Juckerfarmの奇妙なカボチャたち|チューリッヒ郊外の農園アート
もう随分前から、ハロウィン仕様に様変わりしたお菓子のパッケージや店舗の装飾を見かけたりしてかぼちゃの存在感も増していた。今年SNSでよく見かけたのは、海外の家先においた電動のハロウィン人形たちが、お菓子をくすねにやってきた野生動物を脅かして、動物たちが驚きのあまりにひっくり返るという映像だった。来年にはこれらの動画を機械学習したAIが、同様の映像を生成できるようになっているのだろう。
けれど、それでは現在のAI生成は人間の二番煎じでしかない。AIの社会実装は本当にこの方向性で良いのだろうか、なんて思ってしまう。
自分の暮らしは特にハロウィンの文化圏ではないので人生を通してあまり関わりがなかった。けれど毎年この時期になったら、あのかぼちゃたちの顔を思い出すようになったのは、旅先で見たもののせいだ。

2014年というと、もう十年以上も前のことで驚いてしまう。
夏が終わり秋が始まる頃、友人を訪ねてスイスへ渡った。初めて一人で出国したあの旅は今でも思い出深い。失敗もした。
十日ほどの滞在で、国内外を合わせても初めての長期の旅だった。それだけに日本に、日常に戻った時の喪失感は計り知れないだろうと思っていたけれど、友人宅で日常に紛れ込むように過ごさせてもらったからか、そうでもなかった。むしろこういった旅の仕方は良いなと実感した、ある意味で転機だったかもしれない。
たぶんだけどスイス旅行の最中に、自宅で炊いた米でおにぎりを握り山歩きに持参するといったことは、そう頻繁にあるケースではないと思う。
そんな日々の最終日、「かぼちゃのカービング」を見に行こうと誘われて、友人と二人連れ立ってチューリッヒの郊外へと出かけた。当時の私は「カービングって何だ?」と無知の極みであったけれど、だからこそ何もかもが新鮮だったとも言えよう。
Juckerfarm
Juckerfarmという名のその農園では、秋になると「かぼちゃ祭り」なるものが開催される。

祭りと言っても人よりも圧倒的にかぼちゃが多い。
とても心地の良い時間だったと記憶している。

かぼちゃ界にこんなにも多様性があったなんて!
眺めるだけでもお腹いっぱいになりそうな光景だけど、やっぱり現地の人たちは、このお料理にはこのかぼちゃだよね、とそれぞれのかぼちゃの特徴も把握しているのだろうか。

「祭り」と言っても日本のような夜店が並んだり、カーニバルのような派手なイベントがある訳でもない。詰まるところファーマーズマーケットなのだけど、毎週末に定期的に開催されるものではなく、この収穫期にかぼちゃをメインに開催されるものらしい。
まさしく「収穫祭」、まさしく「青空市」なのである。

アーティストが集う場所
見やすい高さの台に設えられた木箱に各種かぼちゃが積み上げられており、客は手に取って好きなものを選ぶことができる。
かぼちゃだからなのかもしれないけれど、この空間にはプラスチック袋に詰められた農産物は一つもなく、どれも光の反射なしに直に眺めることができるのも素敵だ。
そしてここにあったのは、売り物のかぼちゃだけではなかった。

何やら展示されているらしいので、近づいてみると……

大工の現場あるある?
長いものを持っているときは注意しましょうね。
カービングって、木工芸彫刻のことだったのか。
もはやハロウィンのアイコンとも言える魔除けのアイテム「ジャック・オー・ランタン」も趣があって良い。良いのだけれど……
かぼちゃにここまで豊かな表情を与えるとは!

青空の下で
建物の屋根にも軒下にもかぼちゃが乗せられていて、それ自体が装飾兼アイコンになっているのも面白い。季節によって趣が変わる場所は、足を運ぶのが楽しくなる。

看板犬なのか、ポツンと一匹のワンコもかぼちゃに囲まれていた。

お腹が空いたので、ビュッフェ形式のランチを食べる。

そういえば、ヨーロッパの方達って外の席に座るのを好むらしい。外は満席でも、中はガラガラってこともよくあるのだとか。
全てがレストランのものかどうかわからないけれど、外にも席があり、何やらかぼちゃで創られたオブジェを眺めながら過ごすこともできる。
このかぼちゃはどうやって固定しているのだろう。

日本でもかぼちゃとハロウィンがイメージとして結びつくけれど、近所でハロウィンの飾り付けや仮装をしている人を見かけることはない。
けれどこの時期になると、100円ショップの一番目立つ陳列棚にはハロウィンの飾り付けグッズが並ぶし、日本のどこかではコスプレをして街を練り歩く人も未だいるのかもしれない。
それらは子供が喜んだり、変身願望を満たす効果もあるのかもしれないけれど、近年の日本人の消費感覚を思えば、あの一夜で使い捨てされるものは一体どれ程あるのだろう、と考えてしまう。
子供が喜ぶからと、親や学校、自治体、企業などが外国の風習を見た目だけ真似てイベント開催することで、子供の心にはそれが季節のイベントだと何の疑問もなく受け入れ、親になったら子供に同様のイベントを振る舞うのだろう。
だが、そのようにして日本の文化は薄まり、クリスマスやバレンタイン同様に資本社会の渦に飲み込まれ、今の社会構造が生まれた一端にもなっている気がしてならないのだ。

使い捨てゴミを量産するイベントではなく、飾った後に食べることができたり、自然と土に還るものを使うのが当たり前とする社会が良い。
何しろ日本には、夏のお盆に「精霊馬(牛馬)」を飾る風習があるのだから。
精霊馬(しょうりょううま)
ご先祖様が浄土と現世を行き来するときに使う乗り物
・きゅうり→「迎えの馬」:足の速い馬で早く帰って来れるように
・なす→「送りの牛」:足の遅い牛で、お土産と共にゆっくり帰れるように
割り箸や爪楊枝で足をつけ、「牛馬」とした見立ての文化
日本は独自の文化を守りながら、他国の文化も時に日本風にアレンジして、うまく取り入れてしまう懐の深い国だと思う。それを誇りに思う。
だが四季と結びつく文化については、やはり日本古来のものを大事にしたい。なぜなら日本の四季は日本特有のものだからだ。
ハロウィンはいわば日本の盆と収穫祭を混ぜ合わせたような風習だけど、盆に相当する風習は夏で良いし、収穫祭については秋の祭りで良い。それぞれの風習に、それぞれの季節の収穫物を取り入れたりもするのだから。

さて、この年の展示テーマは海の生物だったのだろうか。
一応ジャック・オー・ランタンも居たけれど、ここではかなり影が薄い。
別にハロウィンのイベントという訳ではないから、当然と言えば当然なのだけど。

最後の雨降り
毎年この時期が来ると、Juckerfarmの「かぼちゃ祭り」のことを思い出す。広々とした空間に晴々とした空。この日はとても気持ちの良い秋晴れだった。
けれど帰りのバス停に向かううちに雨が降り出した。
そういえばスイス滞在中に雨に遭遇しなかったと振り返ってみれば、何でも私がやって来るまでは、暫くどんよりとした雨続きだったのだと言う。友人が言うには、この数日の間、びっくりするほどずっと晴れていたのだと。

今年は近年稀に見る形で、日本の農業に関心が寄せられた年だったように思う。多くのものを輸入に頼り、価格を安定させるために国産の農作物を大量に廃棄するといった話が話題になりがちだ。
けれど本当に話題になって欲しいのは、こういった形で農作物に出会う場があるという話だな、とあらためて思った。
日本でもJuckerfarmのようにマーケット×アートを開催している場所はあるのだろうか。これだけ開放感のある場所で、のんびりと見物しながら野菜を選べたら、「この土地で育ったものを食べたい!」という気持ちが高まりそうだ。
ハロウィンをイベントとして取り入れたいのであれば、「日本で育ったかぼちゃを食べよう!」という趣旨であって欲しい。「子供のため」なのであれば尚更、季節の農産物が手に入ること、そしてそれを生産する人たちに感謝する機会だということを、きちんと伝えてほしいのだ。

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