのボタンを押したのかどうか、コウは覚えていない。
だが、たぶん押したのだろう。
『緊急制御、解除。レスキューモードに戻ります』
ヘルムモニター(ヘルメット型・立体映像音声感受装置)の中央に赤文字が表示され、真っ暗だった視界が徐々に回復する。
メイン実験制御室の様子は変わり果てていた。核シェルター並みの強度を誇る白壁がざっくりと抉られ、陽炎に揺らめいている。
「かあ…さん…」
コウは目を凝らしてレスキューモードの映像を見た。舐めるように、何度も見た。
けれど、生存の可能性を示す光点は、ひとつも見つけることができなかった。
「う、嘘だろ…。こんな…」
全身が熱く、肩が震える。視界が何度も、ぼやけて揺らいだ。
『注意:BN(ベーヌ)2機がこちらへ向かっています。敵味方、いまだ不明。体勢を整えてください』
画面左下に立ち上がったレイヤーに大きな赤文字が点滅する。
わずかに遅れて流れ出した合成音声に、コウは怒鳴った。
「うるさいんだよ…もう…。いいかげん黙れよ、機械のくせに!」
怒鳴りながら、指はコンソールパネルのキーを確実に叩いている。
音声ガイド、オフ。
セーフティモード、解除。
モード変更、レスキューからファイトへ。
白いドーム天井の大穴に黒い影が近づくのを見計らって、コウは機体をジャンプさせる。
「うおおおおおおおおおっ!!!!!!」
次の一瞬、出力最大のレーザーナイフが正確に"BN"…『黒騎士』の胸部にある操縦席を貫いていた。
それは、コウが初めて「人を殺した」瞬間だった。
1.自由都市(フリーダムシティ) act.1
遡ること16時間前―――
「コウ、おはよう」
髪をなびかせた少女が、見晴らしのいい土手道を自転車で走る。
前方に幼なじみの少年を見つけて声を掛けたのだが、コウは不機嫌そうだった。
「なんだ、フィーか」
軽く走りながらコウは言った。
「なんだはないでしょ、挨拶くらいするのが普通よ」
コウは、どうもこの隣に住む同い年の少女が苦手だ。
ハイスクールにもなると異性を意識して当たり前なのだが、フィーは小学生の頃と同じようにコウに接してきて、口げんかをし、姉のように世話を焼きたがる。
コウは口げんかでは絶対に彼女に勝てないことがわかっているので、仕方なく応えた。
「…おはよう、フィー」
空は抜けるほど青く晴れ渡っているが、2人とも吐く息が白い。
ちらほら見える人々も、皆、冬の装いをしている。
「今日も寒いわね。もう5月なのに」
「仕方ないさ、戦争中なんだから」
「戦時下特別エネルギー統制令っていう、あれでしょ。それにしたって、この寒さが半年も続くなんて…。こんなによく晴れているのにね」
「あの空なんて、ドームの内側のスクリーンに映ってるニセモノじゃないか。ずーっと夜のまんまより、ちょっとはマシって程度じゃないかな」
「そりゃ、そうかもしれないけど…」
フィーは、なぜコウの機嫌がわるいのか、よくわからない。
「…それより、フィー」
「なに、コウ?」
「君の家…メイルさんちは、いつ疎開するの?」
「来週からの臨時シャトルの順番待ち。お父さんの仕事が一段落したから」
「そうか、オレのところはまだ…。何か急ぎの大きなプロジェクトがあるらしくってさ。 二人とも帰らない日もあるし、これじゃ、ろくに話もできないよな」
コウは軽く走りながら息切れひとつしていない。日常的にスポーツなどで体を鍛えている方なのだろう。
「ひょっとして…。聞いてないの?」
「なにが?」
「コウだけ先に、私たちと一緒に疎開するって話。もちろん、コウが良ければだけど」
「な、何だよそれ!?」
コウがいきなり立ち止まったので、フィーは少し先で自転車を止めた。
すぐに、コウはスピードを上げてその横を駆け抜けた。フィーも後を追う。
「今のこと、スクールで誰にも言うなよ」
「当たり前でしょ。あたしだって、妙な噂になりたくないもの」
コウはさらに足を速めながら叫ぶ。
「もう、ついて来るなよ」
フィーは自転車を止めて叫び返した。
「今日の晩ごはん、ウチで食べるんでしょう?」
ああ、と振り返りもせずに答え、遠ざかるコウの背中を見ながら、フィーは溜息をついた。
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