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ちゃんとできない大人に、ちゃんと届きますように。

vol.1:私、カッコつけて疲れました。

私は昔から、ちょっと見栄っ張りなところがありました。
できないことを「できない」って言えなくて、無理して頑張ってしまうタイプ。
それがなんだかカッコいいような気もしていたし、「できない自分」が許せなかったのかもしれません。

でも、そんな生き方って、正直、しんどいですよね。

思い返せば、私が子どもの頃、母は専業主婦でした。
けれど、同居していた曽祖母が認知症になり、父は脱サラして起業。母もその手伝いでてんてこ舞い。
そんな中で、子育てに細かく手をかける余裕はなかったのだと思います。

母はもともと放任主義で、あまり子どもに干渉しないタイプ。
「宿題を見てくれる」なんてことは一度もなかったし、ピアノを習ったときも、私は行きたくなくてトイレにこもって抵抗していたら、1年であっさりやめさせてくれました(笑)。
それ以来、何かを無理にやらされることもなく、私は毎日友達と外を駆け回り、好き放題、のびのび育ちました。

その反面、自分のことは自分でするのが当たり前。
誰かに丁寧に教わるという経験も少なかったので、私は“何となく見よう見まねで覚える”のが普通になっていました。

気づけば、私は「人に頼る」ことがとても苦手な人間になっていました。
「聞いたら迷惑かな」とか、「そんなことも知らないの?」って思われたくない気持ちが先に立って、分からないことがあっても誰かに聞けない。
新入社員の頃も、先輩に質問できず、自分でなんとかしようと頑張って時間ばかりかかり、結局迷惑をかけてしまったことも。

「人に聞くのは恥ずかしい」
「できない自分はカッコ悪い」
そんな思い込みを、いつの間にか強く抱えてしまっていたんです。

でも、あるとき先輩に言われました。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だよ」

…その言葉が、すごく胸に刺さりました。

そこから少しずつ、「わからないことは聞いていい」「助けてもらっていいんだ」と思えるようになってきました。
最初は勇気がいったけれど、意外とみんな、快く教えてくれたり助けてくれたりするんですよね。
むしろ「もっと早く言ってくれたらよかったのに」なんて言われたりして。

「ちゃんとできない」ことを、隠さなくてもいい。
不器用なままでも、「私らしく」いられるならそれでいい。
そう思えるようになって、心が少しラクになりました。

完璧じゃないけど、ちゃんと「私なりに」生きてる。過去の私に伝えたい。

これからも気づいたことや、笑っちゃうような日常のひとコマを書いていきます。

もしよかったら、またのぞきに来てください。
そして、同じように「ちゃんとできない自分」にモヤモヤしている誰かに、少しでも届いたら嬉しいです。

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