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「ピソ職人新聞社の道標」 第1話


あらすじ


ジャーニマー国は、食べた者の能力を増大させる魔力がある食べ物、ピソのおかげで発展し領土を拡大してきた。ピソをつくるピソ職人は権威がある職の持ち主として重宝されていた。国王の命により、失脚した元勇者エラディンはピソ職人のための情報を届けるピソ職人新聞社を設立する。新聞社を運営する仲間は、認定ピソ職人のフィリッポ、エルフィー族のリアナ、記憶をなくし保護された少女ジョアンナと、種族や立場が異なる仲間たち。各地のピソ職人を取材しながら、ピソをめぐる謎、種族の秘密、周辺諸国の思惑が明らかになっていく。記者仲間たちのそれぞれの記憶をふりかえりながら、導き出される新しい使命、役割とは一体何なのか。

(295文字)

プロローグ

 パチパチという音と女性の悲鳴が聞こえた瞬間、腕がちぎれていくような鋭い痛みに襲われた。あまりの痛みに気を失うように暗闇に落ちていった。頭がポーっとして、上から体全体に重石が乗っているかのように重く、足が動かない。このまま、存在が消えてしまうのかもしれない。感覚という感覚がなくなっていく。ガヤガヤとした騒音が少しずつ遠くなり、わおわおというくぐもった音にかわり、音がどんどんと小さくなって、最終的に何も聞こえなくなった。静寂の世界。

 少女はぼろ布を身に着けて、とにかく空腹で、粉塵が舞う集落を歩いていた。それ以前の記憶はない。幼い少女は言葉もろくにしゃべれない。腹が減っていることも、ゆっくり寝る場所を探していることも、何もかも意思表示することができない。ただ困っていて、トボトボと歩くのみ。集落の人々は手を差し伸べることもなく、小汚い彼女の存在をないものとして、そばを通り過ぎた。あてもなく歩いて、どれくらい時間がたったのかもわからず、体力も限界で、視界が狭くなって、足も動かなくなり、力が抜けて、パタンと前に倒れこんだ。

第一部:帰還と新たなチーム

第1話

 帰還せよとの王の命令があり、エラディンはケラスズ城に向かっていた。最短ルートではなくあえて、周り道をして荒れ野の地を通るルートで馬を走らせていた。
 王の命令が下る直前に訪れた場所で、預言者に「荒れ野の地を通るルートで帰りなさい。そこで今後のゆくすえに関係する少女に会うから」と言われたのだ。
 点々と住居がある集落にたどり着いたので、馬を馬屋に預け、少し先にある井戸まで水を汲みにいこうとした。
 すると、どこからともなくふらふらとひとりの少女が現れ、エラディンの近くまできて、バタンと倒れてきた。

「おや、きみは…」

 倒れこんできた少女の肩に触れると、骨を触っているかのようだった。粉塵にまみれながら、何日も体を洗えずにいたのだろう、据えたにおいが鼻をついた。少女は目を閉じ、弱弱しく呼吸をしている。
 預言者が言っていた、荒れ野の地を歩いていて出会う少女とはこの少女のことだろうか。保護するようにと言われていた。
 まさか、こんな骨と皮だけで、今にも息絶えそうな弱弱しそうな少女がエラディンの今後のゆくすえに関係するとはにわかに信じられない。
 集落の住人たちが、離れたところから、こちらの様子をうかがっている。彼は声を張り上げる。

「この少女の両親や保護をしている者はいないかね」

 呼びかけもむなしく、遠目から様子を見ていた集落の人々はそっぽを向いて、住居に引っ込んだ。

「では、わたしが一時この娘を預かろう。もしこの娘を保護するものがいたら、隣町のケラスズ城にきてくれ。そこで数日滞在する予定だ。わたしはエラディン。ケラスズ城に滞在中のエラディンをと訪ねてきてくれ」

 エラディンという名をきいて、集落の人々は顔を見合わせ少しザワついた。旅から戻り、帰還しているというニュースはもう広がっているのだろう。そして、期待されていたような成果もなく戻ってきたという不名誉なニュースとともに。
 馬屋に預けていた馬を迎えて、抱えていた少女を一緒に載せて、ケラスズ城へ向かって走った。

 ジャーニマー国ではピソを食べると腹が満たされるだけでなく、力が湧くと信じられている。ピソを食べれば食べるほど、その者の能力が開花する。王には圧倒的な支配力やカリスマ性が、勇者にはより多く勇気が、魔法族はより強力な魔力がわきあがる不思議な食べ物だと言われている。
 ピソはギムという希少な植物の種子をすりつぶして粉にしたギム粉をもとに、水と少しの塩と酵母を練り合わせて発酵させて膨らんだ生地を高温の窯で焼く。
 焼きあがったばかりのピソは金色に輝き、粗熱が取れれば取れるほどくすんだ黄色に褪せていく。黄色くなったピソを食べても十分な力がわくが、焼きたての金色ピソを食べるとその力は黄色のものより2倍以上と言われている。ジャーニマー国はピソの原料となるギムの一大産地で、そのギムの輸出で得た富や、ピソを食べて強力化した軍事力をもって諸外国に影響を与えていた。
 ジャーニマー国の国王はもちろんのこと、貴族を含め、富を持つものは、それぞれお抱えのピソ職人がいて、広い屋敷内にピソ職人の工房をつくり、焼き立ての金色ピソを食べていた。
 優秀なピソ職人を抱えれば抱えるほどその国家は栄えると言われた。優秀なピソ職人は認定ピソ職人という権威ある職種を得ており、人々から大変敬意を払われている。
 認定ピソ職人になるには国家の認定試験に合格しなければ認定ピソ職人として認められなかった。その難易度は高く合格率は10%と言われる。試験に受からず、認定ピソ職人になれない者はそれでも、認定ピソ職人の勲章がほしく、自分は正真正銘の認定ピソ職人だとうそぶくものもいた。時代が進むにつれて偽の認定ピソ職人も増えていった。
 ジャーニマー国の国王がいるケラスズ城の城下町では、認定ピソ職人、偽の認定ピソ職人、認定ピソ職人を目指す見習いが集まるギルド地区ができていた。

 日が沈み、あたりが暗くなってきたころ、ケラスズ城に到着した。門番に名乗って、門を開けてもらった。近くの馬屋に馬を預け、少女を抱きかかえた。少女は目を閉じたままでスース―と眠っている。広大な城の敷地の中には、城主に仕える職人たちが住む住居や工房がある。城主が住む本殿まで歩いている途中にある工房のいくつかからは光が漏れていて、職人たちが夜遅くまで何かを作っているようだった。香ばしい匂いが漂ってきて、数時間馬を走らせてきたエラディンもさすがに空腹を感じ始める。
 工房の一つの扉があき、ひとりの職人が出てきた。大きなバスケットを抱えていて、その中には金色に輝くピソがたくさん入っていた。あれを食べられるならば食べたいものだと思うが、あれほどまでに輝く金色ピソは、尊い地位にいる方々しか食べられない。おそらく、これから城主に献上されるものだろう。そんなこと考えながら、そのピソ職人を眺めていた。すると、その視線を感じたピソ職人がエラディンの存在に気付いた。

「あなたは、もしや……、エラディン殿ですか?」

「ああ、そうだが」
「お帰りでしたか!おつとめお疲れさまでした」

 誰だろうと戸惑っていると
「お忘れですか? フィリッポですよ」

 ニカっと歯を見せて笑うその青年は、たしかに数年前のあの坊やの面影がある。

「ピソ焼き坊のフィリッポか! 大きくなって」

「その呼び名も懐かしいものですね。僕はもう見習いではなくなって、正式に認定ピソ職人になりました」

 数年の月日は若者を立派にする。それがまぶしい。まだエラディンが旅をする前、ピソ職人を目指すんだと言っていた小さな少年が、立派な大人になり、ピソ職人になっていた。フィリッポはエラディンが抱えている少女を見て、どうしたのかと尋ねた。

「旅の最後の成り行きでな、一時的に預かっている」

「そうですか、帰ってきたばかりなんですね!お腹がすいているでしょう? このピソを陛下にお届けしたら、ごちそうしますよ」

「それは、ありがたい」

 フィリッポのすすめで、その少女をフィリッポの工房兼住まいの一室の部屋のベッドに寝かせ、フィリッポと一緒に城主のグランディン王のもとに行くことにした。

 本殿に入り、通されたのは大きな食卓が中央に置かれたダイニングルームだった。
 食卓についているグランディン王の目の前には立派な食事が並べられていた。席についているグランディン王のそばにフィリッポは行き、金色ピソの入ったバスケットをグランディン王に献上した。

「今宵のピソの出来も上々だな。素晴らしい金の焼き色」

「ありがたきお言葉」

 グランディン王は金色ピソをかじり、咀嚼する。

「力が湧いてくるようだ」

 グランディン王の食事の様子をしばらく眺め、話すタイミングをうかがっていた。グランディン王が金色ピソを含め、食事をしている際の集中力はすさまじく、こちらからおいそれと話しかけられないものであった。食事に集中することによって、その者の湧き上がる力をどれくらい最大化させるかを左右する。
 バスケットにこんもりするほどたくさんあった金色ピソがすべてなくなり、グランディン王の目の前の皿もきれいになった。

「さて、数年のときを経て帰還したか、エラディン」

「期待どおりの成果を出せず、誠に申し訳ございません」
 エラディンは膝につくくらいまで、頭を下げた。

「いやいや、頭をあげよ。帰還したばかりで腹が減っているだろう。お主も食事をしようぞ。フィリッポ、エラディンのためにピソはないか」

「は、ご用意します」

 フィリッポは、新しいピソを取りに工房に戻った。

「わしもデザートを食べようかな、隣国からたしかパチェイという菓子が送られていたはずだ。出してくれ」

 給仕係が「パチェイ」という菓子を準備し、フィリッポは黄色いピソを持ってきた。

「そろったかな。ではともにエネルギーを補充しようぞ」

 エラディンもグランディン王の前の席についた。
 腹が減っていたので、黄色いピソを大口開けて食べる。口にいれた瞬間、ギムの香りが広がり、目をつぶれば、あの日見た懐かしいギム畑の光景が広がるようだ。ああ、うまい、ピソ職人の力量によってその美味しさは変わる。
 フィリッポのピソはこんなにうまいものなんだな。一口食べて咀嚼して飲み込んでからは、二口目、三口目とがっついて食べてしまう。
 その様子を横でフィリッポが満足げに、そして誇らしげに見ていた。黄色いピソでこんなにもおいしいのだから、出来立ての金色ピソはいかほどおいしいか。

「よいかな、よいかな、フィリッポのピソはうまいだろう?」

 グランディン王はピソをたらふく食べ、給仕係が用意した料理もきれいに平らげていたのにも関わらず、新たに異国の菓子パチェイをもりもりと食べている。この男の食欲に限界値というものはないのであろうか。尽きることのない食欲は力を欲する権力者たるゆえん。ジャーニマー国という広大な領地を治める王の器の持ち主である。

「このパチェイも美味であるな、ピソとはまた違う、エネルギーを感じる」

「そのパチェイは先日隣国の使いが持ってきたものですね」

 フィリッポは、パチェイに強い興味を示していた。
 パチェイとはジャーニマー国の隣国であるタランティー国の名物の菓子のことである。タランティー国にはダズル豆がよく取れ、ダズル豆から抽出された油をもとに砂糖と魔法族の秘伝の粉を一緒に固めたもので、食べるとある種の陶酔した気分になる菓子だ。パチェイを作れる職人も限られていて、ジャーニマー国のピソ職人のような認定制度があるわけではないが、特殊技能のある職人でないと作れない菓子であった。
 フィリッポは職人としての好奇心があるのだろう、タランティー国の使いがグランディン王にパチェイを献上したときに、どのようにしてパチェイが作られるのかを使いの者に聞いていたらしい。

「タランティー国も旅しただろう?エラディン」
「はい、旅した国であります」
「パチェイは食べたことがあるか?」
「はい、旅で出会ったパチェイ職人に少しもらったことがあります」
「フィリッポにその話をするがよいぞ、パチェイ職人に出会っているのであれば、特にな」
「そうですね、フィリッポにはまたのちほど」

 グランディン王は二つ目のパチェイに手を伸ばし、うまいなぁと言いながら食べている。エラディンはグランディン王が本題を話すまで、黙々と目の前のピソを食べた。食べれば食べるほど、旅の疲れが癒えていくようであった。
 グランディン王は、パチェイを食べ終え、給仕係に食後の茶をもってくるように言いつけたあと、口火を切った。

「ときに、わしがお主を呼び戻したのは、なぜだと思う?」

 グランディン王がまっすぐにエラディンを見る。その視線はエラディンの心を見透かすかのような鋭さだった。うかつなことは言えない。

「それは……、情けないですが、私が期待に沿うような働きができていないからです」
「まあ、そのとおりだな」
「申し訳ございません」
「お主が旅した国々との関係性はいまだによくはなっていないからな。タランティー国のほかにはな」
「不甲斐ないばかりです」

「まあ、わしが期待をかけすぎた部分でもあるわな。ただでさえ、勇者の素質があるものは多くはないからな。治安維持のために各地に派遣している勇者が多く、他国へ派遣できる勇者の数も少ない」

 ジャーニマー国は、もともと小さな国であった。グランディン王が君主になってから、大きく領土が広がった。筋骨隆々で力の王と呼ばれていたグランディン王が率いる軍は強力で勢いがすさまじかった。各国に侵攻しながら領土を得てどんどんと巨大な国になった。
 急激に巨大化した国はその後に内部統制していくのが大変であった。油断をすれば、反乱を起こし独立しようと試みる勢力が生まれてしまう。そこで、軍の勇者たちをそれぞれの地域の治安位置のために駐在させていた。
 また、急激に拡大したジャーニマー国は周辺諸国から警戒され、敵意を向けられることもあった。ジャーニマー国としてはこれ以上の領土拡大を望んでいるわけではなかったが、周辺諸国からはいつ、ジャーニマー国に戦争をしかけられ、侵略されるのではないかと恐れられていた。
 だからこそ、不要な争いが生まれないように、周辺諸国への和平交渉をせよと命じられていたのがエラディンであった。

「先日も国境近くで諍いがあったからな。大ごとにはならなかったが」
「さようでございますか」
「わしの代でできることはもはや限られているのかもしれんなぁ」

 グランディン王のそばで控えていたフィリッポが、国政についての込み入った話をしそうだと察し、「では、わたくしはこれにて」と言ってその場を去ろうとした。

「いや、待て。お主もこの話に関係がある。エラディンの横に座っててくれ」

 引き止められて、フィリッポはエラディンの横の席に座った。
 普段、そのような話をグランディン王からされることなどないのだろう。フィリッポは驚きを隠せず、また、落ち着かないのか足を小刻みに揺らしている。

「実は、あと数年で王の座を退こうと考えている。ワシが退くも退かないにしても、そのうちに何者かに殺されるかもしれぬしな」
「そんなことは、ありえませぬ」

「いや、ありえる。そんなことを考えるまでに、状況は深刻なのだ。たしかに国を大きくすることはできたかもしれぬ。しかし、その過程で生じた犠牲で、多くの恨みをかっている。いつ後ろから刺されるかわからぬしな」

 グランディン王を、そこまで考えさせてしまうほど、自分の働きが足りなかったのかとエラディンは反省する。

「現在の務めをはたせぬわたくしは、勇者の職を辞するしかありません」      

 自分の職務の成果が出せなかった不甲斐なさからエラディンは、たまらず言う。

「まあ、待て、まあ、待て。結論を急ぐな。いろいろ考えたんだが、わしのこれまでのやり方で、国が長く繁栄していくとは思わない。ジャーニマー国のこれからを率いるには、わしとは異なる新たなリーダーシップが必要だと思うのだ。遅かれ早かれ、マトラッセに王位を継承することになる」

 マトラッセとは、グランディン王の三番目の息子である。王位継承の順序で言えば先に候補として上がるのは1番目や2番目の息子たちであるはずだ。それなのにどうしてというエラディンの疑問を表情から読み取り、その訳を説明する。

「まあ、わしが息子たちを説得したとして、その後の兄弟間での争いが起こらないということもないとはいえないだろう。その懸念も織り込んだうえで、これからのジャーニマー国を治めていくにふさわしい器の持ち主を考えたときに浮かんだのがマトラッセだった」

「その王の意向はすでにマトラッセさまに?」

「もちろんだ。ゆくゆく後を継ぐことを視野にいれて、すでに内政に関わってもらっている。そして、そのマトラッセからお主らの力を借りたいという要望がある」

「マトラッセさまが・・・わたくしに?」

 それはどういうことを意味するのだろう?

「さよう。マトラッセの力になってほしいのだ。それにあたり、エラディン、お主の言うように勇者の職は降りてもらうことにはなる」

「やはりそうなのですね・・・」

 やはり、自分は勇者の職を下ろされてしまうのかとエラディンは落胆する。勇者の職を得た者がその職を下ろされる前例はなかった。

「それは、恥ずべきことだと思うかもしれない。しかし、勇者の立場ではできなかったことをお主には期待したい。元勇者だからこそできることがあるし、またこれからを担うマトラッセの助けになってほしい。そして、フィリッポもピソ職人としての仕事以外にも担ってもらいたい役目があるのだ」

 グランディン王は、エラディンに勇者職を降りることと、フィリッポに担ってほしい新たな役割があることだけを伝えて、その詳細は翌日にマトラッセに会って直接聞いてほしいとだけ伝えた。

 グランディン王と別れて、フィリッポの工房にもどった。寝室のベッドでは少女が眠ったままだ。
 寝顔をのぞき込むと、痛みに顔をゆがめているかのような表情で眠っており、額にはうっすらと汗が光っている。タオルを少し湿らせて、汗を拭いてやった。

「苦しそうですね、病気なんでしょうか」フィリッポが心配そうに尋ねる。

「いや、私も、状況がわからない。一晩眠らせてあげてこの子が目覚めたときに、何か食べさせてやろうか」
「そうですね、幸いにもここはピソ工房。ピソならいくらでもありますしね」

 エラディンとフィリッポは少女の様子を少し観察してから、居間で晩酌をすることにした。
 旅の様子の話と、グランディン王が語っていたことについてどう思うかについてフィリッポと語った。赤ヴァイリーの瓶が1本空くころに、ふたりとも雑魚寝で居間にて眠りについた。
 眠りについてから、そこまで時間が経っていないまだ夜が明ける前に、フィリッポは起き上がり、窯の火を入れ、朝のピソづくりを始めていた。


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