「ピソ職人新聞社の道標」 第8話
第8話
ベラッキオの語りが始まった。
「俺は、親に捨てられて、飢え死にしそうなところ、このギルドのとあるピソ―ラのピソを盗み食いしてひっとらえられたことから、俺のピソ職人としての人生がスタートしている。ピソ職人だけじゃねえ、職人というものは、何か自分が手に職がないと食っていけねえという渇望感があって、技能を身につけていることが多い。職人たちは、貧しい家庭の生まれも多い。自分の手に職をつけるのが大事なんだ。それは、貧しさから逃れられる唯一の手段。王族や貴族など生まれた時から恵まれたやつらにはわからない渇望感だろうな。能力を身につけなければ飢え死にするしかないんだ。自分のできる能力を還元して金にかえるしかねえ。ピソを盗み食いした俺は、しばらく、牢屋に入れられた。俺には身寄りがない。牢屋から出ても、その後の生活をなんとかする術がない」
「親に捨てられたのは何歳くらいだったんですか?」ジョアンナは思わず聞く。
「6歳だ。いまでも覚えている。家に食べるものがなくて、いつも空腹だった。城外の僻地に俺の家はあった。その時は誕生日だった。母親がお祝いをしてやると俺を家から連れ出した。俺にとっちゃお祝いなんてどうでもいい。ただ、腹が減って仕方がないから、何か食べたかった。連れてこられたケラスズ城の城下町のマーケットには肉、魚、色とりどりの野菜が売られていた。見たことのない鮮やかな景色だった。そこには豊かさがあり、日々食べ物に困ることのない満たされた人々がいるってことがわかった。マーケットに並べられた様々な食材を見ているだけで、空腹がまぎれるような気がした。母親が、じゃあご馳走を買ってくるから、ちょっと待っててねと言い残して、俺のもとを去った。俺は、よし今日は腹いっぱい食えると思って楽しみにしながら待ったんだ。でも何時間たっても母親は帰ってこない。そして、日が暮れても戻ってこない。マーケットに出ていた店がどんどんと片付けをはじめる。がやがやとしていた近辺は店が閉まっていくと、急に人通りがなくなり、家に戻る方面もわからない。そこで、ああ、母親が俺を捨てにここに来たんだということを悟った。口減らししたかったんだろう」
「それで、空腹に耐えきれず、ピソを盗んだ」エラディンが、ベラッキオの話の続きを促す。
「ああ、そうだ。腹が減りすぎていたせいかもしれないが、そのとき盗んで食べたピソがうますぎて。牢屋から出ても、またあれが食べたいと思った。俺も馬鹿なんだが、盗みに入ったピソ―ラでピソが食べたいとうろうろしていたら、同じピソ―ラの職人にひっとらえられて、牢屋にまたぶち込むぞと言われた。そこで、俺には帰る場所がなく、なんでもするから、ここで働かせてくれと懇願した」
「それが、ピソ職人のはじまり……」
「いや、そんな単純な話じゃねえ。信頼ゼロ、むしろマイナスからのスタートだ。最初は、厨房はおろか、店内にも入らせてもらえない。変なそぶりを見せたらすぐに牢屋にぶち込んでやると言われ、それで、店のまわりをうろうろしていたら、今度は、お客に不審がられるから、掃除しているように見せろと言われて、箒、バケツ、雑巾をもたされた。仕方がないから店のまわりを掃除した。一日かけて掃除するしかなかったが、ピソ―ラのまわりにずっといて、掃除をしていたら、売れ残ったピソや失敗したピソなどがもらえた。飢えをしのぐには、充分だった。むしろ、城外の僻地の家にいたときのほうが、食べ物がなくて飢えていたことのほうが多かった。暑い日も寒い日も雨の日も雪の日も関係なく、外にずっとい続けなければならないのは大変だった。だが、少なくとも一日の終わりには食い物にありつけた。しばらく売れ残って痛みはじめているピソや、黒焦げになった失敗ピソなど商品価値のないものばかりだったが、何もないよりは、ありがたかった。ピソ―ラの外で掃除すること以外やることがなかったから、合間にピソ―ラにどんな客が来るのかを観察した。どんな客がどれくらいの量や金額でピソを買っているのかを観察した。あの客はいつも来るから、このピソとあのピソを買うだろうと予想してそれが当たったか外れたかを観察するゲームをしたり、客がピソの陳列棚を見てどういう視線の動きで、何を買うのか当てたりする、ひとり遊びをしていた。意識はしていなかったが、そのピソ―ラにくる客層のデータを頭に叩き込んでいた。また、ピソ―ラに出入りする商人たちも観察対象だった。ギム粉やそのほかの材料、調理用具などいろんなものを売りつけていた。表の売り場じゃなく、厨房につながる裏口の扉をノックして営業していくんだ。そこで交わされる会話を聞く。今年のギムの出来がいい、悪い。ギム粉の挽きの粗さでどう風味が変わるか、この職人がつくった調理器具はいいだの悪いだの。裏口に営業にくる商品はこのケラスズ城の城下町で商売をしている者だけじゃなかった。遠方からやってきた商人もいた。俺が掃除していたピソ―ラはこのギルド地区の中でも繁盛しているピソ―ラだった。金が集まるところには人も集まってくるんだなと思った。探し求めなくても商人たちがこれはいい材料だ、いい商品だ、どうですか?買いませんかと提案しにくるんだ。そんな光景を見ていると、儲かることが正しいんだなと刷り込まれていった。ピソ―ラのまわりを掃除して、ピソ―ラに来る人間観察をして過ごすこと1年くらいだったか」
「1年!!」エラディンが驚きのあまり声を漏らす。
「ああ、身寄りのない乞食みたいなもんだからな。ピソ―ラのまわりを掃除して、誰も食べない痛んだピソを食べて腹を満たし、宿もないから、適当に雨風が当たらない場所を探し出して寝た。その繰り返し。それで、ある日ピソ―ラに大量のギム粉や材料などが運び込まれたことがあった。おそらく大口の取引先ができたのだろう。ピソ―ラで働いている職人たちが総出で搬入作業をしていた。その様子をいつものとおり、箒を持ちながら見ていた。すると、ピソ―ラのオーナーシェフが俺のもとまでやってきて、何をやっている?お前も荷物運びを手伝わないかと言ってきた。そのときにはじめて、ピソ―ラの店内や厨房に入ることを許された。荷物運びを終えたあと、また箒をもって外の掃除をしに戻ろうと思ったら、またオーナーシェフが俺の首根っこをつかんで、何をやっている厨房内を掃除しないかと言った。そこでようやく、俺の居場所が店外でなく店内に格上げされたのだ」
リアナが忙しく筆を走らせている。語り続けるベラッキオの職人人生を記録していく。ジョアンナは、リアナがメモを取っている内容を確認すると、見たことのない言語でメモがつづられていた。波のように流れていく形の文字だった。エルフィー族が使っている言語なのかもしれない。
「やっと厨房内に入れたものの、やることはいつものとおり掃除や片付け。厨房内で忙しくピソ製造に動いている職人たちの邪魔になるような動きをすると、怒鳴られた。ピソ―ラがオープンするまえの3時間が一番緊張感のある時間だった。ピリついていて、誰もしゃべらない。もくもくと自分の持ち場の仕事についている。俺も厨房内にいるものの、なるべく気配を消していた。とはいえ、何もしなかったら、洗い物がたまっているとか、掃除ができていないのか、拭きが甘いなどと言われ怒られる。厨房の清掃の合間に、他の職人たちがどのようにピソを作っているのかを見た。製造が落ち着いているタイミングでは、簡単な買い出しに行かされた。買うものを間違って殴られることもあった。ピソ―ラに商人たちが材料を売りにくることももちろんあるのだが、そこで間に合わないものや、緊急で必要になった材料や道具は、都度調達する必要があった。俺がそのピソ―ラで働いている一番年下だったし、というか、まあガキだったし、誰もがやりたがらないこと、めんどうなことは真っ先に俺がさせられた。それで日々食べるものがあって、生きていくことができるのだからなんの不満もなかった。そういうなんでも便利屋を3年くらい続けていた。ピソ―ラにどんな人物や商人が出入りして、足りないものはどこから調達するのか、日々の仕事の中でどんな役回りをしたらよいのか、そんなことをぼんやりと把握するようになった。ピソづくり以外の部分のピソ―ラ運営に関しては、その3年間が一番勉強になっていた。俺もガキだから、大人じゃないし、周囲の人間も油断していろんな側面を見せてしまっていたのだと思う」
「つまり、そこでピソ―ラの店舗づくりを学び、それが後にピソ―ラ経営に生かされているということですかな?」エラディンが尋ねる
「いやいや、まだガキだしな、そこまで頭まわってねぇよ。ただ、なんだろうな、ピソ―ラの現場の空気をそこで覚えたって感じだろうな。小間使いのような働きをしていく数年を経て、ピソづくりにかかわらせてもらう機会がやっときた。ピソ製造をするピソ職人のうちの主戦力となっていた職人が店を辞めたんだ。ピソ製造の人手が急に足りなくなって、おい、おまえもピソ製造を手伝えって急に言われた。俺も、そんな急に言われてピソをつくれって言われたって、何にもできないよと言ったんだが、おまえもう何年も工程を見ていただろう?いいからやれ!って言われて、あんなにかたくなにずっと触らせてもらえなかった生地を触るようになった。最初は捏ね上げられた生地の分割作業からだった、目分量で生地を均等な重さにわけていく作業。となりで先輩職人も同じ作業をしているんだが、俺が適当に分割していると、馬鹿!量が多すぎる!それじゃ少なすぎるっていっていちいち言ってくる。作業のテンポが遅れるから、さっさとしろと文句を言われながら作業する。殴られたり悪態をつかれるのは、もう慣れっこだった。その次は丸め作業だ、成形作業だ、窯をやれといろいろ持ち場を覚えていった、最終的に生地を捏ねる仕込み作業をさせてもらうようになったときには、一職人として認められたのかもしれないなって実感した。俺は18歳になっていた。気が付けば俺が一番、どの持ち場に対して詳しくなっていた。自分が生きるため仕方がなくピソ―ラにかかわってきたんだが、それでも、目の前にある仕事をもくもくと手を動かすのはきらいじゃなかった。厨房に入ることをゆるされる前は、痛んだピソばかり食っていたが、それから様々な持ち場をまかされていくうちに、商品になるピソを食べて味を確認するようになった。知らず知らずのうちに職人として舌が肥えていった。何がいいピソで、ダメなピソなのかがわかるようになった。商人が、この材料を使ってくれと日々いろんな提案にくる、それを試すことも多かった。ピソだけでなく、他の食べ物や食材の味を覚えたのもその時期だ」
「それが、多種多様なピソの商品開発をして売る原点になっているということですね」エラディンが問う。
「まあそうだな。生き残るすべとして職人になるしかなかった。目の前のことに向き合ってきたら、結果そうなったってことよ。ガキの俺がピソ―ラのピソを盗んだのも、何かの運命だったのかもしれない。そして、そのピソ―ラがこのギルド地区の中で一番儲かっているピソ―ラだったことも」
「もしや、そのピソ―ラを、現在ベラッキオさんが引き継いだということですか?」
「ああ、そのとおりだ。前のオーナーシェフの親父さんが病気で死んじまってな。あとを頼んだぞと頼まれたのが俺だ。親父さんの一人娘と20歳のときに結婚していたしな、当然の流れといえば当然だったが……」
リアナが手を止めることなく、ずっと筆記しつづけていたのが、ようやく区切りがついた。
その様子を見て、ベラッキオは、
「もう、かなり話しただろう? 取れ高充分だろう? そろそろ仕事に戻っていいか?」と言って、席を立った。
貧しくて飢えて痩せこけていただろう少年は、日々のピソと豊かな食べ物で腹をでっぷりと大きくさせ、富を得た大男になっていた。今の姿からは過去の姿など想像もつかないとジョアンナは思う。今成功をしているように見える人物であっても、壮絶な過去や、そこから這い上がるための努力というものをしていることがある。過去を気にするのではなく、今どうありたいか、未来はどうしていきたいのかを考えることも大切なのかもしれないなと思った。
「ベラッキオさん、厨房の見学をさせてもらっても?」コゴアミンが、その場を去ろうとするベラッキオに尋ねる。
「ああ、好きにするがいい」
「ベラッキオさん、わたしも厨房見学しながら、スケッチをさせていただいても?」
ジョアンナもコゴアミンの後に続く。
「勝手にしろ」
第9話(つづき)
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