10歳が、人生を嘆くみたいに泣いた夜
ファミレスで、息子が鳴いた。
あんな泣き方、初めてだった。
お友達家族と一緒に、
いつもと変わらない夜だったはずなのに。
突然だった。
笑いながら話していたと思ったら、
何の前触れもなく、
息子の体の奥から何かがあふれ出してきた。
泣いた、
というより、
鳴いた、
という感じだった。
呼吸が荒くて、見ているこちらが
苦しくなるくらいだった。
何があったのかわからなくて、
ただその場で背中をさするしかなかった。
隣に座りながら、声もかけられなかった。
お友達家族もいる中で、
息子はずっと泣き続けていた。
解散して、2人になってから、
息子がぽつりと話し始めた。
「将来が不安なんだ」と。
息子には兄弟がいない。
いとこも、親戚も、ほとんどいない。
「お母さんが死んだら、ぼく一人ぼっちになる」
「大人になるのが怖い」
「自分でご飯、作れるかな」
「ちゃんと生きていけるかな」。
そんな言葉が、ぽつりぽつりと出てきた。
泣きながら、
「自分でやっていけない。どうしよう」
と訴えてきた。
聞きながら、私はただそこにいた。
一体何があったのだろう。
こんなに苦しそうなんて。
きっと言葉にできなかったくらい、つらいんだな。
メソメソするなとか、
どうにかしてあげなきゃとか、
そういう気持ちより先に、
ただそう思った。
そして、
頭をよぎったことがある。
《 この不安は、私のせいじゃないか 》と。
強く言いすぎた日のことが浮かんだ。
「しっかりしなさい」を何度繰り返しただろう?
それは、息子が
何もできないように見えたからじゃなくて、
本当は私自身がとても不安だったからだと、
今ならわかる。
あの頃の私には、余裕がなかった。
苦しい病状の中で、
息子の泣き声にまともに向き合えなかった。
あれが、私の精一杯だった。
だけど、ここが大事なところだと思う。
「精一杯だった」も本当。
「息子を苦しめたかもしれない」も、本当。
この2つは、どちらかを消せない。
両方、事実として持っていくしかない。
息子が話し終わった後、私はこう伝えた。
「話してくれてありがとう。その不安、一緒に考えていこう。どうしたらいいか、2人で学んでいこう」
それが精一杯だった。
家に帰ってからも、
息子のあの顔が頭から離れなかった。
あの呼吸の荒さ。
鳴くような泣き方。
言葉にできないくらいつらいものを、
あの子はずっと一人で抱えていたんだと思ったら、
胸が痛かった。
一体何が、あの子を
そこまで追い詰めていたのだろう。
そして、
私にできることは何なのだろう。
その夜は、答えが出なかった。
この話には続きがあります。
翌日、私が思ったこと。
そして1週間後、セッションで言われた言葉のこと。
続きはこちら
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