田んぼとログハウス・モーニング|カワウソ日記07
駐車場に車を置いて外に出ると、田んぼの水面に緩やかな春の風が吹いていた。田植えのシーズンである。
いそいそと道向かいにあるログハウスに向かうと既にいくらか人の気配があって、明るい陽射しと木陰のあるテラス席を横目に店内に入ると、ケーキの入ったショーケースや野菜や果物の陳列棚が出迎えてくれた。

「一人です」と伝えると、艶々とした木の丸テーブルのこじんまりとした席に案内され、赤茶に色付けられた壁を背にして収まりよく座れたのでほっとする。
三角屋根の高い天井のおかげか、ゆったりとしたその空間の柔らかく程よい明るさは、彩光窓とランプの灯りによってもたらされている。
心地良い。
注文を終えたところで、隣席に座っていた壮年の男性が立ち上がった。
「同行二人」
そう記された白装束の背中がその志を物語っている。この地では珍しくない装いながら、道を歩く姿ではなくお店の中で見かけたことについては新鮮だった。
満足感のある朝食をとって、また巡礼の一日が始まるのだろう。

シナモン香るプレート
程なくしてプレートが届いた。早い!
ほぉっと見惚れているとシナモンの香りがふわりと漂い心がほぐれてゆく。モーニングのメニューは一種類だが、トーストのトッピングを「ブルーベリージャム」または「蜂蜜シナモン」から選ぶことができる。

粉チーズを振りかけたベーコンと温玉がドーンと乗っている。レタスベースのサラダボウルにはフジッリパスタが添えられ、赤いインゲン豆とパプリカのトッピングが目にも楽しい。

そして特筆すべきは小さなグラスに注がれた自家製フレッシュドリンク。
素材を尋ねたところ、ほうれん草とパイナップルと豆乳、それに少しきな粉を加えたスムージーだと丁寧に教えてくれた。口当たりが良くてとても美味しかった。空きっ腹の消化にも良さそうだ。

これだけの品目で構成された食事を朝から摂れるなんて感動ものだ、などと蜂蜜とグラノーラが乗ったヨーグルトを掬いながら充実感を噛み締めた。
カトラリーのサイドに添えられた植物もプレートを賑やかにする。
目の前の光景に夢中になって舌鼓を打つうちにどのテーブルにも人が着き、ログハウスの中はいつの間にかヒトの活気に溢れていた。
ささやかな気遣いが敷かれた空間
「マイルドな苦味とコク」とメニューに書き添えられたジャーマンコーヒーはシックなカップに注がれていた。ソーサーには布製コースターが敷かれ、カップをソーサーに戻す時にカチャッと音がしないよう配慮されている。

空間の快適さは人が人に対して細やかな気遣いをすることで形作られているのだなと思った。それを『心』と呼ぶのではないか。
なんて、哲学めいた事をやってみる朝も偶には良い。
活気が生まれる場所
平日だったからかもしれないが、店の中に居るのは私より一回り二回りほど年配の方が殆どで、誰もがもれなく元気そうだった。其処此処に2〜4人グループで座しており、心地よい騒めきに満ちている。
騒がしくはない。身内に関する愚痴や世の中に対する不満といった、不快な旋律も聞こえてこない。朝から顔見知りと会って美味しいご飯でお腹を満たし、暫し歓談する。
一人黙々とPC作業する人なんて居らず、風は凪いでいる。
こんなにも平和な光景があるだろうか。
年配の方が朝から家を出て、アクティブに過ごしているのを見るとホッとする。人口ピラミッドが高齢寄りの膨らみになったって、それが元気な人たちなら別に構わないじゃないか。

一見さんをお断らない動物の不思議
こういった空間は地元住民のための場所だ、と個人的には思っている。
お店の方と顔馴染みになる「常連さん」は大抵が近所にお住まいだろう。そして私のような旅の者は、その日常の片隅に現れる「一見さん」である。
「旅の者を客人として受け入れ、もてなし、見送る」という行為は、おそらく自然界のどの動物にも表れない人間特有の不思議な生態だと思う。
雨風日差しを遮る場所を与え、食事を提供することは、本当に路銀との等価交換が成立するだろうか。資源、特に食糧が枯渇すれば奪い合い争いが絶えないことは誰もが知っている。今の地球の現状も危ぶまれている。敗戦の時代にこの国も思い知ったはずだ。
金銭は食えないのだから、金と物資の交換が成立するための前提条件は、その土地に食糧が豊富にあることだろう。だったら食糧は足りないよりは余った方が良いし、値段が上がるとか下がるとかいったことで生産量をコントロールしていて良いのだろうか。
食糧生産を集団できっちりやっている土地の人はたいてい穏やかで、自分たちは貧乏だなんてよく言うけれど都会の人に比べて心に余裕があるように感じられる。
それはきっと事実で、だからこそ人や世の中を視る目もある。
そういった風土を誰が守ってきたかというと、結局のところそこに根ざして暮らす人たちに他ならない。だからこそ、このカフェで過ごす時間はこの土地に生きる人たちにとって必要なもので、お店の人も毎日にように顔を見せてくれる「常連さん」を大切にしようとするのは当然の摂理である。
もちろん様々な見方があるだろう。
けれど土地に根差したお店は、やはりその土地の人のための場所だ。

商売ありきの街道沿いならまだしも、静かに暮らしているエリアの住人は、その場所が観光地になって欲しいなんて思っていないのだし。
食後の茶を啜りながら、ひと時でもこのログハウスの一角にひっそりと居させてもらえることに感謝した。
一見の者にも席を与えてくれることは、本来有難いことなのだ。
ログハウスで朝食を
店を出る時にショーケースの中のお弁当が目についた。おにぎりとちょっとしたお惣菜が小さなパックに収まっている。
少し悩んで、また次に来るための口実の一つにしてしまおうと手を引っ込めた。口実などなくたって、いずれまた来るだろうけれど。
あの日、外に出ると、ちょうど隣の田んぼを耕しているところだった。
きっと今時分は若々しい稲が微風に揺られていることだろう。

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