「ピソ職人新聞社の道標」 第5話
第5話
マトラッセ王子への謁見は週に1度ほどあり、会うのはいつも書物庫だった。
マトラッセ王子がエラディンの過去の報告書を見ながら、質問をしていく。実際にどんな出来事があったのかを事細かに聞いていく。エラディンがその当時の記憶を思い出しながら話していく。書物庫にはマトラッセ王子とエラディンのほかにも、もう一人、筆記人がいた。
マトラッセ王子は「一番信頼できる筆記人だ」と評す人物だった。
筆記人はマトラッセ王子とエラディンから少し離れた場所に座っていて、ふたりが話す内容のメモを取っていた。筆記人がメモをとった内容は翌週には、伝記のようにまとめられていた。
エラディンはマトラッセ王子との謁見のあと、筆記人から受け取ったその伝記の原稿を読み、そこに赤字をいれて修正指示をするという宿題を出された。それをまた翌週のマトラッセ王子との謁見の際に、筆記人に戻すという作業を繰り返していく。最初は筆記人の書く伝記の原稿がよくまとまっていて、修正すべきところがなく、赤字をほとんど入れずに返却していた。しかし、この伝記原稿をチェックする作業を毎週毎週反復して繰り返していくうちに、あれ、これはこういう風に書いてほしいなと少しずつ、赤字の修正を入れることになった。
自分の旅の記録を、簡単にまとめられたくないと思ったのと、実際に書かれた原稿の温度感と、自分が実際の旅で感じた温度感の差が気になるようになったのだ。
「さいきん、君からの返却原稿に赤字が増えてきたな」とマトラッセ王子が笑いながら言った。
「そうなんですよ。最初はよくまとめられているなと思ったのですが、いや、これは自分の物語だぞと思うと、もっとより良い描き方をしてほしいと貪欲になり始めました」
「よきよき、その調子だ」マトラッセ王子は嬉しそうにうなずいた。
筆記人もエラディンの増えていく赤字に適応するようになったのか、どんどんとエラディンに提出する伝記の原稿の精度があがっていく。以前よりも、報告書めいた文章ではなく、細やかな状況描写、エラディンの心情の丁寧な描写が増えていき、読みものとして面白く感じるようになった。
頃合いを見て、マトラッセ王子が言った。
「そろそろ、エラディンの旅の記録がまとまってきたし、新しい記録をしていきたいんだ」
マトラッセ王子が新しい記録をしたいといったのは、ピソ職人の日々の記録だった。エラディンは週一度のマトラッセ王子との謁見の日以外は、ケラスズ城周辺にいる、ピソ職人との交流を持ち、ピソづくりの実態を調べておくようにと命じられていた。
「それで、日々、エラディンがピソ職人のもとに行くときに、きみも同行してほしいんだ」
懸命にメモをしていた筆記人が、筆を止め、「え?」と聞き直す。
「そう、きみにも手伝ってほしい。エラディンとピソ職人との交流の記録。ゆくゆくは、ピソ職人のための新聞のたちあげの手伝いも」
まさか、自分に話を振られると思っていなかった筆記人が面食らう。
「わたくしが、でしょうか?」
「そのとおりだ。よいな」
断ることができない空気で、筆記人はうなずくしかなかった。
マトラッセ王子が話を終えて、書物庫から出ていき、エラディンと筆記人が部屋に残された。
「急な話だったが、大丈夫か?」
「ええ、平気です」
筆記人とふたりきりで話すのは、はじめてだった。凛と透き通った声だった。
筆記人はいつも、マトラッセ王子とエラディンが話している席から少し離れた場所におり、なるべく存在感を消していた。オリーブ色のローブをいつも着て、フードを目深にかぶっていて、あまり顔が見えなかった。
そして、筆記人自体もなるべく目立たないように、その場の空気に徹していて、おいそれと話しかけられなかったのだ。
「原稿を介してしか、交流がなかったので、いまさらで申し訳ないのだが、名前を教えてくれないか」
筆記人は目深にかぶっていたフードを外した。
あっ、とエラディンは息を吞んだ。フードから金色に輝く長くまっすぐな髪がぱさりと広がり、上に突き出すように伸びた耳があった。
「はい、こちらもずっと名乗らず、失礼しました。リアナと言います」
うまく返事できずに、エラディンが固まっている。
「驚かせてしまうことが多く、普段はフードを目深にかぶっております」
驚いた。エルフィー族と出会うのは初めてだった。エルフィー族は山の奥地の人がなかなか立ち入らない秘境に集落を作り住んでいると聞く。まさか城に出入りしているエルフィー族がいるとは思わなかった。
「失礼した。リアナ」
「驚くのは無理もありません。城内で私の正体を知る者は多くないのです」
「城で筆記人として働いて長いのか?」
「そこまでは長くないですが、あなた様が城に帰還する数年前からです。ちょど勇者通信がスタートしてしばらくしたころでしょうか」
勇者通信というのは、ジャーニマー国の勇者たちが各地でどのような任務を行い、その成果は何かなど新聞としてまとめたもので、国民に不定期に配布されている。
「わたくしがこの城に来たのも、あなた様と同じよう、マトラッセ様からお願いされたからです」
エルフィー族は中立な立場で、どの国とも協力関係や主従関係を結ぶことがないと聞くのだが、どういうわけだろう。
「わたくしの書いた小説をお読みになって、熱心に手紙をくれたのです。」
リアナによると、リアナはエルフィー族の暮らしや思想をもとにした小説を書いていたという。その小説はあくまでエルフィー族内でうちうちで楽しむ娯楽小説だったらしいのだが、同じく森の秘境に住んでいるダダビット族の友人にその小説を貸し出したら、いつの間にか、マトラッセ王子のところにも届いて、目に留まることになったらしい。活字中毒ぎみなマトラッセ王子のことだ、エルフィー族の小説というものは大変興味をひかれたのだろう。
ダダビット族とは、上半身が人で下半身が馬の体をもつ種族だ。ダダビット族の住む森をジャーニマー国が制圧してから、一部のダダビット族はジャーニマー国の運送や郵便業を請け負うようになっていた。
「ほんとうは、政治にかかわりたくはなかったのです。ただただ物語を書いて生きていたいと思っていたから、何度もマトラッセ王子のお願いは断っていたのです」
「なのに、なぜ、気が変わったのだ?」
「物書きとしての好奇心が抑えられませんでした。わたくしはエルフィー族の静かな環境しか知らないのです。あまりにも限られた世界。物語の世界を広げたいって思っていました。手紙を届けてくれたダダビット族もわたくしの友人だったので、マトラッセ王子がどんな王子なのかの話もきいて、総合的に判断したのです。家族の反対もあったのですが、外の世界を見たいというわたくしの気持ちが上回りました」
「なるほど、マトラッセ様はきみの好奇心をうまく活用したというわけか」
「筆記人の仕事は各地の勇者が見た景色を知れること、また、あなた様の冒険の話も記録しているのが面白うございました」
「ということは、今回のピソ職人の取材同行の件も、きみの好奇心をくすぐる?」
「ええ。新たな世界を知りとうございます。ただ……」
「ただ?」
「外の世界を知りたいと思いますが、わたくし自身はあまり目立ちとうはございません。なるべく黒子のような存在でおりたいのです。この世界では、このような髪と耳はあまりにも目立ってしまいます。失礼を承知のうえのお願いですが、フードをかぶったままの姿でいさせていだだけると助かります」
「うーん、まあ、それでもいいんじゃないかな。いつもの筆記人としての姿で。マトラッセ王子のこの話の進め方で予想される君の立場だけど、ただのピソ職人の取材の筆記は、1回限りではないと思う。私はこれからピソ職人のための新聞社をつくるよう命じられているんだけど、その新たな役割の手伝いも担うことになると思う。それでも、大丈夫?」
「新聞社の記事を書くことは楽しそうで、それはやりとうございます」
「わかった。新聞社立ち上げの仕事仲間にだけは、きみの本当の姿を紹介したいのだけど大丈夫?」
「ええ。大丈夫です」
「よし、決まり。じゃあ、よろしく」
エラディンが手を差し出すと、リアナも恐る恐る手を差し出し握った。
マトラッセ王子から新たに命じられたことと、新たな仲間を紹介するべくフィリッポの工房に行った。
「焼き立てのピソみたいに美しいですね!」
フードを外した金色の髪のリアナを見たフィリッポが感嘆の声を上げた。
「その褒め方はどうなの?」とエラディンがつっこむ。
「これ以上の賛辞はないですよ! 俺の仕事は、食べて美味しい、活力になるピソをつくることが仕事なわけで、その理想のピソの美しさ、金色の輝きといったら! なあ、ジョアンナ?」
フィリッポのすぐ近くにいたジョアンナは、急に話を振られて、驚いたものの、うんうんと大きく頷いた。
「彼女はエラディン様の娘さんですか?」リアナが尋ねる。
「この子はえっと、一時的に保護している子なんだ。話せば少し長くなるんだが……」
「それに、エラディン殿は最近、奥様とお子様に捨てられて傷心中なのですよ」
「傷口をえぐるな、フィリッポ」
そうなのですねと慰めるような表情でリアナが見つめる。
「家族とはいえ、すれ違ってしまうことはあるのですよ。わたくしも、筆記人になるために故郷を捨てました。家族からは縁を切ると言われてしまいました。だけども、自分の使命や行くべき道筋が見えてしまったのであれば、仕方ありません」
そうだ、リアナはエルフィー族の集落から、ひとりでケラスズ城にきたのだった。
「ジョアンナも、記憶をなくしてしまって、故郷に帰れなくなってしまっているのですよ。われわれが一時的にお預かりしています。今は俺の工房で手伝ってもらったりしてね」
リアナはジョアンナをじっと見てつぶやいた
「彼女からは何か感じる不思議な雰囲気がありますね……」
「いやぁ~、神秘さはリアナさんからも感じますけれどね」
フィリッポが白い歯を見せながら笑った。
勇者職を失い、家族に捨てられ、何もなくなったエラディンは、ピソ職人のための新聞社をつくるという新たな役割と、それを一緒に進めていく不思議なチームを手に入れた。これまでの旅とは毛色が違うまた別の旅がはじまろうとしていた。
第6話(つづき)
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