【エッセイ】梅雨の代名詞かたつむりとなめくじ
梅雨といえば「あじさい」、そして「かたつむり」。
この中に「なめくじ」がいないのはなぜだろう。
子供のとき誰もが感じた「かたつむり」と「なめくじ」の扱いの差。
殻があるかないかだけなのに。
とにかく嫌われる「なめくじ」。
「なめくじ」は血を吸う訳でも、顔の周りを飛ぶ訳でもない。
田舎の戸建てに住んでいたとき、家の中でしょっちゅう「なめくじ」に出くわした。
そのたびに、塩がたっぷり入った茶色の瓶を台所から持ってきた。
割りばしで「なめくじ」をつかみ、瓶の中に「なめくじ」を入れる。「なめくじ」は塩にふれるとみるみる縮んでいく。
子供のころは、何の疑いもなくこれを日常的に行っていた。
ただ、もし家の中で「かたつむり」に出くわしていたなら、優しく殻をつかんで外の葉っぱの上に乗せただろう。
殻があるだけで、優しくしてもらえる「かたつむり」。
殻がないだけで、嫌われてしまう「なめくじ」。
たった殻ひとつ。
人が「好き」と「嫌い」を分ける境界線は、案外これくらい曖昧なのかもしれない。
