見出し画像

大津から神戸へ移動、兵庫県立美術館【パウル・クレー展】

今回の旅程のメイン(いくつあるんた?!)のひとつである、兵庫県立美術館【パウル・
クレー展】がありました。そして34年ぶりの三ノ宮来訪(高校の修学旅行の時に来ました)

大津駅から三ノ宮駅まで移動

朝起きて雨が降ってる中、ホテルから駅へ。小雨だし、7分くらいだから大したことはなくてよかった。

旅行前の雨予報は3泊4日のうちの1日目だけ晴れ予報で、後は全部雨マークだったのです。寒さ対策やら雨対策の荷物たくさん持ってきたのに、使ったのは最後の日のこのホテルから大津駅までだけでした。後雨全く降らなかった…ありがたい。雨って結構しんどいですもの。

(この時の台湾はかなり雨降りでした…ダイソーの雨用靴カバーちょい高いけどおすすめ!結構な回数使えるし薄くて軽いので持ち歩きやすい。)

三宮に着いたら即スーツケースコインロッカーへ。

大津から神戸まで一本なのですが長く乗るので大津から京都あたりはすぐだし京都でかなり降りるのですが、まだどっさり乗ってきて京都大阪(新大阪だったかな?)あたりが通勤ラッシュ。40分くらい立ちっぱなしでした。これは結構辛かった。途中で座ったんだけど荷物あるからボックス席で(中距離線だから)荷物持ってる人には地獄の線。小さいスーツケースで移動してたので網棚に載せればよかったけどなんかそういう雰囲気でもないし…とにかくつらかった笑

旅の醍醐味、モーニング!

7:30に三宮ついたら腹ペコだったので、モーニングを探しました。喫茶店のモーニング利用って大人になったご褒美みたいな気持ちになります.

まー朝早いから目をつけていたところは空いてない。だいたいオープン自体が9時前後からとかそういうのが主流でした。

200円くらい追加でこのサンドイッチ食べれた。京都とは違う塩とダシが効いたサンドイッチで美味しかったです。

ここ、7時から空いていて、モーニングやっていて1人でも入りやすく、モーニングの種類が何種類かあり、コーヒーも美味しくて私の価値観ではポイント高かったです。あと、出てくるの早い!席はすぐ満席になりましたが、回転も早いので、しばらく待ってると座れると思います。私みたいにのんびりしてる人もいて居心地が良かったです。


バスに乗って街並みを眺める

かなりのんびりしましたがそんなに居座れないので、8:30くらいに動き始めてあちこちウロウロしました。三ノ宮はいろんな路線が通っていて神戸の中ではとても便利。でも、微妙に駅が近くないのでどこでどの路線に乗るか決めてそこに向かう路線の駅に行くのは慣れてないとオロオロします。

兵庫県立美術館に行きたい私はウロウロして駅の場所をチェックしたり、新神戸行きの駅の場所を確認したりして三ノ宮の地理感を把握。

美術館は電車だと神戸三宮駅から阪急本線に乗って岩屋駅で降りて600m(9分)歩く。多分これが1番近いのだけど美術館は10時オープンなのでまだ早い。

結局バス乗りました。30分かかるし、ぐるっと回るので景色を楽しめるかなーと。29系統というバスで灘の浜西というところに行きました。

神戸だけど
万博の宣伝、みゃくみゃく!

バスはあんまり人が乗っていなくて快適でした。
美術館の前に着くし、迷い用がないです。   

安藤忠雄設計の美術館

この美術館、安藤忠雄作なのでインバウンドの人がたくさん写真撮ってました。かなり早くついてしまったのでまず建物探検。

かわちいカエル
またみゃくみゃくお会いしましたね
ここでみなさん写真撮ってた。
入場しなくても建物が楽しめる作り。
巨大なリンゴとかオブジェで置いてあります。
なんか立ってる?
なんか言葉通じなそうな破壊神みたいなのいました。
手のひらに物騒なエネルギーを掲げてるように見える…
ひたすら階段、階段美とかなのか?
カエルがいる正面

パウル・クレー展

わたし抽象画はさっぱりわからないのですが、パウルクレーだけ、色味が好きなのです。あとカンディンスキーが設立した青い騎士の活動にも興味あります。

“この年鑑誌は、芸術家が執筆した記事によって構成され、文学や音楽はもちろん、ヨーロッパの外の世界の芸術や、民衆や子どもの芸術をも含めた、あらゆる芸術を横断的に紹介するものとして、1911年6月にカンディンスキーによって構想された。青騎士編集部による2回の展覧会をはさんだ翌年の5月、年端誌は当初の構想どおりに、さまざまな芸術家たちを巻き込んで発行された。そこには、編集者であるカンディンスキーとマルクのほか、画家アウグスト・マック、ダヴィット・ブルリューク、音楽家アルノルト・シェーンベルクらの論考が掲載され、クレーは彼の線描画(石エI1)の図版を提供している。”

ヴァシリー・カンディンスキー/フランツ・マルク(編集)
年鑑誌『青騎士』1912年

ChatGPT曰く
“「青騎士(Der Blaue Reiter)」は、20世紀初頭にドイツで誕生した前衛芸術運動で、表現主義の一派に属します。この運動は、パウル・クレーやワシリー・カンディンスキーを中心に展開され、美術だけでなく音楽や哲学とも密接に関わりながら、抽象表現や精神性を重視した革新的な芸術を目指しました。

• 「青」:精神性、内的な真理を象徴する色(カンディンスキーにとって)
• 「騎士」:理想に向かって戦う者、精神の探求者の象徴”


何言ってるかさっぱりわかりませんが、たしか写実主義(目で見たものを精巧に描く絵)ではなく、自分の精神世界を描いたもの、気持ちを抽象的に絵にしたものって感じでしょうか??

パウル・クレーの絵はひたすらカワイイです。色合いが可愛いのですよ!見た目が好きなので、あまり思想とか知りませんでしたが前回竹橋の国立現代美術館の展示を見て、青い騎士の思想も面白いなーと思ったのです

今回の展示はほとんど撮影可能でした。絵の説明の興味深いと思ったところは撮影しましたので文も貼っておきます。

【日傘のあるヒエログリフ】
“戦時中、クレーは文字とイメージのあいだを横断するような表現を試み始める。この作品では、その関心が古代エジプトのヒエログリフへと向けられている。ヒエログリフもまた漢字と同様に表語文字に分類され、慣習性に基づいて音や意味を指示する。
ただ、ヒエログリフはしばしばその起源であるところのイメージの形を明確に引き継いでおり、少なくともそれを「読む」ことのできない者に対して、それは文字でありながらイメージのように振る舞う。クレーは言語的な論理に代わる視覚的な論理を構築するために、ヒエログリフが鍵となると考えたのかもしれない。”
【パウル・クレー周辺に】
中央にある太陽の光を浴びて、画面をぐるりと一周する大地にさまざまな植物が根づいている。それらは特定の種の植物というよりも、光合成、養分の吸収、生長、そして交配といった、植物の生理学的な機能を示す典型的な形態を表している。太陽から降り注ぐ物理的な力を生命的な力へと変換して、空へ向かって生長する植物の姿が、ロマンティックに表されているのだ。また、この作品は、植物が群れる地上的な領域と、太陽が存在する天上的な領域とのあいだの隔たりをも主題としていよう。唯一の動物として描かれた鳥は、太陽を目指して空へ明ばたくことができるがゆえに、地上的な領域と天上的な領域を行き来する芸術家の隠喩となる。
これはパウルクレーじゃなかったのですが惹かれました。
“リオネル・ファイニンガー【海辺の夕暮】"
ファイニンガーはバウハウスに着任して5年後の1924年から、夏の時期をバルト海沿岸の小村で過ごし、静かな海景をスケッチしている。この作品は、おそらくそれらのスケッチから着想を得たもので、海景は夕暮れの太陽の光を屈折させて輝く、結晶のような姿をしている。ファイニンガーは「眼に見えるものが絵画となるためには、変形と結晶化のプロセスを経なければならない」と考えていた。一方、クレーは第一次世界大戦中に、戦争の恐怖のただなかで抽象へと向かわざるを得ない自らの存在を結晶になぞらえていた。二人にとって結晶は、新たな造形原理を予告する道標であったのだろう。
多分同じリオネル・ファイニンガー
パウル・クレー 【蛾の踊り】
“暗から明への段階的な移行が垂直・水平方”
向に重ね合わされて、白く塗り残された上下2つの中心には、光のエネルギーが集束している。クレーはそこに、天を仰ぎ見ながら上昇してゆこうとする、女性に擬人化された蛾の姿を重ねている。この作品は、心理学者のユングが著書に引用した統合失調症の女性による詩「太陽に向かう蛾」に着想を得たものかもしれない。そこには次のようにある。「ただ、あなたの栄光に近づくために。そうして、恍惚のなかひと目見ることができたのなら、私は満足して死ぬことができる。」色彩の段階的な移行が構成する十字架は、間もなく訪れる死を暗示しているのだろう。”
蛾の踊りの説明が面白かったので。こんなに考えられて描かれてるのかとびっくりした。クレーは結構緻密に計算して色やモチーフを配置しているようです。
【殉教者の頭部】
ナチズムからの攻撃が急速に強まり、故郷のベルンへの亡命を余儀なくされた 1933年には、数多くの肖像画が描かれた。この作品をはじめとして、それらの肖像画はしばしばナチズムに苦しめられた人々、とりわけクレー自身の姿を連想させる。ただ、クレーは「反ファシストの芸術などというものはない。あるのは芸術だけだ」と考えていた。ごつごつと荒れた肌と、ほとんど抜け落ちてしまった歯は、「殉教者」に与えられた試練の大きさを物語っているが、一方で、その顔貌表現に喜劇的な要素があるのは、ナチズムの絶対主義に対するアンチテーゼとしての相対主義の表明なのかもしれない。
【恐怖の発作Ⅲ】
身体をバラバラに分割され、口と目を大き
<開いて叫ぶ人物が、暗い背景から浮かび上がってくる。自己免疫疾患の症状があらわれた1935年の夏以降の作品には、クレー自身の身体的苦痛や、死に対する恐怖の反映とも解釈できる表現を認めることができる。とはいえ、これらは単なる苦痛の表明ではなさそうだ。クレーは分割された身体の諸部分に、単位としての完結性を与え、それを記号化する。そして記号化された身体の諸部分を、まるで単語が文章をなすように自由に組み替えながら構成していく。ここには、晩年のクレーが抱いた記号的な表現への関心を認めることができる。

パウル・クレーは感性に任せて適当に描いてそうですが緻密に何をどこに配置するか細かく大きさや場所を決め下書きを書きそれをキャンバスに慎重に書き写していたみたいで、それが今回の驚きでした。クレーの絵は絵の具の塗り方とかも好みなのですが、これも計算のうちかと思うとすごいセンスだなーと思います。思想を伝えるための看板として絵を使うだけではなくて、美を兼ね備えてる気がしますね。

カンディンスキーは抽象画というスタイルを描き始めた人ということで有名ですが私はあまり好みではないです(文とか思想のが好き)。クレーは青の騎士に後から参加してますけど、クレーのが有名なのはあの作品作りの丁寧さと構想を緻密さだと思うのですよね。色が美しいのも美しく見えるようにしてるのかもしれません。

かなり人がいなくて(朝一だから)ゆっくりと鑑賞できました。じっくり堪能してみれるのも地方に絵を見にわざわざくる利点です。東京はもう芋洗い状態になりますから…絵を見る前に疲弊する…

もう兵庫県立美術館の回は終わってしまってますが次は静岡でやります。

興味のある方は行ってみてください。

ヒルマ・アフ・クリント展

私はこの後東京に帰ってきて5月13日くらいかな、カンディンスキーより先に抽象画を描いたヒルマ・アフ・クリント展もみました。ダイナミックなものと、心象を絵に描くという迫力はアフ・クリントすごかったです!

言葉で説明しても本物を見ないと全くわからない絵とはこの人の絵だと思います。熱量がすごい。

東京都美術館にて、岡崎乾二郎さんの展示もやってるので今年は抽象画がたくさん見れる年だなと思いました。なんらかの美術館連合がタイアップして、一斉に仕掛けてるのかしら…

いいなと思ったら応援しよう!