日常と非日常のあわいを旅する作家生活
2025年の春、それまでの生き急ぐ働き方も含め、業界からも足を洗った。
自由だ。
いや、休みを確保しやすいという意味では比較的自由な方だったのだろう。けれど充分な貯金がある訳でもなく常に崖っぷちで、いつでも「I can fly!」できる。足枷はもう無いのだから、少なくとも沈みはしないだろう。
いわば『たゆたえども沈まず』の精神で生きてゆくしかなくなっただけである。
人生半世紀までには、まだ暫く時間がある。
けれど、すでに棺桶に片足を突っ込んでいるのだから、いわゆるBUCKET LIST計画を本格始動する頃合いではなかろうか。
思いつきでリストの一番に記した「犬ぞりで華麗にターンをキメる」にしても、このまま温暖化が進んで地球に雪が降らなくなってしまってからでは趣きに欠ける。それでは「思てたんと違う」になりかねない。
不意にそんな風に思い立ったのだ。
山小屋で執筆する
旅先の地誌や民俗学の探究などため、「各地に拠点が欲しい」と感じ始めたのは2018年頃。温泉宿ではなく、山小屋で小説を執筆したいと思うようになったのは2021年頃である。
それまでに何度か山小屋に泊まり、窓から見える景色や移り変わりの激しい山の天気、ちょっとした本棚に収まる山の本を眺めたり、日々入れ替わる登山客から刺激をもらいながら書くのも良い。一息ついて食事して寝て起きて出発となる行程の中で、後ろ髪を引かれるようにそんなことを考えた。
とはいえ「暫く逗留するのなら、温泉付きの山小屋が良いな」とは思う。

実際にそんなことができるのは、すでに印税生活をしている作家か、潤沢な資産を持つ人か、パトロンの居るアーティストくらいのものだろう。
では山小屋で働きながら合間に何か書くという状況はどうか。それなりに面白いし充実した日々になるだろうけれど、気晴らしに何か仕事でもさせてくれなんて気まぐれな態度じゃあ、何処の山小屋でもお断りというものだ。結局のところ地上で働きながら書くのと何が違うのか、と次第に悩み始めるような本末転倒になりかねない。
そもそも、何もしない膨大な時間と、自然と降ってきたものをその勢いのままに書き尽くせる状況を生み出すこと、そのものに意味を持つ野望なのである。だからお金があれば実現することでは達成感を得られない。
現に『バリ山行』で芥川賞を受賞した松永K三蔵氏が「山小屋で執筆なう」的な投稿をSNSでされているのをお見かけしたし、同じことがしたいと言うのであれば、それは「死ぬまでにやりたい野望」というよりも、単に羨ましいというだけの話である。
「いっそ自分で山小屋を運営すれば良いのではないか」という考えもあるが、それはまた別の物語だ。
各地に拠点を創る
海外にも探究したい場所は山ほどある。
けれど日本ほど国内の地域特性が豊かな国は他にあるだろうか。その意味では日本を探索する面白さは、世界一周とは違った趣があるように思う。
やりたいこと、行きたい場所は星の数ほどあるけれど、その全てを網羅するには人生はあまりに短い。
移動時間や費用を節約し、同時に体力的な負担を減らして、蒐集した資料の整理や執筆に充てるエネルギーを確保するのに最も良い方法は、「各地に拠点を創る」ことくらいしか今のところ思いつかない。
落ち着いて創作活動をするには、気心の知れた空間として自分がその場に馴染むことや、自分でお茶を入れたりささやかな食事を用意したりする時間が必要なのだ。
第一の拠点|生駒山南麓の里
「山小屋で執筆する」という野望は、実はある意味ですでに叶っている。
自分が生まれ育った生駒山南麓の家で物書きをしていれば、ほぼOKだろう。「辺境や高山の山小屋じゃないと」と言った覚えはないので、標高642mの山裾にある一軒家でも構わない。
せいぜい標高150mほどでも、谷に広がる南生駒の街が見えるし、生駒市が「これぞ生駒の街並み」とアピールする山を切り開いて拵えた新興住宅街とは違った暮らしがここにある。
この小さな森に抱かれた里暮らしの環境を失いたくないからこそ、此処を拠点にして書いている。
人生の中でこの地を離れる期間もあったけれど、やはり『還ってくる場所』という帰巣本能のようなものがあるし、今は自由に動き回っている両親も、いずれそうもいかない時が来るのであれば、近くにいた方が安心という現実的な面もある。
何より自分が育った環境であるからこそ、子供時代との比較をしたり、土着の住民と新たに移り住んできた住民それぞれから内外の話、今昔の話を聞くこともできるから、あらためて「暮らしの環境」を見つめ直すのに、これ以上の場所はない。
生駒を中心とした地誌・民俗・環境活動の話題はこちらで
第二の拠点|第二の故郷・南国土佐
学生時代を中心に7年ほど暮らした高知県。
奈良へ還ってきてからも度々訪問しているのは、植物調査などのボランティアに参加したり、土佐の民俗学(主に植物の利活用)や食の豊かさへ興味からである。
友人知人に会うことも勿論あるけれど、みな家族が居るわけだし、できるだけ気兼ねなく長期滞在できる拠点があると良いなあと思ってやまない。
第三の拠点|東北のどこか
西日本を歩き尽くしたということはまるでないけれど、陸路・航路が充実しているので、こちらはまだ行き来がしやすく気持ちのハードルが低い。
だが東北地方の果てしなさは言葉に尽くし難い。
そして魅力的な山も沢山あり、関西の人間からすれば自然環境の豊かさや民俗学的にも未知で魅力的である。今のところ青春18きっぷを利用した途中下車の旅をメインにしか訪問したことがないのだけど、やはり腰を落ち着けてその土地を眺めることができる拠点が欲しい。
第四の拠点|奈良の各地
関西を離れて暮らした期間があること、奈良以外の関西圏内で仕事したことなどから、自ずと奈良を内側からだけでなく外側からも眺める機会に恵まれた。
県外の友人を案内したり、山仲間と一緒に奈良を歩くこともあった。
コロナ禍においてできるだけ引きこもるようにとのお達しから、それまでの執筆に加えて小説を書き始め、県境を越えないようにとの制限下では自ずと奈良をあらためてじっくりと眺めてみることになった。
奈良は広い。
同じ県内とはいえ、現地をじっくりと取材できる拠点が必要だ。
『奈良には何もない』がある
奈良の風光明媚としてあまり知られてはいないだろうけれど、この地で最も美しいのは夕暮れの姿である。寺やら遺跡やら何もないただの道端で、しっとりと闇に溶けゆく奈良の姿を感じることなく喧騒の街へと還ったのであれば、それはまだこの地の浅瀬しか知らないのではないだろうか。
「奈良が好き」とか「奈良派」と言うのであれば、どうせなら布団の中で深夜や早朝の野生動物たちの気配を感じて欲しい。彼らと道端で出会うことがなくとも郷の近くに息づいている。その前提での生活こそが、ホンモノの『奈良暮らし』と言えよう。
私たちと彼らの間には明確な境界があり、それを互いに尊重して共生する都市と暮らしを日本で初めに創り上げた地なのだから、壊さないようにするために、それがどういったものかをあらためて学び直そうと、深く理解しようとしてくれる人にこそ届けばと願うばかりである。
はじめて歩いたロングトレイル上に見つけた拠点
「山登らん?」と誘われて一番初めに歩いたのは奈良の古道『山の辺の道』であった。
ほぼ平坦やないか。
かれこれ十数年前のことで、デジタル写真の画質も随分と歴史を感じるものになりつつある。寺なども巡るうちに次第に斜面になり、今でこそ多少は山を歩くようにはなったけれど、その原点として思い出深い。
またあらためて歩いてみようかと思っていた矢先、その山の辺の道の近く、天理の地に『里山暮らし研究室』なるものが立ち上がるという情報が入ってきた。
古民家のリニューアルに多くの人が参加しながら場を作り上げ、その後、観光のための宿泊地ではなく、里山で暮らしながら探求したい人(二拠点生活や農的暮らし、民族植物学の食養生、執筆活動など)向けの会員制の拠点ができるというではないか!
このクラウドファンディングに参加するならば、古民家再生そのものにも加わりたかったけれど、今年はどうにも時間を確保することができなかった。それに今の私の限られた生活資金の中から、これに投資して果たして一年先まで私は生きていられるだろうか、という現実的な悩みもあった。
ただ、私が暮らす生駒山南麓の『生駒谷の暮らし』と、この山の辺の道あたりの暮らしは似ているのではないか。
例えば、活動報告の一つとしても執筆されたこの記事などから、そんな風に感じることができた。
だったら、奈良の西の端と東の端の里山暮らしを比較してみるのも面白いのではないか。
何より人の暮らしのそばにある「道」にはとても興味がある。その道端にはどんな草が生え、どのような生き物が集まり、そこに暮らす人々は何を見て暮らしているのだろう。

かなりギリギリまで悩み、いよいよ期間終了の三日前。
何度目かのクラファンページの閲覧で、ちょうど「今支援すれば100人目!」という節目に出会った。いっそ「参加するなら今では?」と言われた気がして、情報などをモタモタと入力する。
するとどうだ。
モタモタし過ぎて101人目になってしまったではないか!
よく分からない理由で少し残念に思ったけれど、ちょうど私の支援で目標金額を達成するというタイミングでもあったらしい。
そういう意味では密やかな嬉しみがあった。
こちらのプロジェクトに「土プラン」で参加します!
その後、一日二日の間に、一気に支援者が増えていて驚く。各種SNSに参加表明を流したから、多少は効果があったのだろうか。
今現在で、募集期間は残すところあと9時間。
少し前までは、もしかして目標達成に届かないだろうかと勝手ながらヒヤヒヤとしていたものだ。
興味を持つ人はそれなりにいるが、新しいプロダクトの先行販売やサービスの提供ではなく、この場を育てる「当事者」になるという趣向の真新しさゆえに、イメージしにくかったり、見えないハードルを感じる人も少なくはなかったのかも知れない。
けれど、それこそがこのプロジェクトの魅力だと思う。
無事に自身が支援するに至ってから、よく考えてみれば、この立地ならば自転車でも向かえるのではなかろうかと気づいた。生駒から橿原までなら行ったことがあって、飛鳥・藤原のあたりを散策するにも、自分の自転車を持っていくか乗っていくかと検討していたところだ。
近鉄田原本線の新王寺駅〜西田原本駅までサイクルトレイン(自転車を輪行袋に入れずに、そのまま一緒に乗車できる)が利用できるようだし、天理方面へ向かうルートに組み込めば面白い行程になりそうだ。
これは幸先いいぞ! と夢が膨らんでいる。
さて、一体どんな場所だろう。
そしてどんな暮らしができるだろうか。
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