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“もしかしたら私のせいかも”が、ずっと消えなかった

正直に言うと、
私はずっと
「背負っている」という感覚はなかった。
子どもの不安は、
子どものものだと思っていたから。

でも今回、
少しだけ、違うところで引っかかっていた。

もしかしたら。
私の闘病中の影響かもしれない。
あのときの私を、
この子はずっと見てきた。
生気のない顔。
余裕のない毎日。
それが、
どこかに残ってしまっているんじゃないか。
そんなふうに思った。

息子はもともと繊細で、
不安になると、パニックのようになることがある。
それも、
私を見てきたからなんじゃないかって。

関わっているときは、
「私のせいで」なんて思っているわけじゃない。
そんなふうに関わったら、
逆によくないことはわかっているから。

でも。
ふとしたときに、よぎる。
「もしかしたら」って。

もしそうなら。
この子の中に残ってしまったものを、
少しずつでも抜いてあげたい。

トゲを抜くみたいに。
楽にしてあげたい。
そう思っていた。

でも今回、
話を聞いてもらって、少し見方が変わった。
これは、成長の揺れでもある。

私の影響がゼロとは言わない。
でも。
それを考え続けても、仕方がない。

そう思えたとき、
少しだけ、気持ちが穏やかになった。

これからは。
不安をなくそうとするんじゃなくて、
一緒に認識して、シェアしていく。

「一人じゃないよ」っていう感覚を、
少しずつ育てていく。

不安になると、
息子はよくくっついてくる。
抱きついてきたり、
「ママ、よしよしして」と言ってきたり。
そのたびに、頭を撫でる。

昼間はそっけないのに、
こういうときだけ、甘えてくる。
それでいいんだと思う。

起きてしまったことを引きずって、
自分を責め続けても、
誰も幸せにはならない。

少し離れたところから見て、
「まあ、いいか」
今は、それでいいと思っている。



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この記事は、
「子どもの不安を、私が背負いすぎていた頃」
シリーズの一編です。

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