【13年前の私より】 耐え忍ぶということ、寄り添うということ
高校1年生の私は、冬の桜を愛した。
下駄箱に血のりのナイフが入っていた。
「たいして、かわいくもないくせに」と、
クラスの男子に取り囲まれた。
私はトイレの中で一人、
奥歯を思いっきり、かみ締めた。
毎日、通い慣れた桜並木を、
一人とぼとぼと歩いて帰ると、
なんだか、とても空が高く、
一年前を懐かしく思えた。
フ ユ ノ サ ク ラ
教科書に載っていた桜のお話を思い出す。
着物の桜色は淡く、ほのかな温かみを感じさせる。
桜の花の優しいピンク。
でも、その色は桜の花びらから集めるのではなく、
実は、桜を咲かせる直前の、
木の皮から抽出したものなのだ。
冬の間の、耐え忍ぶ色。
どんなに寒くても、そこにある。
どんなに吹雪いても、そこに、ある。
あたかも死んでいるかのように見えるけれど、
大地に根を張り、そこに、ある。
春のつかの間の桜花のために、
桜は冬の間、
フツフツと内側にエネルギーをためているのだ。
「生きているのか、死んでいるのか、その感覚すら、わからない」
そんなふうに見えていた世界から、
私は、ふと手を伸ばしてみた。
冬の桜の大きな幹の感触に寄り添う。
なんだか、泣けてきた。
今まで一人だと思い込んでいた私に、
初めて同志ができた。
そう。
これからの未来の謳歌のために、
私も冬の間、
フツフツと内側にエネルギーをためていくのだ。
苦難に耐え忍ぶということ。
寄り添うということ。
そして、花開くということ。
私は冬の桜に励まされたし、
そして、私も誰かにとって、
冬の桜でありたいと思った。
あれから、20年以上の時が過ぎ、
母校の制服を着たうちの生徒が、
学校で苦しい思いをしている。
私は手をとり、背中をさすり、
彼女がひとつずつ乗り越えていくのを支えていく。
「先生、うちの娘のメンテナンスを本当にどうもありがとうございます」
親子だけでは難しいことが沢山ある。
家庭と塾の二人三脚。
沢山の大人の愛を受け取って、
どうかスクスクと育って。
<編集後記>
当時、塾を経営していた頃に書いた文章です。
今も辛いとき、桜の木の下で呼吸をする。
何年経っても、時空は一つだなぁ。
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