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レンタルボックス #3/8

217番

 先輩から長峰ながみねレンタルボックスを譲り受けたあと、僕は二度引っ越しをしている。
 一度目は、先輩から管理を引き継いだ直後にレンタルボックスの近くに引っ越した。管理人としての仕事が意外と多いのだ。まず、ここは監視カメラがない。そして、ボックスの鍵がシリンダー錠のため、直接利用者に鍵を手渡す必要がある。それらの理由で、僕は巡回も兼ねてこのレンタルボックスに頻繁に来る必要があった。
 二度目は、僕が結婚して子どもができたため、少し広めの住居に引っ越した。もちろん、レンタルボックスの近くだ。

 カラカラと乾いた音が昼どきの長峰レンタルボックスの敷地に響く。
 僕はベビーカーを押していた。キャスターの転がる音は心地がいい子守唄のようだ。
 そのなんとも甘美な行為に浸っていたところ、いつの間にかレンタルボックスを訪ねる女性の姿があった。僕は彼女を待っていた。
誠吉せいきちさん、……あ、わ、私」
昭子あきこ、待っていたよ。さあ帰ろう」
 僕は、戸惑い気味の彼女に声をかけた。彼女は小さくうなずいた。
 大丈夫、彼女は僕を認識している。
 ベビーカーを押しながら、僕はレンタルボックスの敷地を出る。彼女も後ろからついてくる。さらにその後ろに、人の気配を感じる。
 カラカラカラカラ。
 狭い路地を一列になって歩いていく。
「ねえ、あの、私も、赤ちゃん。乳母車」
 彼女が意思を示す。母性がそうさせるのだろうか。
「昭子も押すかい? ほら、こっちに来て。気をつけて」
 ベビーカーの押し手を交代する。彼女はそれを押しながら、ゆっくり歩き出した。
 アスファルトを転がるキャスターがカラカラと音を立てる。やはり心地のいい音だ。彼女もそう思っているらしく、穏やかな表情を見せた。
 ファン。
 ふいに、背後の車からクラクションを鳴らされた。
 ビクリと彼女の背筋が伸びる。
 僕は彼女の肩に手をかけ、ゆっくりと歩道の端に寄るように促した。
 僕たちの横を車が通り過ぎていった。
「大丈夫かな、愛美まなみ」彼女は心配そうにベビーカーを覗き込んだ。「ビックリしたかな」
「大丈夫だよ。心配ない」
 僕は彼女に優しく言い聞かせた。
 大丈夫だ。なぜならベビーカーには誰もいない。

「さあ着いた。お疲れ様」
 僕は彼女に声をかけた。
「ホントだ。着いた。お家だ」
「ベビーカー、僕が持つよ。先に家に入っていて」
「うん。あ、ありがとう。誠吉さん」
 辿り着いた家の扉を開けると、彼女はゆっくり中に入っていった。
「松下さん、ありがとうございます」
 僕は背後から声をかけられ、そちらに振り向いた。
「愛美さん。いえ、お気になさらず。では、このベビーカーはボックスに返しておきますね」
「すみません。よろしくお願いします」
 愛美さんは家の扉を開けた。そこには、なかなか靴が脱げずに玄関の上がりかまちに座り込む昭子さんの姿があった。
「あらら、お母さん、靴脱ごうね」
「あら、あなた、……どちら様?」
 僕はレンタルボックスに戻ることにした。

 長峰レンタルボックスの出入り口を入って右側のタラップを上り、僕は217番のボックスの扉を開けた。
 ベビーカーをボックスの元にあった場所に戻す。
 ボックスの中にはハンガーラックがあり、男性ものの服が何着か掛けられていた。僕は着ていたジャケットを脱いでハンガーラックに掛けた。
 奥には簡易的な仏壇がある。その上に置かれた写真、遺影の男性が誠吉さんだ。
 誠吉さんと昭子さんの娘の愛美さんは、僕が誠吉さんに似ていると言った。昭子さんも僕を誠吉さんと認識した。親子がそう思うのだ。僕は、よほど誠吉さんに似ているのだろう。
 昭子さんは認知症を患い、自宅で療養をしている。罹患りかん後に亡くなった誠吉さんの死を昭子さんは受け止めきれていない。誠吉さんの遺影や遺品が家にあると、昭子さんは混乱してしまうらしい。
 とはいえ、実の父親の遺品をおいそれと片付けられるはずもなく、愛美さんは長峰レンタルボックスを訪れた。そうして誠吉さんの死は、この217番のボックスに隠された。
 昭子さんは認知症の症状が不安定で、自分の年齢や現在の時間軸が分からなくなるときがある。今日の昭子さんは、愛美さんが生まれてすぐの頃にタイムスリップしていたようだ。そうなると、昭子さんは誠吉さんと幼い愛美さんを探す。放っておくと、あてもなく徘徊してしまう。
 愛美さんに長峰レンタルボックスまで促され、昭子さんは僕(誠吉さん)に会いに来た。事前に愛美さんから連絡を受けた僕は、そのように振る舞い話を合わせた。今日が初めてのことではないのだ。
 愛美さんはたまに、昭子さんに隠れてこのボックスの誠吉さんの遺影に手を合わせに来る。自宅に置いておけないことを申し訳なく思っているようだ。
 本当にいろいろな人がレンタルボックスを利用する。
 その人を思いやり、生まれる隠し事もある。

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