「ピソ職人新聞社の道標」 第7話
第7話
目的のピソ―ラにつくと、店内に入りきらない客が外まで行列を作っていた。
「すごい、人気のピソ―ラなんですね。行列ができているピソ―ラを初めてみました」リアナが驚いている。
「裏口からまわろう」
エラディンがそう言うと、コゴアミンが「こちらです」とピソ―ラの裏手へ案内した。
表はピソを買おうとする人々であふれていたが、裏にはギム粉が10kgずつ入った麻袋がたくさん置かれていた。
「すごいね、人気店だから、大量にギム粉を消費するんだろうね」ジョアンナがつぶやいた。
「このギルド地区で1、2を争う人気店だからね」コゴアミンが答える。
裏口が見つかり、エラディンがその扉をノックしようとした、そのとき麻袋が大量に置かれている一角から鼻をすすりながら泣いている声が聞こえてきた。
ちょっと待ってとジョアンナがエラディンをとめ、声が聞こえる方向にいくと、ジョアンナと同じ年ごろの青年が麻袋に隠れるようにしゃがみこんで泣いていた。
「あの、大丈夫ですか?」
ジョアンナがその青年の肩をポンポンと叩いて呼びかけると、びくっとした後にジョアンナたちのほうに振り返った。
「……何用でしょうか?」
「泣き声が聞こえてきたので、つい」
「ほっといてください。ピソの購入なら表に回っていればできますので、そちらへ」
「いや、そういうわけにはいかず、このピソ―ラのオーナーに取材する予定で」
青年はポケットからハンカチを出して、涙を拭き、鼻をチーンとかんだ。
エラディンが「オーナーに取材にきた旨伝えてほしい」と言って青年に名刺を渡した。
青年は名刺を一瞥する。
「……ピソ職人新聞社の方々ですか。マスターを呼んできますので」
青年が裏口の扉をあけて、オーナーを呼びにいった。しばらくして、怒号が飛んできた。
「また、てめぇ、分量間違えやがっただろう? 全然膨らまねえ。廃棄する商品ばかり増やしてどうする?えぇ?」
あの青年が叱られているのだろうか。しばらく怒号が続いたあとに、青年がまた裏口の扉をあけ、エラディン達を呼びに来た。
「マスターが、上がってきてと言っています」
エラディンたちは顔を見合わせ、大丈夫だろうかと目線を交わしながら、厨房内に入った。
厨房内では、たくさんの職人見習いたちが、生地を捏ね、分割成形し、窯で焼いていた。それぞれの持ち場があるようで、忙しく働いている。青年が厨房から2階へつづく階段を上るようにエラディンたちに言った。
1階の厨房はとてもじゃないが、エラディンたち取材クルーがいると、作業の邪魔になりそうだった。2階へあがると、簡単な炊事スペースと作業台がある部屋だった。作業台の周りに複数の女性たちがいて、ピソを籠に詰めたり、リボンなどでラッピング作業をしていた。
奥のテーブルに座っていた男が立ち上がり、
「こっちだ」とエラディンたちを呼んだ。
太い声が聞こえてきて、体格のいい大男だった。この大男がピソ―ラのオーナーらしい。ピソ職人には珍しい長髪で、後ろで髪を束ねてくくっている。口のまわりや顎に無精ひげを蓄えており、肉付きのいい貫禄のある体格だった。
「ピソ職人新聞社のエラディンです。本日はお忙しいところご協力くださいまして、ありがと……」
オーナーは、エラディンが話すのを遮って、手を差し出した。
「えっと……」
「協力金。取材協力金。」
「……あ、はい、そうですね。先にお渡ししますね」
エラディンはカバンの中から、懐紙に包んだ取材の謝礼金を渡した。オーナーは、目の前で懐紙を広げ、中身の金額を確認してまた包みなおした。気まずい沈黙が流れた。
「まぁ、大勢できたもんだねぇ。まあいいや、そこの椅子に掛けてくれ。じゃあ、時間もないんで、早速すすめてくれる?」オーナーが言った。
エラディンたちはオーナーに言われたとおり、椅子にかけた。ピリついた空気が流れている。
「はい。こちらが今回の取材でお話を伺いたい内容の質問表です」
エラディンはリアナに目配せをして、それにこたえたリアナは質問する事項をまとめた紙をオーナーに渡した。
オーナーはふんと鼻をならし、紙を一瞥した。
エラディンは話を続ける。
「我々ピソ職人新聞社は、全国各地のピソ職人の方々向けの情報発信をしている新聞社です。マトラッセ王からの命により創刊されました。ピソ職人たちのためになる情報を収集し広めることで全国のピソ職人の技能の向上を目指しています」
マトラッセ王が王位についたのはちょうど一年前だ。ピソ職人新聞の発刊を増やせと命じられている。
「ふーん、ピソ職人新聞社にピソを作れる人間がいるのか?」
「ええ、認定ピソ職人のフィリッポが情報発信の監修をしております」
「はん、認定ピソ職人のフィリッポねぇ」
吐き捨てるようにフィリッポの名前を言ったオーナーの様子に、ジョアンナはカチンとくる。そのジョアンナの気配を察したリアナが、ジョアンナの手首を触り「落ち着いて」と制した。
「認定ピソ職人様からみたら、俺みたいな偽認定ピソ職人のピソ―ラオーナーが話すことなんて、聞きたきゃなかろうに」
様をつけることで、より尊大に感じて、ジョアンナは怒りで震えた。リアナが落ち着けとジョアンナの手首を握っている手の力を強めた。
「ピソづくりにかかわる職人を目指す人の間口を広げるというのが、われわれ新聞社の目的の一つでありますから、これほどまで人気のピソ―ラを経営されているベラッキオさんのお話もきかせていただきたいのです」
エラディンは丁寧なインタビュアーの姿勢を崩さずに話を進める。
「俺、あんた達の立場など忖度せずに思ったままのことしか話せないけれどそれでもいいか」
「ええ、もちろんです。それがピソ職人の声なのですから」
「そもそもさ、認定ピソ職人制度ってものがいらないよね。さっき、あんたが言った、ピソ職人を目指す人の間口を広げることを目指すなら、認定ピソ職人制度を廃止すべきだと思う。認定ピソ職人っていうのも、王家の食事を支えられるように、選りすぐりのピソ職人を集めんがために機能している」
「ええ、その側面はあるでしょうね。ただ、実際に認定ピソ職人が作ったピソを食べていたのは王族だけではありません。ジャーニマー国の軍隊を率いる勇者をはじめとする兵士たちの食料として広く食べられました。そのおかげで強力な軍隊ができ、ご存じのとおり昨今のジャーニマー国の拡大につながったのです」
「王族だとか、勇者だとか、そういう特権階級の人間のことなんざ、俺は興味がないね。むしろ、そういう特権階級の奴らがいるせいで、何者でもない一般市民や、はては奴隷として扱われている最下層の人々は搾取されている部分があるだろう? 貧富の差だよ」
「そこをこれから、マトラッセ王は是正していこうというお考えです」
「やはり、王の命でできた新聞社さんだよ。いい部分しか見てやがらない。はん、マトラッセとやらは、グランディン王の三男坊だろ。あの一番細っこくて、弱そうな王じゃないか。ジャーニマー国も先行きがしれている」
今度はエラディンが怒りでこめかみをピクピクさせている。リアナが、ジョアンナを抑えている手とは逆の手で、エラディンの膝を押さえた。
ベラッキオはその場にいる者たちをイラつかせる才能があるようだった。
「では、本題の取材をさせていただきたいのですが……」
エラディンは、ベラッキオの店の売りのピソについての話や、製法で工夫していることを聞いていく。それをリアナが静かにメモしていく。
取材の始まりでは、ベラッキオの醸し出す威圧感のある空気に圧倒されてだんまりを決め込んでいたコゴアミンが、店のピソについてや、製法の話になると、目を輝かせながら話を聞いている。ピソ職人見習いとして、ベラッキオが話すピソづくりの話の内容が面白いのだろう。熱心にきくコゴアミンの姿勢に、少し警戒心を解いたのか、徐々にベラッキオが饒舌になった。
「ピソづくりの一番大事な工程は生地を捏ねる工程。そこが失敗したらその後のリカバリーがきかない。だからこそ、うちの店で生地を捏ねる工程を任せるのは数年うちの厨房で修業したやつにしか触らせない。生地づくりがうちの店のクオリティーコントロールにかかわる。生地が不味ければ、どんなにいい温度で焼き上げてもすべてが台無しだ」
「……それは、ぜひ工程をみたい」
コゴアミンが口走っていた。頭の中で流れていた言葉が、思わず口から急にあふれてしまったようで、本人も口走ったあと両手で口を押え、しまったっという顔をした。
「おまえも、ピソ職人見習いか……。その腕を見る限り、生地も捏ねているな」
ベラッキオの視線がコゴアミンの上腕に注がれている。
「ベラッキオさん、ぜひとも、後でお時間が許す限り厨房の様子を見学させていただきたいです」コゴアミンがあらためてベラッキオにお願いをする。
「まあ、気配を消してだったらな。邪魔すんじゃねえぞ」
「……やったぁ!」コゴアミンの無邪気な喜びがインタビューの空気を柔らかくした。
「というか、頭で聞くんじゃねえ、実際に俺の店のピソを食ってみて確かめてみろ。どうせ、あの外の行列じゃ、うちのピソを購入して食べられていないだろ」
ベラッキオは、そばの作業台で、ラッピング作業をしていた女性スタッフに、取材協力の金を渡して、これだけあるから、適当に見繕ってきてといって、売り場のピソを取りに行かせた。
エラディンたちが取材をしていたテーブルに女性スタッフが持ってきた大量のピソが並べられた。
焼き立てではない黄色いピソのさまざまなバリエーションのものが並べられた。フィリッポがいつも作るような、丸い形のものや、細長い形のもの、あみあみした形のものなど、ベーシックなピソもありつつ、ピソの生地の中にベリーやクルミなど具材が練り込まれてっているもの、パテが塗りつけられたもの、ベーコンが一緒に巻き付けられたもの、サクサクのクッキー生地のようなものに、クリームやフルーツがトッピングされたもの、キャラメリゼされたものなどがあった。
王に献上されているベーシックなピソとは異なる見たことのないピソがたくさんある。見た目も形も彩りよく、美しいものが並んでいて、見ているだけで目が楽しい。町民たちがピソを買い求めんと殺到するのもよくわかる。
「気になるものを食べてみろ」
ベラッキオに進められて、エラディンたちは各々が気になるピソを手にとり食べた。
「おお、これは味わったことがない味だ。何が入っているのだろう?」
「この色は何の食べ物が反映されたものだろう?」
いろいろ疑問が口に出るのに対して、ベラッキオが答えていく。
「一度、低温で焼いて、具材をのせてから仕上げに焼くとそんなおかずになるピソができる」
「疲れたときに、その疲労感をいやす柑橘の酸味を隠し味にいれている」などと話す。
リアナが、もぐもぐピソを食べながらも、メモをする筆を止めない。また、ジョアンナも見たことのないピソを記録しておこうと、スケッチブックにそれぞれのピソを描いていく。
それをちらっと見たベラッキオが、「おまえ、絵がうまいな」とめずらしく褒めた。
「見たことのないピソばかりだ。このようなピソのバリエーションのイマジネーションはどこからくるんでしょうか?」エラディンが取材を続ける。
「イマジネーションか、そんな生ぬるいもんじゃねえな。これは、俺の生への欲望だ。死にたくない、その一心から生まれた」
第8話(つづき)
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