「ピソ職人新聞社の道標」 第15話
第15話
キュイニーいわく、この世界には魔力が宿った植物、種族が多くあるという。植物で魔力が宿っているものとして代表的なのがギムだ。ジャーニマー国は、そのギムに宿った魔力を利用してピソをつくり大きな力を得てきた。魔力が宿るのは植物だけでなく、魔力を持った種族も現れる。それが魔法族だという。
魔力が宿った植物や種族が発生するのは突然変異的なものだ。キュイニーは「どういうきっかけで、魔力が宿るのかその基準はわからない」と言った。突然、他の人間とは異なる圧倒的な能力と魔術を持つ人種が現れるのだ。
「強大な魔力は、災害をもたらすものだと人々から恐れられた。魔力をもって生まれた子は大人になるまでに殺してしまおうと、命を狙われることもあったのよ。今でこそ、人間の脅威にならない大きさで魔力を使い、便利な構成員として社会に溶け込んでいるが、ここにいたるまでには多くの命が犠牲になっている」
ふーっとキュイニーはため息をついた。
「知らなかった。その話をはじめて聞いた」
「そうでしょうね。われわれはその歴史を公にすることができないのよ。魔力を持たざる者たちのほうが大多数だからね。魔法族は、目立って脅威だと思われてしまえば排除されてしまう。同じ種族同士で集まっているだけでも、何かを企んでいるのではないかと疑われてしまう。魔法族は小さいコミュニティーをひそかに形成しながら、世界の各地へ散らばっていったのよ」
エラディンは、印刷所で複写術を使って新聞をつくってくれている魔法族たちのことを思い出した。実際にピソ職人新聞社でも魔法族の魔法の恩恵を受けている。
「たどりついた先でその環境に適応しようと体を変化させるものもいた。たとえば、ダダビット族。彼らは追手から逃げるために早く駆けていかなければならなかった。魔法族は魔力で体の一部を変形させることができる」
倉庫の外にいるダダビット族を見た。
「彼らも、魔法族なのか!?」
知らなかった事実にエラディンは驚く。
「魔力を持つものと、持たざる者の対立というのは、もう何百年も前からある。今の彼らが体を変形させたのではでないだろう。彼らの祖先が、誰よりも早く駆けたいと望んだ魔法族が、馬の体からヒントを得て変形したのだろう」
「自分の体を変形させるなんて、簡単にできるものなのか?」
「そんなわけない、誰もが使えるものじゃない。大きな代償が伴う禁忌の魔術よ」
「……大きな代償?」
「そう。人であったときの能力の何かをなくしてしまう。たとえば、言葉が話せなくなったり、記憶をなくしてしまったり」
「なるほど、でも、あのダダビット族たちは言葉を話せて、意思疎通がとれるぞ」
キュイニーはふうっとため息をついて答える。
「さっきも言ったとおり、一番代償を払うのは最初にその姿に変化した魔法族だ。そこから子孫が生まれて、後の世代にいくにつれて失われていた能力が復活していくんだ」
キュイニーは倉庫の外にいるダダビット族を眺めて、また足を組みなおした。
「彼らは、言葉を話す能力を取り戻して、人の世界で暮らすようになっているわけだ。ここにいたるまでに何世代の苦労があっただろうか……」
「人の姿から変化することができるのなら、元にもどる術があるんじゃないのか?」
「いや、ないんだ。姿を変えてしまったら元にもどることはもうない。だからこそ禁忌の魔術。生半可な覚悟じゃできない。彼らも人の姿だったころの能力を取り戻すところまではできるが、もう二度と、もとの人の姿になることはできないんだ」
「そんなに大きな代償があるにもかかわらず、姿を変える選択をするのだ?」
「魔法族を守るためよ。人の世界で持たざる者に脅威と思われない程度の魔術、生活を便利にする魔術以外の魔術を使わず力を制御して人の世界に適応する魔法族もいれば、姿を変え、人がいない場所への新天地を求めた者たちもいたのよ」
馬のように早く駆けられる姿になったダダビット族、神秘の森と契約をして病や老いから逃れられるようになったエルフィー族、腕を翼に変えて、空を自由に飛べるようになった飛行族がいるのだとキュイニーは教えてくれた。
「それで、キュイニーは、このタランティー国に適応することを選んだってわけか」
「そう、あくまで現段階はね。タランティー国は、魔術に対して寛容だし居心地がいい」
タランティー国は小国であるが故に、他国からの脅威にさらされやすい。その対抗方法として魔術を活用している。ジャーニマー国が最後までタランティー国を攻め入れなかったのは、魔術による防衛力が強かったからだ。タランティー国に入国するための橋がなかなか見つからないのも、川に霧が出えて、あたりが見えないのも魔術による防衛らしい。
「あたしは身を落ち着ける拠点がほしかったし、タランティー国は魔術を活用したいという双方の思惑が、かみあったのよ」
キュイニーはタランティー国について、お互い利用しあっている関係で、何も忠誠があるわけじゃないのだと話す。
「都合が悪くなったら切れる関係。ドライなものよ」
話が落ち着いたタイミングで、キュイニーは椅子から立ち上がって、エラディンが運んできた貨物を受け取るために、ダダビット車に向かった。
キュイニーはダダビット族たちに、ここまで駆けて運んできてくれたことの礼を言って、荷台の確認をした。黒のワンピースのポケットから取り出した杖を振る。すると、ギム粉の袋はひとりでに宙に浮き、倉庫に移動した。
大量のギム粉の袋を移動し終えると、最終確認として、エラディンが乗っていたキャビンの中に回収しもれた荷物がないかキュイニーは確認する。
「エラディン!!」
大声で呼ばれたので、そばにいくと、キュイニーがキャビンでみつけたスケッチブックを手にしていた。キュイニーが見ていたのは、ジョアンナが描いたゴブレットのスケッチのページだった。
「この絵は誰が描いた?」
キュイニーが真剣なまなざしで問い詰める。
「和平交渉の任務を終え、ジャーニマー国に帰還している道中で保護した娘だが……」
「いつ、どこで保護した?」
「そりゃあ、もうかなり昔のことだから思い出せないけれど、最果ての地の寺院から帰っているタイミングだよ」
「……きみの預言で示されていた娘か。そうか、なぜ、これまで気づかなかった」
キュイニーは何かに気がついたようで頭を抱えている。
「どういうことだ。わけを説明してくれ」
「ここに描かれているゴブレットは最果ての地の寺院の祭壇で、契約の儀を行う際にしか使わない」
「契約の儀?」
「そうだ。あのとき、とある魔法族の一家へ契約の儀を施した。その契約とは、その一家を飛行族にするための契約だった。彼らの魔力を極限まで引き出し、その禁忌の魔術を実行させた。あたしは、赤ヴァイリーに魔力のストッパーを外す劇薬をまぜて、その一家に飲ませた」
「え、それはつまり?」
「あたしが、飛行族に変身するのを介助した一家がいるってこと!」
「ジョアンナは、まさか……、その一家のひとりだった?」
「そのまさかなんだよ」
祭壇で契約書にサインをした一家は、せーのと言って、同時にゴブレットの中の赤ヴァイリーを飲みほし、禁忌の魔術を唱えた。すると、腕が大きくなり、羽が生え翼に変形し、肋骨が大きく広がって、それに伴い胸部も大きく膨らんで、空を飛べる飛行族になった。
「いや、でも、ジョアンナは人間のからだだぞ。翼ではなく普通の腕だし、胸部だって大きく膨らんでいるわけではない」
キュイニーが口元に手を当てて考え込んでいる。
「なるほど、彼女は人の姿にもどったってことか」
「……そういえば、保護したばかりは言葉が話せなかったし、記憶喪失だった」
「それは禁忌の魔術の影響だ」
「一家で全員、飛行族になったと言ったよな? ジョアンナのように人の姿にもどった家族は他にいないのか?」
キュイニーは首を左右振る。
「残念ながら……」
「そうなのか……」
祭壇で赤ヴァイリーを飲んだのは、ジョアンナを含めて4人だ。ジョアンナの両親と兄。一家でその大きな決断をした。飛行族になった一家は契約書に書かれているとおり、最果ての地の寺院を出てタランティー国に向けて飛びたった。キュイニーはその彼らの姿を見送っている。
「大空へ飛び立っていく飛行族の彼らの姿は美しい。われわれは人の姿である限り、自力で飛ぶことはできない。人の姿であることを犠牲にした先にある自由だ」
空を飛べる自由に引き換え、記憶と言葉をなくすという代償。それを選ぶしかなかったジョアンナの家族にどういう事情があったのだろう。
「彼らが目的地に向かって飛んでいく姿をあたしは見送っていた。でも、しばらくすると、飛び立ったひとりが途中で、体が炎に包まれて、落ちていったんだ」
目撃したその映像を思い出しているのか、キュイニーが顔を歪めている。
「それが、ジョアンナじゃないかってこと?」
「そうだ、その預言の娘だと思う」
キュイニーからきいた話は、ずっと謎に包まれていたジョアンナの記憶に通じる。これはケラスズ城にもどったら、ジョアンナに伝えなければならない。早くもどらなきゃと思う。
「エラディン。もしその娘が、家族に会いたいと思うのなら、最果ての地の寺院につれていこう。あたしも飛行族の一家を集める」
魔法族であるキュイニーは飛行族と連絡をとる術があるらしい。
「ああ。わかった。今日きいた話は、わたしの立場上、マトラッセ王にも共有するぞ」
「好きにすればいい。そのマトラッセ王がその情報を得たうえで、どのように動くか楽しみだ。あたしも、場合によってはタランティー国から出ていかなければならなくなるかもしれないな」
ピソの密売人の正体を暴く以上に、ここ数年謎に包まれていたジョアンナの失われた記憶を紐解くことができた。エラディンにとって大きな収穫だ。
第16話(つづき)
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