「ちょっと修正」が会社を潰す? IT受託の社長が直視すべき、チャット発注の罠と取適法の真実
はじめに
「この画面、少しだけ直しておいて」
「ついでにデータの移行もお願い」
IT受託の現場では、こうした日常的なやり取りから追加作業が生まれます。顧客との関係を壊したくない、納期を遅らせたくない。
そんな思いから現場のエンジニアやPMが「善意」で対応を急ぐ。
これは一見、顧客想いの良い動きに見えます。
しかし、経営者としてこの光景を放置するのは、極めて危険です。
なぜなら、その善意の裏で、顧客への請求は決まっていないのに、外注費だけが確実に発生し始めているからです。
2026年1月に施行された「取適法」は、まさにこのIT受託特有の「曖昧さ」にメスを入れる法律です。
今こそ、現場の動きと経営の数字を一本の線に繋ぎ直すチャンスです。
1. チャットの「とりあえず」が利益を削り取る
今の開発現場は、SlackやTeams、Chatworkといったチャットツールなしでは回りません。
記録が残るため安心だと思われがちですが、実はここに落とし穴があります。
「工数は後で相談しましょう」
「納期が迫っているので、先に着手してください」
こうした曖昧なメッセージで外注先へ指示を出すことは、代金も支払時期も決まっていないのに、仕事をさせている状態です。
後から届く外注先からの請求書を見て「そこまで費用がかかるとは思っていなかった」と驚くのは、発注時に決めるべきことを後回しにした結果に他なりません。
公正取引委員会の調査でも、こうした口頭やチャットによる「不適切な発注」が厳しく指摘され始めています。
2. 外注費が増えた原因は「単価」ではない
月次の数字を見て「外注費が予定より多いな。単価の安い委託先を探そうか」と考えるのは、まだ早すぎます。
当初の見積もりにない作業が、現場判断で外注先へ流れていないか?
顧客への追加請求が、外注先への追加発注とセットで行われているか?
そもそも、誰がその追加発注を承認したのか?
外注費が増えたという数字は、単なる「結果」です。
その前段階にある「発注・承認・仕様変更」という社内のルールが崩れていることこそが、真の原因かもしれません。
3. 「発注権限」の境界線を引く
すべてを社長が承認していては案件が止まり、すべてを現場に任せれば利益が守れません。
大切なのは、現場が迷わず、かつ経営がコントロールを失わないための「権限の整理」です。
数時間以内の軽微な修正は、PMが判断する。
一定額を超える外注や、納期が変わる場合は、経営者が確認する。
「顧客の承認がない追加作業は、原則として外注先へ発注しない」。
こうした実務的なルールがあって初めて、契約書の「仕様変更は協議のうえ決定する」という一文が、会社を守る仕組みとして機能し始めます。
4. まず確認したい「5つの疑問」
もし、追加作業による赤字や外注費の膨らみに違和感があるなら、まず社内で次の5点について確認してみてください。
顧客から追加依頼を受ける人は誰か?
その追加料金を決める人は誰か?
外注先へ追加発注できる人は誰か?
顧客の承認前に進められる範囲はどこか?
追加作業の記録を、誰がどこに残すのか?
この答えが人によってバラバラなら、それは外注費の問題ではなく、発注権限の問題です。
結びに:誠実な発注が、強い会社を作る
取適法への対応は、単なる法務の仕事ではありません。
発注内容や金額を明確にすることは、外注先を守るだけでなく、自社の粗利と資金繰りを守ることに直結します。
会社として正式に受けた仕事と、現場の善意で増えた仕事。
その境界線をもう一度引き直してみませんか?
現場が誇りを持って顧客に向き合い、経営者が安心して事業拡大にアクセルを踏める。
そんな健全な受託経営の土台を、今こそ一緒に作っていきましょう。
※本記事は、2026年7月27日時点の公的情報をもとに、IT受託会社の発注管理と経営判断について一般的な考え方を整理したものです。
個別の取引に取適法やフリーランス法が適用されるか、具体的な契約内容が法的に問題となるかは、当事者の条件や委託内容などによって異なります。必要に応じて、公正取引委員会の相談窓口や弁護士等の専門家へご確認ください。
参考にした公的情報
公正取引委員会「中小受託取引適正化法(取適法)関係」
公正取引委員会「中小受託取引適正化法ガイドブック」
中小企業庁「中小受託取引適正化法」
中小企業庁「情報サービス・ソフトウェア産業における中小受託適正取引等の推進のためのガイドライン」
公正取引委員会「広告業における取適法違反被疑事件の集中調査
