「ピソ職人新聞社の道標」 第12話
第12話
厨房にもどると、職人は面台の上に伸ばした生地に、ギム粉を振る作業をしていた。女性に案内してもらう形で、エラディンたちは厨房の中にいれてもらった。
「あなた、ピソ新聞社の方々ですよ。インタビューをしたいそうで」
「ああ、うん」
職人は面台の上の生地に視線を落としたままだ。
「すみませんね。少し緊張しているみたいです。作業しながらなんですが、いいですか?」女性がジョアンナに尋ねた。
「はい、大丈夫です」ジョアンナは答えて、エラディンから渡された手帳を開いた。横ではリアナがメモとペンを準備し筆記に備えている。
「……改めまして、ピソ職人新聞社のジョアンナです。よろしくお願いします」
「……よろしく。ブレイドウッドだ」
「このお店はいつからやっているんですか?」
「3年前からだ」
「3年前からなんですね。ピソ職人としてピソを作られていたのはいつからですか?」
「認定ピソ職人の資格を取ったのが、18年前。見習い期間をふくめると23年はピソづくりにかかわっている」
「そうなんですね、このお店をはじめるまでは、どこかのお店で働いていたんですか?」
「ああ、あるときはピソ―ラの職人のひとりとして、またあるときは貴族の家の専属ピソ職人という感じで、所属先を転々としている」
「なるほど、さまざまな経験が豊富なのですね」
「経験が豊富というか、どこも長く続かなかった」
「あぁ、なるほど……」
気まずい沈黙が流れた。ブレイドウッド氏が生地を面台のうえで、ひっくり返すとドスンという鈍い音が響いた。
えっ、どうしよう? このままインタビューをスムーズに進められる自信がない。ジョアンナは、そう言いたげにエラディンに目で訴えかける。ベラッキオのように語るタイプの相手じゃないから、一問一答のようにすぐに答えがでてしまって、深掘りしようとしてもすぐに話が途切れてしまう。
エラディンが他の質問を投げかけて助け舟を出そうかと思ったとき、ブレイドウッド夫人のフォローが入った。
「主人が、お店などを転々としてくれたおかげで、わたしたちは出会って結婚できたんですけどね」
気まずい沈黙に終止符が打たれ、ジョアンナはひとまず安堵しているようだった。
「そうなのですね、どのタイミングで出会われたのですか?」ジョアンナが夫人にも質問を振る。
「貴族の家の専属ピソ職人を主人がしていたときに、わたしもその家に侍女として勤めておりました。主人のつくったピソはもちろんその家の家族が食べるものだったんですが、あまりに美味しそうだったので、その家族の目が届かないタイミングで食べさせてもらったことがありました。町のピソ―ラのピソなど、これまで食べたどのピソよりも美味しくて感動したんです。一口食べると、故郷のギム畑を思い出しました。それまでは主人のことを、私と同じようにその貴族の家にお勤めしている使用人仲間のひとりだとしか思ってなかったんですが、ピソを食べてから主人との距離がグッと近づいたんです。そのピソから、ギム粉への敬意、素材の良さをどうすれば最大限に生かせるか、妥協なく追及するひたむきさが伝わってきたんです」
夫人はブレイドウッド氏と異なり、エピソードトークもたくさん話してくれる。
「はずかしいだろうが……」
ブレイドウッド氏が、伸ばした生地を正方形に整える。
寡黙でシャイな職人と、饒舌で明るい夫人の対照的なキャラクターで夫婦はそれぞれを補っているんだろうなとエラディンは思った。
「どうしてこの場所でピソ―ラをはじめようと思ったのですか?」
ブレイドウッド氏は正方形の生地を三つ折りにしながら答える。
「この場所が、妻の故郷だから。妻が故郷のギム畑の景色が美しくて、訪れる人の心を癒すと言った。自分もピソのもとになるギムの畑のそばで、ピソを作られる生活は理想的だなと思った。さまざまな人が集まる都市で生活する窮屈さが苦手だった」
「主人がこの場所で生活すると決意してくれたのは、わたしにとってもうれしいことでした。祖父が細々とやっていた製粉業を引き継がせてもらいました。主人は合間にピソをつくるという、ゆったりとした生活がはじまったんです。試しにつくったピソを販売してみたら、それが好評で……。夫の腕のたまものなんです」
ブレイドウッド氏は壁に掛けられた時計をチラッと見た。
「お時間大丈夫ですか?」
ブレイドウッド氏が時間を気にしたことに対してジョアンナが尋ねる。
「ああ、大丈夫だ。発酵させる時間を確認しただけだ」
それまで、手を止めることなく作業していたが、ブレイドウッド氏は手を止めて生地を休ませている。
「この場所に拠点を移してからは、心が落ちついた。ギム畑でギムを育てている農家さんに、今年の出来はどうですかなんて話をして過ごし、自分のつくったピソをその農家さんに渡すこともある。そして、このピソはうまいですなと農家さんに言われるのも、あなたのつくったギムのおかげですと応えるのも、温かい血の通ったコミュニケーションだ。……この、さわさわと揺れるギム畑はずっと飽きずに眺め続けられる。美しい景色だ」
ブレイドウッド氏の緊張がほぐれたのか、さきほどよりも詳しく話をしてくれるようになっている。
売り場のほうから、ごめんくださーいという声がした。ブレイドウッド夫人は、お客様がきたので、少し席を外しますねといって、売り場に向かった。
「お客様も結構いらっしゃるようですね」
「ありがたいことだ。お客様が来ることがこんなにもありがたいのだと心から実感できたのもここに来てから。町のピソ―ラで務めていたときは、お客様が途切れることがなくてずっと忙しく、店内は殺伐としていて、作業に心がこもらなかった。ここでゆったりとピソをつくれる幸せを感じている。妻がここに連れ出してくれたおかげだ」
売り場ではブレイドウッド夫人が、このピソがおすすめですよとお客様に話しかけているのが聞こえる。
「ここにきたお客様にしか黄色ピソを売っていないんですか? 焼きたての金色ピソをどこかに献上したりなどしていますか?」
ジョアンナはずっと気になっていたらしい。フィリッポが認定ピソ職人として、毎食焼きたての金色ピソを王に献上している姿に見慣れていると、ここのピソ―ラもどこかに金色ピソを献上しているのではないかと思うのは自然なことだった。
しかし、ブレイドウッド氏は微かに顔をゆがめて不快な反応をした。それでも、なるべく平静を装って答えた。
「……いや、もう焼きたての金色ピソを献上することには、懲りている」
気まずい質問をしてしまったのだと、ジョアンナも気づいたようだ。
「権力者はみな、焼き立ての金色ピソはないのか、なるべく焼きあがったばかりの、より力が湧き出るピソが食いたいとばかり言う。彼らにとっては、美味しさよりも、いかに力や能力が引き出されるかが大事。たしかに焼きたての金色ピソには、食べた者の力を引き出す魔力が宿っている。その魔力がある分、ピソ自体のうまみが感じられないようになる。こちらとしては、ピソのうまみが感じられるようにつくっているのに。それをわかっちゃくれない。自分は、金色ピソよりも黄色ピソのほうがギムのうまみをはっきりと感じられると思う」
ブレイドウッド氏は再び壁の時計を見て、時間を確認できたのか、また手元で寝かせていた生地に視線を落とした。数分寝かされていた生地は先ほどよりも一回り膨らんでいるようだった。生地をひっくり返し、中のガスを慣らすように手のひらで軽くたたいて平にする。
長い辺の向こう側から指先でつまんで生地を張らせるように折っていく。そして、また長細くなったものをまた長い辺の向こう側から同じように生地を張らせるようにして折り、右手の親指の付け根を使って止め、左手の親指で押し込んで折りこんでいく。長細い棒状になった生地を転がし綴じ目を下にして形を整える。この一連の動きを、生地があるだけ繰り返していく。その手先の動きが美しく、テンポよく長細い生地がつぎつぎと出来上がっていく様を、見入ってしまう。
接客を終えて、厨房に戻ってきたブレイドウッド夫人は、一同が黙りこくって、面台の作業をじっと見つめている様子を見て、
「すみません。夫が話をとめて作業に集中してしまっていますよね?」と言った。
「いえ、われわれも一連の手さばきが美しく、取材を忘れて見入ってしまっていました」ジョアンナが正直に答える。
「おい、キャンバス地をとって」
ブレイドウッド氏が夫人に指示すると、夫人は棚からキャンバス地をとってきて、面台の空いているスペースに広げた。
ブレイドウッド氏はそのキャンバス地の上に打ち粉をし、長細い生地をのせ、その生地に沿わせるように、キャンバス地でうねをつくって、またその横に別の長細い生地をのせ、またうねをつくりと、繰り返していく。
「こうすることで、生地が型崩れをしない。それでまたしばらく発酵させる」
ブレイドウッド氏はその後もピソづくりの工程を見せながら、今何をやっているところなのかという話をした。途中から、ジョアンナは質問をするだけでなく、スケッチブックとペンを取り出して、ブレイドウッド氏がピソをつくる工程のスケッチをした。作業のきりのいい時にブレイドウッド氏は、ジョアンナのスケッチブックをチラッと覗いて、よく描けていると言った。
そして、インタビューとスケッチが落ち着いたところで取材を終えた。
途中、気まずい空気が流れることもあったが、ジョアンナのはじめての取材は無事に終えることができた。ジョアンナも自分が記者として大きく成長したことを感じているようだった。
ブレイドウッド氏は目の前の生地やジョアンナではなく、エラディンに視線を向けて尋ねた。
「ずっと見たことがある顔だなと思って……。どこかでお会いしたことありますかね?」
「えっ、そうですか? はじめましてだと思いますよ」エラディンは答えた。
「……そうですか。人違いかな」
ブレイドウッド氏はエラディンに対する興味を突然失ったようだった。
エラディンたちはブレイドウッド夫妻に挨拶をして、お店を去った。
ダダビット車を止めてある場所に戻る道中、リアナが尋ねる。
「ブレイドウッド氏とは本当に会うのは初めましてだったんですか?」
リアナはずっと気になっていたようだった。リアナは取材中、もくもくと筆記することに集中していて、ほとんど言葉を発さず気配を薄くしていたせいか、話しかけられてようやく一緒にいたことをエラディンは思い出した。
「んー、まあ、今日はエヴァンデッド商会の商人としてここに訪問したからな」
「ということは、面識はあったんですね」
「そうだな、勇者時代に少しな。でも、そんなの思い出してもらわなくていい。私としても苦々しい過去だ」
「そうなんですね……」
エラディンがこれ以上触れてほしくないという空気をリアナは読み取って、追求するのをやめた。
第13話(つづき)
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