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第2話 セブ島留学の一日と、パスポート紛失事件

【前回のあらすじ】
貯金ゼロ、33歳。親に金を借り、仕事を辞めてセブ島へ1か月飛んだ。TOEIC850点を持つコミュ障が「人生の逆転」を夢見て乗り込んだ南の島で、初日の夜にやらかした。全員参加の飲み会、埋まっていく席、そして気づけば僕はお誕生日席に座っていた。

第1話はコチラです↓

第2話 セブ島留学の一日と、パスポート紛失事件

セブ島留学の一日は、英語で始まり、日本語で終わる。

僕が通っていた語学学校は、授業が一日7コマあった。 朝から晩まで英語漬け、というのが売りらしい。

「英語漬け」

聞こえはいいが、要するに休む暇がない。

コミュ障のための個室

少し説明しておくと、この語学学校には寮があった。 学校の敷地内で複数人でルームシェアするプランだ。費用も安くなる。

僕はそのプランを選ばなかった。

誰かと生活を共にする、というのが、どうしてもできない。 朝起きたときも、夜眠るときも、一人でいたい。結果、別途費用を払って学校近くのホテルに一人で滞在するプランにアップグレードした。

親から借りたお金で、コミュ障のための個室を確保した。

ホテルから学校までは、歩いて数分の距離だった。 問題は、その途中にある道路だ。 信号が全然ないのだ。四車線の大通りを車やバイクがすごいスピードで走っている。僕はその道路を一人で渡れなかった。車が途切れるタイミングを見計らっているが、いつまでたっても無理だ。

解決策は単純で、他の誰か(現地の人)が来るのをその場で待って、背後霊のようにそっとついていく。誰かの後ろに隠れて道を渡る33歳。少し恥ずかしいが、生きることが最優先だ。

モッチーという陽キャ男

さて、同期の留学生の話をしておかないといけない。

僕のクラスには15人ほどのメンバーがいた。20代が中心で、社会人経験のある人もいれば、ワーホリ前の準備として来ている人もいる。みんな目的はそれぞれだ。

その中に、一人、異彩を放っている男がいた。

仮にモッチーと呼ぶ。

31歳。 体は鍛えられていて、天然パーマで、顔立ちはワイルド。声が大きく、よく笑う。何かにつけて「じゃあ今日の夜みんなで飯行かない?」と言い出すのはいつもモッチーで、週末の遊びを仕切るのもモッチーだった。会話の流れを自然に作って、誰かが輪に入れていなければ話を振る。 天性の陽キャ、というやつだ。

仕事は面白くて、友人と一緒にネットで商品を販売したり、Airbnbで物件を運用したりしているという。セブ島に来たのも、ビジネスを海外にも広げたいという理由からだった。今となっては珍しくないが、9年前の当時、僕はそんな働き方をしている人に初めて会った。「会社に行かずに稼いでいる」というのが、当時の僕にはまぶしく、すごいと思っていた。

ただ、モッチーはめちゃくちゃがさつなのだ。

初日、全員で英語の自己紹介をした後に、こう言われた。

「しゅうまいの英語ってめちゃくちゃカタカナみたいな発音だよね」

ショックだった。英語の発音に自信があったわけではないが、初対面で初日に言うことか。

しかも僕だけではなかった。別の女の子には「●●って顔にほくろ多いよね」と、これまた初対面で言っていた。

モッチーに悪意はない、たぶん。ただ思ったことをそのまま言う、それだけだ。陽キャというのは不思議で、同じことを陰キャが言えば嫌われるのに、モッチーが言うとなんとなく許されてしまう。 (ショックを受けていた人は、僕以外にも複数いたと思っているが)

7コマという現実

授業は想像以上にきつかった。

マンツーマンが5コマ、グループレッスンが2コマ。フィリピン人の先生は親切だったが、7コマはやはり多い。 午前中から始まって夕方まで英語を話し続けると、脳が正直に疲れを訴えてくる。

グループレッスンはとくに大変だった。複数人で議論したり発表したりする形式で、英語力より以前に、積極的に発言するという行為そのものが僕には重い。 それはつまり、コミュ障の問題だ。

昼の疲労、夜のワクワク

ランチは、最初のうちはみんなで食べていた。

長いテーブルに10人ほどが座る。モッチーが話の中心になって、誰かが笑って、会話が続く。僕はその端っこにいた。

話を聞いていれば笑えるが、自分から何かを言うタイミングが、わからない。「今ここで何か言えばよかった」と気づくのは、いつも数秒遅れてからだ。

ランチはご飯を食べる時間ではなく、会話について行こうとして疲れる時間だった。

ところが夜になると、状況が変わった。

ルームシェアというのは、同じ部屋で生活しているうちに自然と仲良くなる。共同生活の密度は高い。その分、ルームシェア組はすぐに友達の輪が広がっていった。

そこに僕も、なぜか誘われた。

「今夜みんなで飯行くんですけど、マイマイさんも来ますか?」

実は、これは嬉しかった。

正直に言うと、僕にも下心があった。せっかくセブ島まで来たのだから、コミュニティを広げたい。出会いがあれば、なおいい。昼間はともかく、夜の飲みにはむしろ積極的に参加するつもりでいた。だから誘われるたびに、少しワクワクしながら出かけた。お酒の力があれば、僕も饒舌になる。

行くと、見たことのない顔がいる。誰かの友達の、また友達だ。毎回メンバーが微妙に違う。名前を覚えるだけで精一杯だった。同期の15人全員の名前と顔が一致するようになるまで、一週間以上かかったと思う。

全員日本人なので、英語は一切使わない。語学留学に来て、夜は母国語で飲んでいる。それでいいのかという気もしたが、楽しいのだから仕方ない。

毎晩ワクワクして出かけて、毎晩ちょっと疲れて帰ってくる。 セブ島のコミュ障は、なかなかに忙しい。

TOEIC850点の使い道

TOEICの点数だけは、学校内でもトップクラスだったと思う。
その情報は同期のメンバーやほかの人にも広がり、放課後にTOEIC対策の無料講座を開いたりしていた。 文法の解き方、単語の覚え方、時間配分のコツ、パート別の攻略法。今の僕がnoteに書いているようなことを、その場でしゃべっていた。

「なるほど、それやってみます」と言ってもらえると、素直に嬉しかった。不思議なもので、雑談は苦手でも「教える」という文脈ならそれなりに話せる。誰かの役に立つ情報があれば、言葉は出てくる。コミュ障というのは、どうやら場面を選ぶらしい。

4日目の夜、事件が起きた

パスポートがない。ホテルの部屋で気づいた。どこを探しても、見つからない。

セブ島に来る前、僕はスリや盗難のことをかなり調べていた。 財布や携帯を取られることがある、という話を読んで、わざわざセーフティポーチを購入した。ダサくても関係ない。腹の前にポーチを装着して、「自分以外は全員敵」 の構えで臨んだのに。

パスポートだけが、なかった。

何時間も探した。 ホテルの部屋を隅々まで。スーツケースから荷物を全部出して、ベッドの下まで確認した。ゴミ箱もひっくり返した。 ホテルのクリーニングで、すでにバスタオルなどを何回か出していた。 本気でパスポートをクリーニングに出してしまった可能性を疑っていた。ありえない話でもない気がしていた。

じわじわと、最悪のシナリオが頭に展開し始めた。領事館に行く。日本の親に戸籍謄本を送ってもらう。再発行費用、16,000円。そして親にまた迷惑をかける。留学費用はすでに全額、親から借りている。(学校代もホテルの個室代も、全部合わせて約20万円。全額、親の金だ)

正直、泣きそうだった。

5日目の朝、学校のスタッフに相談しに行った。

「パスポートをなくしました」

スタッフはしばらく首を傾けてから、こう言った。

「パスポートは入学初日に、学校に預けませんでしたか?」

そうだった。

入学手続きのとき、パスポートを提出していた。 確認のためにコピーを取ると言われて渡し、そのまま学校が全生徒のパスポートを安全のため保管していた。 僕はそれを、完全に忘れていたのだった。

スリ対策で完全武装した男が、自分で預けたパスポートを探して眠れない夜を過ごしていた。

まだ5日目。コミュ障の留学は、始まったばかりだ。(つづく…)

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