社会人のセブ島留学はおすすめしない?33歳、親に金を借りてセブ島留学に1か月行ったコミュ障の末路
セブ島に行けば、人生のすべてが解決すると思っていた。
TOEICの点数は上がる。給料も上がる。ついでにかわいい彼女もできる。そんな淡い幻想を抱いて、僕は南の島へ飛び立った。
フィリピン有数のリゾート地、セブ島。オーストラリアやアメリカなどの欧米圏に比べて格段に費用を安く抑えられることから、近年は「英語留学者たちの聖地」として絶大な人気を誇っている。
その「安さ」に飛びついたのが、当時33歳、沖縄のコールセンターでバイトをしていた貯金ゼロの僕だった。親に頭を下げて金を借り、仕事を辞めて、この島に1か月の滞在を決めた。
この30日間で、人生を劇的に「逆転」させるつもりだった。
年齢の壁はそれほどなかった。33歳は浮くかと思ったが、30歳前後の同年代の人も多く安心した(やはり20代前半の若い人も多かったが)。 そこまでは良かった。
当時の僕のTOEICは850点。客観的に見れば『英語ができる人』。でも現実は、外国人を前にすると『アイムファインセンキュー』しか言えない。 知識はあるのに口が動かない状態。
僕が行っていたセブ島の語学学校は、毎週月曜日に新しい「同期」が生まれる。1週間で帰る者、3ヶ月居座る者、目的はバラバラだが、同じ日に入学したというだけで、僕たちは逃げ場のない「濃密な関係」を強いられることになった。
初日の夜。当然のように「みんなで飲みに行こう」という流れになる。15人の同期は全員参加した。 学校近くの、いかにも南国らしい開放感あふれるオシャレな店。外にある広々としたテラス席。吹き抜ける夜風が心地よいはずのその場所で、僕は凍り付いた。
向かい合うソファ席。キラキラした20代前半の男女が、パズルのピースが嵌まるようにスムーズに席を埋めていく。 僕は、立ち尽くした。どこに座ればいい? ここに座ったら「隣の人と喋らなきゃいけない」というノルマが発生するのではないか?
迷っているうちに席は埋まり、僕が辿り着いたのは、長テーブルの端――いわゆる「お誕生日席」だった。
主役でも何でもない、貯金ゼロで親に金を借りてきた33歳の男が、なぜか同期全員を見渡す「司令塔」のような位置に鎮座している。
目の前には、楽しそうに笑う若者たち。僕の脳内にはTOEIC Part5を秒殺する英文法が詰まっているのに、いまこの瞬間に必要な「初対面の日本人の輪に溶け込むための日本語」は、一言も出てこなかった。
セブ島滞在は、まだ初日の夜が始まったばかりだ。これから残りの29日間、僕はコミュ障の苦痛を味わい続けることになる。
英語を学びに来たはずなのに、待っていたのは日本人同士の濃密なコミュニケーション。コミュ障の僕にとって、ジンベエザメを見に行く観光ツアーは、英語の試験より過酷な『連帯責任ゲーム』だった。
親から借りた30万円と、1ヶ月という時間。それは高い授業料だったが、僕は大切なことを学んだ。
それは
『苦手なフィールドで、誰かの真似をして戦ってはいけない』
ということだ。
あれから数年。僕はTOEIC 865点という武器を手にし、AIという最高の相棒を見つけた。
英語は、キラキラした陽キャだけのものじゃない。
カラオケでマイクを奪い合えるような人間だけが、世界と繋がれるなんて嘘だ。
社交性ゼロ。それでも英語で月50万は稼げる。英語で世界を広げられる。
陽キャたちの眩しい青春の陰で、静かに牙を研ぐ方法を教えよう。
(セブ島編つづく…)
第2話は↓です。
