レンタルボックス #6/8
119番
僕はマスターキーを使い、119番のボックスの扉を解錠した。
ボックスの中は特殊な世界が構築されていた。
壁一面に貼られた写真や、足の踏み場もないほどに敷き詰められた人形やヌイグルミ。それらは雑然と配置されているようで、よくよく見ると異常な執着やこだわりが感じられる。
119番のボックスの借り主の品川さんは、とても静かで真面目なタイプの人だ。長峰レンタルボックスの敷地内で何度か顔を合わせたことがあるが、挨拶以上の会話を交わすことはない。品川さんは、いつも襟のピンと立ったのりの効いたシャツを着ていて、その身なりから几帳面さがうかがえる。毎月決まった日にボックスの賃料を支払いに来て、一度も遅れたことはない。
賃料の支払いが現金での手渡しなのは、通帳に記載されては困るからなのだろう。
ボックスの内壁に貼られた写真は、どれも同じ女性を撮ったものだ。人混みの中でピントを合わせられた写真や、何気ない仕草を切り取った写真、遠距離から望遠レンズで撮られたであろう写真など様々だ。
ボックスの中は部屋のようだった。生活感のまるでない部屋。119番の4帖の空間は、品川さんが、その偏執的な愛情を女性に捧ぐための部屋となっていた。
ノリカさんの予想は大方当たっていた。
しかし、この事実をどう受け止めるかは彼女次第だ。
もし、長峰レンタルボックスで見慣れない顔を見かけたら、僕は声をかける。不審な人物かもしれないし、ボックスの利用を考えている見込み客かもしれない。
彼女の第一印象は、どちらかといえば不審人物。その実、話してみれば、心に抱えたモヤモヤを晴らしたい一心でここを訪れたということが分かった。
「その、松下さん、分かったんですか? カレは……、悪いことをしていませんでしたか?」
ノリカと名乗った女性は、その小さな顔の半分をマスクで覆い、黒縁のメガネをかけ、隠れるようにしていた。
このレンタルボックスにたどり着いたのは、新婚の旦那がノリカさんに隠した何かがあると知ったからだ。旦那とは品川さんのことだ。コソコソと隠れ、どこかに出かけるときがある。周囲を気にしながら、まるで後ろめたいことでもあるかのように。
不審に思ったのは、カメラの望遠レンズが家に届いたことだった。品川さんにカメラの趣味があるとは知らなかった。
「カレには真面目で誠実なところを感じたから、お付き合いを始めたんです。結婚だって。私、浮気とかならまだいいです。他に想う人がいるとか。嫌ですけど。今までの男が、その、ロクデナシばかりだったから。だけど、犯罪とか、人さまに迷惑をかけているようなら……。本当は疑いたくなんてないんです。カレ、いい人だから」
ノリカさんは胸中の不安を一旦口に出すと、ポロポロと少しずつ少しずつ吐き出していった。
「いい人だからこそ、もし悪いことをしているようなら、私許せないかもしれません。隠し撮りとか、つきまとい行為とか」
品川さんへ向けた信頼が、もし裏切られるようなことがあれば許せないということなのだろう。それは、一方的な感情の押し付けのようにも思える。ではノリカさん自身には全く落ち度はないのかというと、部外者の僕には分からない。しかし、大事なお客さんという点をのぞいても、〝カレ〟品川さんの普段の真面目な人柄を知る僕としては、つい肩入れをしてしまう。
「品川さんの肩を持つ、というワケではないですが、彼の秘め事をただ責めるのはちょっと、どうなのかなと思うところがありまして。ゴンさん、という方をご存知ですよね?」
その名前を聞いて、ノリカさんの黒縁メガネの奥の眉がピクリと動いた。
「どうして、その名前を?」
「ちょっと調べさせてもらいました」
「私たちは、そんな……。ゴンさんとはそんな関係じゃないですから。カレも知っている人です」
「品川さんも知っているんですね」
「もちろんです。大切な人には違いないですが、やましい関係ではありません。ゴンさんとは実際に会ったことがないんです」
「では、もし品川さんが遠くから誰かを想っていたとしても、それをノリカさんが責めることはできないですよね」
「そんなの……。ズルいわ。なら、私だって知る権利があるじゃない」
黒縁メガネの奥の大きな瞳がウルウルとゆらめく。
119番のボックスの前に立ち、ノリカさんは不安そうに体を縮めている。落ち着かない様子は消えないが、覚悟は決まっているようだ。
「いいですか、開けますよ」
「はい。お願いします」
僕はマスターキーでボックスの鍵を解錠した。
ノリカさんが、ゆっくり扉を開ける。
「これは……」
信じられない、という目をしている。
「見覚えありますか?」
ゴクリと喉を鳴らし、大きく頷いた。
「はい。だって、これは、ゴンさんの部屋?」
「おそらく」
ノリカさんはマスクと黒縁のメガネを外した。
整った顔をしている……と思う。まるで、アイドル。いや、彼女は正真正銘のアイドルだ。しかし、僕がいうことでもないが、売れないアイドルだろう。インディーズアイドル。いわゆる地下アイドルだ。ネットで検索しても、名前がヒットするくらいで写真はあまり出てこない。
彼女は集団のアイドルの中の一人で、前に出ることはあまりない。
それが、この部屋の壁はノリカさんの写真で埋め尽くされている。パフォーマンス中の彼女を撮影した写真。それに、人形やヌイグルミは恐らくノリカさんをイメージしたものだ。
「ゴンさんは、私のファンです。唯一……、といえるファンです。いつもレターやオリジナルのグッズを送ってくれていました。この部屋も、SNSにあげているのを見たことがあります。部屋を飾って推してくれるファンの方はいます。私にもそんな人がいるんだって思うと嬉しかった」
ノリカさんはテーブルに置かれたヌイグルミを手に取って撫でた。
「カレ、アイドルなんて興味ないと思っていたんです。私に近づいてくるのは皆、その肩書きを抱きたがっている男たちばかりだったから。カレは、だから信用できました。それに、ゴンさんも、あんなに推してくれるのに、近づいてこようとしなかった。こんなに近くにいたなんて」そう言ってヌイグルミを優しく抱き寄せた。「本当は後ろめたかった。結婚していることは秘密だったから。そう……。ゴンさんは、カレだったのね」
「ゴンさんの話を品川さん自身にすることはあったんですね?」
「はい。私にも全力で応援してくれているファンがいるってことを教えたかったんです。私、自慢するようにカレに話していたわ。カレ、なんて思っていたのかしら」
さぁ、と言う代わりに僕は首を振った。
唯一のファンが自分の旦那だと知ったら、きっとノリカさんはがっかりするだろうと思って品川さんは黙っているのだ。僕はそう思ったが、口には出さなかった。
「本当は利用者さんのボックスを勝手に見たらいけないんです」
「そうですよね。絶対やってはいけないことですよね」
僕は耳が痛い。
「だから、すみませんが、このことは品川さんには黙っていてもらえますか?」
「はい。もちろん。私、秘密は得意なんです。だってアイドルですから」
ノリカさんは、このレンタルボックスを訪れてから初めての表情を見せた。その表情は、彼女の腕に抱かれたヌイグルミとそっくりだった。
